貴公子の素顔
「アユムの旦那。コレ、今回の賞金でやす」
試合終了後。歩が控え室に戻ると、笑顔のタルバが彼を迎えてくれた。その手には金貨の詰まった麻袋が握られている。
「このタルバ。ひとっ走りして受け取ってきやした。こういうことは早いに越したはありやせんから」
「本人じゃねえのに大金渡すなんて、随分無用心なんじゃねえか?ここの奴ら」
「ま、ま。アッシは顔が広いでやすから。旦那の関係者ってことは闘技場側も承知なんでやすよ。……それよりお疲れの所申し訳ないんでやすが、早速宿に戻ってこの賞金を山分けしようじゃありやせんか」
ホクホク顔のタルバにあきれた表情を向けると、歩はやれやれと首を振る。
「わーったよ。俺も疲れたし、さっさと帰……」
その時、控え室のドアがガチャリと開かれた。思わずタルバと歩は視線をそちらに向ける。その先には、松葉杖をついた、アメリア・ローズの姿があった。
「な、なんでやすか!?アンタ!まさか賞金を奪いに来たんでやすか?ダメでやすよ!これはアッシの金でやす!!」
「俺達の、な」
金貨の詰まった麻袋を抱え込むとタルバは首をブンブンと振る。そんな彼の脳天にチョップをすると、歩は一歩進み出た。
「で、何の用だ?リベンジマッチはせめてケガ治してからこい」
「そんなんじゃないよ。……ただ一つ、気になったことがあるんだ」
アメリアの視線が歩に突き刺さる。その圧は、仮面越しにもひしひしと伝わってくるようだ。
「気になる事?」
「最後の一撃。僕への鉄槌打ちをやめて絞め技に変えただろ?何であんなことしたのか気になってね」
「何でって……言っていいのか?アンタ、隠してるっぽいし」
「ふふ。その口ぶりからして、やっぱり気付いてたみたいだね」
フッ、と笑うアメリア。歩もばつが悪そうに顎を掻く。
「まあな。さすがに俺も『女』は殴れんさ。……あっ、最初のジャブはノーカンな。あんときゃ知らなかった訳だし」
その直後。控え室にガシャンという金属音が鳴り響く。それは、タルバが麻袋を落とした音だった。
「お、女ぁ!?仮面の貴公子がでやすか?」
「本当だよ。……ほら」
そう言ってアメリアは仮面を外す。その下から現れた素顔は、まだあどけなさの残る可愛らしい少女であった。
「でも、どこでバレたんだろ?やっぱり声かな?それともキミ程の実力者なら構えでわかっちゃうとか?」
「どこって……。そりゃあ、お前……」
「?」
歩は何かを言いかけ、視線をそらす。その様子にアメリアは小さく首を傾げた。
「まあ、色々怪しかったが。最後のクリンチん時。その、女性特有のアレが……。な?」
「………………ッ!!」
直後、アメリアは自身の胸元を隠し、顔を真っ赤に染める。
「ナニソレ!変態!」
「わざとじゃねえって!」
「どおりで絞め方がいやらしいと思った!」
「やらしかないわ!」
ふーふーと、肩で息をする歩とアメリア。そんな二人の間にタルバが割って入った。
「まぁまぁ、お二人とも。一旦人目の無いとこに場所を移しやせんか?アンタも女であること、バレたくないんでやしょ?」
そうして三人は、闘技場の裏手にある木陰へと場所を移したのだった。
「……つまり、二人にはボクが女だってことを黙っていて欲しいんだ」
「別に構わんぞ。ただ、男のふりしてた理由くらい教えてくれよ」
単純な好奇心からそう口にした歩。アメリアも、気にすることなくその質問に答えた。
「簡単な話だよ。女の闘士じゃ稼げない」
「稼げない?」
「別に登録はできるんだよ?ただ、女相手に試合をしたがる選手がいないんだ。イメージも悪くなるし。お客さんだって闘技場にそういうのは期待してない。だから運営側も試合を組んでくれないんだ」
「ふぅん」
稼げない。アメリアのその言葉を聞いた歩の脳裏には、試合中に見せた彼女の鬼気迫る表情がフラッシュバックしていた。
『僕は、負ける訳にはいかないんだ!……母さんが、弟達が……』
(あの言葉。なんか訳ありみたいだな)
「しっかし性別隠してまで稼ぎたいなんて、がめついでやすねぇ。ねっ!旦那!って痛!」
歩は、こちらにウィンクを飛ばすタルバを小突くと、真剣な眼差しでアメリアを見た。
「試合中にも言ってたが……。そりゃあやっぱり家族の為か?」
「……うん。ボクの家は昔から父がいなくてね。母さんが女手一つで育ててくれたんだ。でもその母さんも病気で寝たきりになっちゃって……。だから、ボクが代わりに二人の弟達と母さんの生活費を稼がないといけないんだよ」
骨折していない方の拳を強く握るアメリア。そんな彼女の姿を見た歩はタルバの肩に手を回すと、端の方にこそこそと移動する。
「……いや、だからさあ。……で、……するのは」
「え?……でも。……でやすよ」
「……そこを。……とか」
「ええ~。……しょうがない……やす」
何かしらの相談を終え、戻って来た二人。
「何話してたの?」
「まあ、何だ。ちょっとアンタに頼み事があってな」
「頼み事?」
「今回の試合でわかったが、こっちのタイマンっつーのは俺らの世界とは勝手が違う。そこでだ。アンタには色々と練習相手になってもらいたい。組手というか、スパーリングというか……ま、そんなんだ」
「へ?スパーリング?」
「もちろんケガが治ってからで構わん。それに、礼もする。……こいつは前金だ」
そう言うと歩は、先程受け取った賞金を差し出した。
「えっ?……でもこれは」
「一人の鍛練じゃ限界があるし、こっちのタルバは戦いはからっきしだ。つまり、必要な投資ってやつだよ。俺の為にな?だから気にすんな」
「うん。……ありがと」
アメリアは麻袋を受け取ると、何度も何度も頭を下げた。それにあわせて大きな三つ編みがぴょこぴょこと跳ねる。
「さ、今日は家族の所に帰りな。俺達はあそこの宿にしばらく泊まってるからよ。いつでも来てくれや」
「任せてよ!キミ……いや、アユムの事。ボクがバッチリ鍛えてあげるから!」
満面の笑みを二人に見せると、アメリアは器用に松葉杖をつきながら、その場を去っていった。
「無理言って悪かったな」
「全くでやす。ほーんとに人がいいでやすな、旦那。そんなんじゃあ、いつか悪ーい商人に騙されちゃいやすよ」
「そん時はウチの有能な商人に助けてもらうさ」
「調子良いこと言うでやすなぁ」
タルバは小さく笑うと、豆粒ほどになったアメリアの背を再び眺めた。歩もまた、彼女の後ろ姿を見つめながらポツリと呟く。
「俺ぁな。けっこう不真面目に生きてきたんだよ。だから、自分が理不尽な目にあっても割と納得できるんだ。けどよ、ああいう真面目にやってきたやつが不幸な目にあうってのはさ、なんか許せねえんだよ」
「そうでやすか。……アッシに言わせりゃ旦那も大概真面目でやすけどね」
「あ?どこがだよ」
「旦那の技。一朝一夕で身に付くもんでもないでやしょ?そんなの素人目にもわかりやすよ。きっと血の滲むような努力をしたんだろうなって」
「恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ」
「照れやした?旦那もしかして照れやした?」
「うっせぇ!」
茶化すタルバに背を向け、歩は宿へと向かう。そんな彼を追うように、タルバもまた
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