ナチュラルボーン・HENTAI①
昼前の訓練所。チラホラと闘士がトレーニングをする中、歩とアメリアの二人もまた熱心にスパーリングに励んでいた。
「よっし!どう?どう?アユム?ボク、いい調子じゃない?」
「ホントにな。こんな簡単に骨折が治るなんて治癒魔法ってのには驚くぜ」
「そっちじゃなくて!ホラ!パンチのキレとかさぁ!」
プンプンと怒りを露にしながら、アメリアは見せつけるようにシャドーボクシングをしてみせる。そんなやりとりをする二人の背後から、タルバが声をかけた。
「全く……。毎日毎日、飽きもせずによくもまあ、そんなに稽古ができやすねぇ」
「稽古じゃねえ。鍛練だ」
「そうだよ!稽古じゃなくてスペシャル・トレーニングだよ!」
「なんでもいいでやすよ……。それより、そろそろ飯にしやせんか?」
「おっ?もうそんな時間か」
「ご飯!?行く行く!じゃあボク着替えてくるから待っててよ!」
アメリアは早口で捲し立てると、更衣室に向かって走り出した。
「しっかし、初めて会った時とはだいぶ印象が違いやすねぇ。活発になったというか、遠慮がなくなったというか……」
走り去る彼女の背を見つめながらタルバが口を開く。
「あれが本来のアメリアなんだろ、きっと。前までは闘士として、男としてナメられないように肩肘張ってたんじゃねえか?」
「なるほど。つまりあの娘は心にも仮面をしていたと!」
さも、うまいことを言ったとばかりにドヤ顔を決めるタルバ。その自信満々な顔に、歩は何とも言えない気持ちになった。
「あっ。……そっすね」
彼は、
「お待たせー!!って、どったの?二人共?」
「?別に何でもないでやすよ。何か旦那の歯切れが悪いだけで」
「いや、気にせんでくれ。それよりタルバ。メシはいつもんとこでいいか?」
「そうでやすね。気楽でいいでやしょ」
「やったー!ボクあれね!あのライスに旗が立ってるヤツ!」
三人はそう言うと、いつもの食堂へと足を運んだのだった。
「で、旦那。突然でやすが、次の対戦相手が決まりやした」
「ふーん。あっ店員さん!俺、ベヒモス定食の大盛ね。こっちはお子様ライスで」
「いや、ふーんて旦那……」
席に着くなりそう切り出したタルバに生返事をする歩。
「んなことよりタルバ。店員さんに悪いだろ?早く選べよ。特に無いなら水でいいか?」
「いいわけないでやしょ!だいたいアッシの金でやすよ!」
「任せとけって。もりもり食ってもりもり活躍するからよ」
「ねーねーアユム!このプリンっての付けていい?」
「おー。もりもり食えよ」
「だからアッシの金ですって!」
紆余曲折を経て注文を終えた三人は、テーブルを挟んで再び顔をつきあわせる。
「で、次の対戦相手が決まったって?」
「ええ。訓練所にいる旦那達を呼びに行く途中で受付の人に聞きやした。日付も急で申し訳ないんでやすが、明後日だそうでやす」
「早いな。ま、分かりやすくていいか。で、どんなヤツが相手なんだ?」
「名前は、
「え?倉骨?ボク聞いたことあるよ!」
先程まで、興味が無さそうにメニュー表を眺めていたアメリアが口を挟んだ。
「実際に戦った訳じゃないんだけどね?何度か噂は耳にしたことあるんだ。なんか、戦った人みんな『気持ち悪いヤツだった』って言ってたよ」
「気持ち悪いか……。方向性によっては俺も降参するかもな」
「ちょ、ちょっと旦那ぁ」
「冗談だって。それにアメリアのおかげで対人戦にもだいぶ慣れてきたしな」
そう言って歩は隣に座るアメリアの頭をワシワシと撫でた。
「やっぱり?やっぱりボク役に立ってる?」「おーおー、立ってる立ってる。だからタルバ。大船に乗ったつもりで待ってろよ」
「まあ、旦那がそう言うなら……」
タルバは頷くと、ようやく落ち着いたのか手元の水を一気に飲み干した。そして三人は、運ばれてくる料理に各々舌鼓をうつのだった。
二日後。試合当日であるこの日、タルバとアメリアは入場口に向かう歩の激励に訪れていた。
「じゃあ旦那。アッシらは二階から応援してるんで」
「頑張ってね!アユム!」
「ありがとよ。じゃ、ちょっくら勝ってくる」
歩はそう告げると、係員と共に入場口へと歩いて行った。
ざわめく会場に、司会の声が響く。それは歩の入場を促すアナウンスだった。
『皆様!大変お待たせ致しました!それでは入場していただきましょう!仮面の貴公子、アメリア・ローズを打ち破った期待の新人!身長178㎝!体重80㎏!天道歩、堂々の入場です!』
そのコールに従い、歩は緊張感の無い面持ちで中央に進む。そんな彼を、割れんばかりの歓声が包みこんだ。
「えらい人気でやすなぁ。旦那」
「そりゃあそうだよ。アユムはこのボクを倒したんだからね」
何故か自分の事のように、アメリアは胸をはる。そんな彼女の事を無視してタルバは反対側の入場口を指差す。
「そんなことより、対戦相手が来るみたいでやすよ」
『迎え撃つはこの男ぉ!身長173㎝!体重64㎏!解体屋・倉骨晴臣ぃ!』
『解体屋』という物騒な異名とは裏腹に、姿を現したのはボサボサ髪の痩せた男だった。スラックスにワイシャツという、あまりに格闘技からかけ離れた衣装に身を包んだその男は、ニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべながら歩の正面に立つ。
「天道くん、だったかな?キミ、いいよ。すごくいい。特に大腿骨なんか理想的だよ」
「?」
ぼそぼそと呟く倉骨の言葉に、歩は一瞬首を傾げる。だが、すぐに気持ちを切り替えると臨戦態勢に入った。その様子にレフェリーも頷く。
「それでは両者、構えて!試合、開始ぃ!」
試合開始の合図。それと同時に歩は速攻を仕掛けた。
(コイツの雰囲気、確かに気味悪りぃ。変な事される前に一気に決める!)
するり。と滑らかに足を踏み出すと、歩は刻み突きを繰り出す。その一撃は見事に倉骨を捉えた。
「おほっ!」
奇妙な声を漏らす倉骨に、歩は二発三発と追撃のジャブを浴びせる。そして、間髪入れずに倉骨の顔面にストレートを叩き込んだ。
「へぶっ!」
開幕早々、歩の猛攻を受けた倉骨は後方に吹き飛ぶ。その様子に会場は沸き立った。
「おぉー。なんか旦那、ジャブのスピード上がってやせんか?」
「トーゼンだよ!このボクが練習相手なんだからね!」
観覧席から歩を見守るタルバとアメリアも、歩の優勢を信じて疑わなかった。だがこの場において、倉骨晴臣と対峙している唯一の人間。天道歩だけは彼の異常さに気がついていた。
「立てよ。大して効いてねえんだろ?」
歩の言葉に倉骨はムクリと立ち上がる。そして、自身の鼻孔から垂れる鼻血をぺろりと舐めると、気味の悪い笑顔を張り付けながらゆらゆらと歩との距離を詰め始めた。
「素晴らしい!実に素晴らしいよ、天道くん!なんて雄々しい拳なんだ!特に第二関節から第三関節にかけてのナックルパートの滑かさ!……ご覧よ。私の鼻骨も歓喜の声をあげているのが聞こえるだろう!?」
ニタニタと笑みを溢す倉骨は、そう言いながら自らの曲がった鼻を摘まむと、ゴキッと無理矢理元に戻した。
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