本と陽炎の国のアリス。

 少し大きくなったアリスが机で勉強をしていると、文章の中に不自然な空白を見付けました。

 この抜けた単語は何だろうか?そう不思議に思っていると、目端で何かが動いた事に気が付きました。


 その方向へ目を向けると紙から文字が浮き上がり、何処かへ行こうとしています。


「何処へ行こうとしてるの?」


 文字はビックリして飛び上がると、他のページへ逃げ込んでしまいました。

 アリスはどの文字が逃げだしたかを知る為に他のページも捲ってみると、今度は文字が黒く塗り潰されている事に気が付きます。

 その黒く塗り潰された文字はページを捲る事にどんどん増え、怖くなって勢い良く本を閉じてしまいました。

 そうすると逃げ出した文字達がページの隙間から一気に飛び出し、一斉に窓の隙間から外へと逃げ出して行きます。


 それを飼い猫のスノードロップとキティが追い掛け、窓が開き、アリスの勉強道具が何枚か風に飛ばされて外へ出てしまいました。

 そのまま紙を追い掛け中庭へ向かうと、昔懐かしい木のウロに最後の文字が入る様子が見えました。


 今、中はどうなっているんだろうか?

 そう思って覗き込むと、飛んで来た紙に押されてアリスは中へと入ってしまいました。




 アリスはぐるぐるグルグルと転がり、文字達もグルグルぐるぐると転がり、しょっぱい水の中に落ちました。

 アリスは直ぐ近くに生えていたジャイアントケープに掴まりましたが、ぐるぐると丸まった文字達は沈み、絡んで無い文字は必死に何処かへと泳ぎますが、どんどんと文字の端が溶けていってしまいます。


「ジッとしてないと溶けちゃう!」


 アリスの声に驚いた文字達はビクッと跳ね上がってしまい、海鳥に食べられたり、セイウチに食べられてしまいました。

 そしてアリスもオットセイに襲われそうになると、偽海亀が現れてアリスを牡蠣の城へ連れて行きます。

 そこでサンゴの女王と海藻の王様から泡の膜を貰い、息をして話す事が出来る様になりました。


「ありがとう、所でグリフォンはどうしたの?」


 ココへ新しく来た小説家のauthorアーサーが、珍しいからと剥製にしてしまったから、最近はずっと牡蠣やバタつきパン蝶達とココで過ごしているんだと。


『チェシャ猫は何処かに消えたまま、白ウサギは何とか言う事を聞いてるから助かっているけれど。3月ウサギは汚らわしいからって焼かれてしまって、マッドハッターは誰かの為の帽子をずっと作らされ続けているし……』


 赤の女王はアーサーの書くお話に夢中で、赤の王は女王を邪魔をするのでタルトを盗み食いしたと冤罪で牢屋に入ったまま。

 白の女王もアーサーの本を繰り返し読むだけで、白の王はライオンに王冠を奪われて気を失ったまま。


「白の騎士は?」

『名無しの森へライオンを追い掛けて行って、ずっとコーカスレースをしているよ。あの森とこの音の無い海にはアーサーは来ないんだ』


 そう言われアリスが黙って耳を澄ますと、水の中で聞こえる筈の音は確かに聞こえなかった。


「じゃあ、ユニコーンは?」

『それも剥製、見付かったらきっと僕も剥製になるんだ、見付かったら最後……』


 そしてやっと文字の事を思い出し、周りを見ると泡に包まれてサンゴ礁やイソギンチャクに埋もれて眠る子、頭の良い牡蠣の子の中へ入って行く子が見えました。


「そうそう、文字を何とかしないと」

『黒くなった子の事かい?』


 アーサーに剥製にされた子だけでは無く、真っ黒に塗り潰されてしまった子も居る事を知りました。

 心配になり名無しの森へ行く途中、卵の様な真っ黒い何かと双つの人影が居ました。

 3つの黒い塊が小さな声で何かを話しているのですが、黒く塗り潰された様に良く聞こえません。


 アリスは彼らを知っている筈なのに、名前を呼ぶ事が出来ないまま、白騎士とライオンを探しに森へ入りました。




「チェシャ猫!芋虫さん!」


 名前を言えると云う事は黒く塗り潰されていない証拠なのか、名前を呼ぶ事が出来ました。

 ですが大声で呼んだので白ウサギに見付かってしまいました。


『に、人間だ!アーサー様以外の人間だー!』


 王冠を被ったライオンに襲われ、魚と蛙の召使に牢へと入れられてしまいました。

 そして目の前の牢では、白騎士が侯爵夫人の赤ちゃんをお世話していました。


「無事だったのね、白騎士」


 そう名前を言った瞬間に白騎士は黒騎士になり、五月蠅かった赤ん坊も真っ黒い塊になって静かになりました。

 そして牢も黒くなり一気に風化すると、キングだったライオンのお城は朽ち果て、黒い塊達がウロウロするだけとなりました。


 コレはアーサーの仕業なのなか、それとも別の。


『別のだよ、あ、僕の名前はもう言わないでね、僕も消されてしまうから。あ、その名を思い浮かべてもダメだよ』


 そう言って声だけ残し、懐かしい姿は直ぐに見えなくなってしまいました。


「どうにかするにしても、先ずはこの黒いのを何とかしないと」


 試しにそこら辺に有る木の棒で触れてみても、木の棒は黒くなる事は有りません。

 でも、アリスは触れるのが凄く怖い、自分も真っ黒になって何も話せなくなるかも知れない。


 けど、真っ黒になるのを待つか、小説家に会うか。

 なら先ずは小説家に会って話すべきだろうと思い、先ずは白の女王の城へ行く事にしました。




 ですが既に城は真っ黒になり、椅子やテーブルだけが残っているだけで、白の女王も王様も見付けられませんでした。

 仕方無く次は赤の女王の城へ。


 赤の女王の城は有ったので、相変わらず走り回る白ウサギを捕まえ、何とか小説家の部屋へ行く事が出来ました。


「あの、お伺いしたいんですが」


 アーサーは久し振りに見る人間に驚き、小瓶を一飲みすると壁の小さな穴に逃げ込んでしまいました。

 アリスも追い掛け様としますが、小さくなれる小瓶はもう有りません。


アレキノコはもうすっかり黒くなっていたし、小瓶にはもう最後Lastだって書かれてるし」


 Lastの字を良く見ると、書き足した様な跡を見付けました。 

 Lastでは無くLust、欲望と書かれていた所に、uからaに書き足しただけでした。


「良かった、まだ有る筈ね」


 最初に来た時を逆に辿ろうとしましたが、涙が全く出ません。

 大人しく白ウサギの家を探しましたが、そこももう真っ黒な影が広がるだけ。


《お嬢さん、コッチに良いのが有るよ》


 また懐かしい声が聞こえましたが、もう姿は見えません。




 その声が聞こえた方へ向かうと、一面キャベツ畑、コウノトリがキャベツのお世話をしていました。

 そう言えばお腹も減ったし、喉も乾いたし、でも今は何も持って無いし。

 昔ならお菓子や指ぬきをポッケにいっぱい入れていたけど、レディになりたいならダメだと言われ、だからもう今はハンカチしか無い。


 仕方無くコウノトリさんにキャベツを1つ貰えないかと聞いたのですが、赤ちゃんを育てているからあげられないのだと断られてしまいました。

 ですが朝露なら飲んでも良いと言われ、キャベツに溜まった朝露を飲んでみる事にしました。


 ほんのり甘い朝露を一口、二口。

 そうして何口か飲み、ふと自分の体を見るとまだら模様に透けている事に気が付きました。


 沢山飲めば小説家にバレずに探せるかも知れない、けれども今度は元に戻る方法を探さないと。


「あの、元に戻る方法は知りませんか?」


 コウノトリが言うには画家に頼めば何とかしてくれるそうで、1番近くの画家はヒマワリ畑の真ん中の家に居るらしく、何か変わった色を持って行けば喜んで手伝ってくれるかも知れないと。


 でも今のアリスは大人しい色の服で、変わった色のモノは何1つ持ってません。

 せめてお菓子を持ってたら、昔の様にカラフルな服を着ていたら。


 そこで初めてアリスは涙を流しました、今はもう夕暮れ。

 綺麗なオレンジ色の夕焼けに、生クリームみたいな雲が飾り付けをして、遠くの雲はレモンソースで。


「あぁ、コレを閉じ込められたら良いのに」


 そう言ってアリスは空の小瓶を夕焼けにかざしました。

 ポロポロと泣きながら、小瓶越しの夕焼けをいつまでも眺めていました。




 星空が見える様になる頃までひとしきり泣いたアリスは、目端で光り輝く何かに気付きました。

 その手元を見ると、夕陽を閉じ込めた小瓶が輝いていました。

 少なくとも、コレで元には戻れる。 


 けど、コレを渡すのは凄く勿体無いなと思いました。


 美味しそうな夕暮れ、甘いけど酸っぱくて、きっとCloudberryみたいで。

 いや、Croudberry味に違い無い。

 だって雲の味のベリーだから、優しくて良い香りで。


 そう思うと、また涙が溢れ始めました。


《どうしたの?》


 そう声を掛けたのは、尻尾で器用に籠を持つ、パティシエ帽を被った銀色の蛇でした。


「コレを使うのが勿体無くて」

《そっか、じゃあそっくりのお菓子を作ってみようか》


「うん」


 そうして蛇のパティシエのお手伝いにと、先ずはキャベツの朝露をひたすら集め、黒くなった丸いモノから中身を取り出し、白身と黄身に分けました。


《じゃあ次はミルクを泡立てて》


 お砂糖が少し入った生クリームを一生懸命泡立てていると、蛇のパティシエはCloudberryクラウドベリーのジャムを濾してソースに、次はレモンを使いレモンソースに。


 朝露やソースにゼリーを混ぜて、少しずつ楕円の型に流し混み、最後にアリスが一生懸命泡立てた生クリームを入れて冷蔵庫へ。


「固まったら完成?」

《うん》


 そうして固まるまで小瓶を眺め、冷蔵庫から冷えましたよと声が掛かると。

 型を取り出し勢い良く引っくり返しました。


 夕焼けを閉じ込めたオパールゼリー。


「凄い!」

《先ずは一口どうぞ》


「でも、勿体無い」


《じゃあ、小さくなる小瓶をどうぞ》


 あの美味しい小瓶を作ったのは、この蛇のパティシエだった。

 その彼が作ったのだから、夕焼けを閉じ込めたオパールゼリーは凄く美味しい。

 透明な部分はほんのり甘いまま、クラウドベリーの層は甘くて良い香りで、レモンソースがほんのり苦くて甘酸っぱくて。


「美味しい」


 それから暫くゼリーを堪能し、少しだけ余った朝露ゼリーを貰い。

 大きくなれるキャッツアイのキャンディーを貰って食べてから、ヒマワリ畑へと向かいました。




 小さな小屋には油絵具の匂いが染み込んだ包帯を巻いた、赤毛のキツネが居ました。

 アリスはキツネの耳が聞こえないかも知れないと思い、先ずは小瓶を差し出す事にしました。


『あぁ、ヒマワリにピッタリだ』


 キツネは小瓶を受け取るとパレットへと1滴落とし、ヒマワリの絵を描き始めました。

 夏の陽射しの陽炎に揺れるヒマワリの様に、直線は1つも無く、まるで本当に揺れ動いている様なヒマワリの絵。


「陽炎の中みたい」

『暑い日の花だからね』


「あ、聞こえるのね」

『うん、ちょっとケガをしたんだ』


「包帯を巻き直しましょうか?」

『それより夜空を詰めて来てくれないかな、後ろを夜空を混ぜた色で塗りたいんだ』


「うん、分かった」


 小瓶を受け取り外へ出ると、もうすっかり真夜中で、満天の星空に小瓶をかざした。

 紺色の様な深い青色の様な、黒じゃ無い綺麗な夜空。


 そうして暫く眺めていると、ストンと小瓶が重くなり、夜空がすっかり詰まっていた。


 そうしてアリスがキツネに小瓶を渡すと、今度はパレットに3滴垂らし、軽く混ぜてキャンパスへ。

 それからも次々に描き上げ、あっと言う間に7枚のヒマワリの絵が完成しました。


『どれが良いと思う?』

「この、後ろが薄い黄色が好き、明るいヒマワリっぽくて好き」


『そうか、そうか、うんうん』

「あの、包帯を巻き直して良い?」


『あぁ、うん』


 救急箱から新しいガーゼと包帯を取り出し、綺麗で新しいモノに交換して、やっとアリスは落ち着く事が出来ました。


「あの、この体を直す方法を知りませんか?」

『その、透けてる部分の事かな?』


「はい」

『そうかそうか、じゃあ少し待ってて』


 裏の小さな畑へ行ったかと思うと、リコリスとペパーミントを詰んで来て、パレットへと絞り出した。

 それから塩も入れてパレットで混ぜ、キャンパスに小さなネジネジ杖の飴を描いたかと思うと、絵からポロポロと飴が出てきました。


「白黒のネジネジ飴は初めて」

『両方に全ての色が混ざってるんだよ、はい、どうぞ』


「ありがとうございます」

『コチラこそ、じゃあね』


 夕陽の詰まった小瓶を大切に棚へ置いてくれたので、アリスは安心してヒマワリ畑を出る事が出来ました。




 そして音の無い海へ戻り、作戦会議の始まりです。


『大丈夫かい?所々が透明じゃないか』

「コレは大丈夫、それより小説家を見付け出したいの、どうしたら良いと思う?きっとこのままだと世界が真っ黒になってしまうと思うの」


 それからアリスは見て来た事を話し、どうすべきかと相談する事に。

 でもこの世界の子は相変わらずで、偽海亀はもうココから出ないと宣言し、サンゴの女王と海藻の王様はでも何とかなるだろうと日和見なまま。


 でもそこで自分も一緒に探すと言い出したのは、頭の良い牡蠣の子だった。


『太陽が消されてしまったら僕らも死んじゃうんだもの、何とかしないと』


 そうして牡蠣の子を漂流物の金魚鉢に入れ、再び赤の女王の城へ行く事にしました。

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