第186話 相対するは大水と大茨!

ここはビニールハウス。色とりどりの花が咲きほこる花園。ミアの所有地である。


その中で花をいそいそと掘り起こすミア。昔と変わらない髪をしたまま。変わらない姿をしたままだ。


「はぁはぁ……」


掘り起こしたのはアカツキ。オフィサーの心に強く残っていた花だ。


「これだけは……せめて……」


小さめの植木鉢に花を移す。そこまで幅は取らない。避難先でも迷惑にはならないはずだ。


近くのペットボトル。蓋にいくつかの穴。ジョウロ代わりだ。握りしめつつ、植木鉢も持ち上げる。


ぐるっと周りを見回した。物悲しそうな顔。もしかしたらビニールハウスも完全に壊されるかもしれない。だが今から始まるのは戦争。壊れたとしても、誰にも文句は言えない。


未練はある。だが行かなくてはならない。ミアは花園から飛び出した。






「――あれ。まだ避難してない妖精もいたんだァ」


見上げる。建物の上。家の屋根。エルフではない者がそこには居た。


ピンク髪のサイドテール。漆黒のドレス。顔は見たことがある。ラヴィだ。


「いや違うね。妖精じゃない。なにか混じってるね……」

「あ、あなたは……?」


震えた声で質問する。


「……僕はラヴィ。心配しないで。君の――敵だから」





地面。そして建物からいばらが飛び出てくる。茨は建物を粉々に潰しつつ、ラヴィの立つ地面に変わっていく。


まるで大きな蛇が地面から飛び出ているかのよう。チンアナゴみたいな形と情景。だがチンアナゴに比べて、潜在的な恐怖と殺意を感じる。


ラヴィは遥か上。遥か上からミアを見下ろしていた。


「……その花……綺麗だね」

「ひっ……」


ピンクの眼でアカツキを見ている。そして目線は横に。花園へと変わる。


ビニールの奥からでも分かる花の数々。無機質な茨とは正反対と言ってもいい。ラヴィも気に入らないのだろうか。



「……その花大事?」

「あっ……あっ……」

「じゃあ選択肢をあげる。この花園と君の持ってる花を残して逃げるか……君の命を捨てるか」


茨がラヴィのこめかみを耳にかける。ラヴィにとって、この選択肢のどちらを選んでも変わりない。変わらない。


どっちでもいい。どっちにしろメリットは対してない。ならなぜか。


。ラヴィは楽しむためにこの選択肢を突き出したのだ。


「ほらほらー。早く答えないと……どっちも消しちゃうよ?」

「う……あ……」






「……花……花だけは……手を出さないで」


捻り出した。そして世間一般的には異常な方の答えを出した。


自分の命ではなく花をとった。普通に考えれば頭のおかしい選択。しかし恐怖はしているものの、その選択に後悔の色は見られない。



ミアの答えに思わず吹き出す。


「ふふっ……君、頭おかしいねぇ。やっぱりは馬鹿なヤツばっかだ。ここで死んだ方が世のためだよね」




地面から大きな茨が飛び出してきた。その太さはまるで神殿の支柱。人間など軽く潰せそうな程に太くて重い茨だ。


棘だって凄まじい。太さも長さも通常の物とは比べ物にもならない。棘だけで武器になりそうだ。


そんな茨の狙いはミア。しかしまだミアはアカツキを避難させていない。


「ま、待って。花だけは……」

「――僕が約束を守ると思う?思ったんなら君は大馬鹿者だよ」


反論する暇もない。ミアとラヴィの力の差は絶対的。反論など力で押し返される。



振り下ろされる茨。腰が抜けた。だが映画みたいに銃弾を避ける、などはできない。相手は茨。それも図太い茨だからだ。


避けられない。だったら当たるだけ。安心な気持ちなんてない。あるのは絶望だけ。逃げられないという絶望だけ。


どこも誰とも知らない。そんな奴に殺される。誰も望んでない死に方。ミアの脳裏には走馬灯が流れていた。


遅くなっているのはミアの景色のみ。無情に。無慈悲に。茨はミアに向かって落とされる。迷いなどなく。戸惑いなどなく――。






「――ウォーターブレイカー水塊!!!」


ミアに振り下ろされる直前、大きな水の塊が茨を叩いた。茨はミアの軌道からずれる。本来は壊れないはずだった隣の建物を砕き壊した。


ミアも無事。アカツキも無事。花園も無事。全てが壊されるはずだった3つは全て無傷。


やろうとしていたことを狂わされた。機嫌も悪くなる。ラヴィはの目は敵意に満ちる。


こんなことをしたのは誰だ。技を放ったのは誰か。水を投げられた方向に顔を向ける。




そこに居たのはヘキオンだった。水の槍を手にしつつ、大木の幹に驚異的なバランス感覚で立っている。


「……誰、君」

「私はヘキオン。通りすがりの冒険者だ!」


槍をクルクル回してラヴィに向ける。……なんかテンションが高い。



「――そこの……妖精?まぁ誰でもいいや。早く逃げてください!」

「は、はいぃ……!」


助かったのに安堵したのか。抜けた腰を無理やり立ち上がらせて走っていった。






この場にはヘキオンとラヴィの2人のみ。どちらも敵対者であることは認知している。ならば戦いになるのは必然だ。


「僕とるき?君は見るからに弱そうだけど」

「人を見た目で判断しちゃいけないよ。こんな可愛い子も本当は超強かったりして……ね」


ウインク。可愛いと思えるウインクだが、現在の状況では挑発にしかならない。


「ふん。鬱陶しいやつ。僕の前に5分生きてたら褒めてあげるよ」

「じゃあ3分以上あなたが立っていたら、頭をなでなでしてあげる!」


両者睨み合いは終わり。ならば次の段階は殺し合い。2人は殺意を身に纏い、互いの心臓に殺気を突き刺した。












続く

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