本編

 ピリリリリッ――。


 枕元で携帯電話が鳴る。


 ピリリリリッ――。


 ホテル全体にまで響きそうなその音を煩わしく思い、ベッドから起き上がる。


 ンンッ――。


 咳払いをひとつ。

 声を整えてから、電話に出る。


「もしもし」


「ナオヤか……!? よ、良かった。無事か?」


「無事って……何が?」


「何がって……まさか、覚えてないのか?」


「何のこと?」


「マジかよ……ショックでおかしくなっちまったのか?」


「正気だけど。何の用だ?」


「ほら、俺らが泊まってるホテルの使われてない別館に、さっき肝試しに入っただろ? そしたら本当に化け物が出てきて……」


「一緒にいたショウもレンもユミも、アズサもユウコもみんなバラバラになって連絡が取れない、と」


「そ、そうだよ。なんだ、覚えてるじゃないか」


「ああ、もちろん」


「よく分かんねえやつだな。とりあえず、ナオヤが無事で良かった」


「ところで、お前は今どこから電話をかけているんだ?」


「それがさ……」


「どこか分からないのか?」


「大体の場所なら分かってる。別館の二階だ」


「二階?」


「そう。口では説明しづらいけど、従業員用の狭い給湯室みたいなところがあるんだ」


「なるほど……あそこか」


「分かるのか?」


「ああ、さっき通ったからな」


「すごい記憶力だな」


「今から合流する」


「合流するって……危険すぎるぞ」


「でも、ずっとここにいるつもりじゃないだろ?」


「そりゃそうだけどさ……大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。一緒に脱出しよう」


「……そうだな。やっぱりナオヤは心強いぜ」


「そこから動かないで待っていてくれ」


「オッケー、気をつけて来いよ」


「なるべく急ぐ」


 客室から出て、五階の廊下を進む。


「ナオヤはどこにいたんだ?」


「七階の客室」


「そんなところまで逃げてたのか」


「確かに、だいぶ上まで登ったな」


 廊下を横に折れて、階段で二階へ向かう。

 エレベーターは当然動いていない。


「それにしても……マジでビビったぜ。最初、レンがおかしくなったのかと思ったら、まさか化け物がレンに化けてるなんてな……」


「ああ」


「レン本人も、最初に逃げ遅れたユミも、多分もう…」


「……」


「他のみんなも、散り散りになってからどうなっちまったんだか……クソッ、俺が肝試ししようなんて言わなければ」


「そういう時もある」


「何でそんなに冷静なんだよ……?!」


「どうにもならないこともある」


「どうにもって……」


 二階と三階の間の踊り場まで来た。


「お、おい……」


「何?」


「この足音……ナオヤのだよな?」


「だと思うよ」


「そ、そうだよな……ハハッ」


 二階の廊下を進み、スタッフルームを目指す。


「おい、そんなに足音たてて大丈夫なのか? 化け物に気づかれちまうんじゃ……!」


「大丈夫だよ。それよリ、まだ給湯室から動いてないか?」


「あ、ああ。動こうにも、恐ろしくて動けないぜ……」


「それもソうか」


 スタッフルームのドアを開ける。

 給湯室はドアの死角に存在した。


 ガチャリ――。


 給湯室のドアノブを回す。


「ヤあ」


「おお、ナオヤ……! 無事で何よりだ。こんなところ、早く逃げちまおうぜ」

 

「こんナトころニ隠れテいたノカ……」


「ナ、ナオヤ……?」


「最後ノヒトリ……ミッケ……!」


「お、おい……嘘、だろ……」


 ガシャン――。


 携帯電話が床に落ちる。


「う、うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 ツー、ツー、ツー。


 携帯電話の無機質な音が響く。


 最後の一人は、コウスケという名前だった。


「コれデミんな……一緒だね、レン」


 静まった給湯室でただ一人、コウスケの姿だけが月明かりに照らされていた。

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