仮面の拳闘士①

「はぁ~……。ホントに旦那はもう」


 タルバは頭をがしがしと掻くと、自らの背負っていた大荷物を漁り出す。そしてその中から、黒い布の塊を引きずりだすと歩に向かって投げつけた。


「おっと……。何だよ」

「旦那のデビュー戦ってことで、餞別でやすよ。サイズが合うといいんでやすが」


 歩は投げ渡された布を広げる。それは埃にまみれたしわくちゃの黒い道着だった。


「中々の逸品でやすよ、それ。魔法耐性のある繊維を使って職人が一枚一枚丁寧に……」

「売れ残りだろ、これ。だいぶ古いし」

「…………」


 図星を突かれ、口をつぐむタルバを尻目に歩はさっさと着替えを始める。


「ま、ピカピカの新品よりこっちの方が性に合ってるけどよ」

「で、でしょう?」


 わざとらしく愛想笑いを浮かべるタルバを無視して歩は帯を固く締めた。


「ありがとよ、タルバ。よし!行くぞ!」


 そして係員に導かれ、彼らは入場口へと向かって行った。


「それでは天道選手のコールが済みましたら、闘技場中央へとお進みください。それまではこちらで待機をお願いします」


 係員は歩にそれだけ告げると、もと来た道を引き返して行く。


「俺の相手はあっちの入場口にいんのか。どんな奴かねぇ?」


 屈伸運動をしながらそんなことを呟く歩。その言葉にタルバが答えた。


「仮面の貴公子。キャリアは短いでやすが有名な闘士でやす。特に女性人気がすごいんでやすよ」

「モテんのかよ。けしからんな」

「そして何より、彼は旦那達とは根本的に違いやす」

「俺達と違う?どういうこった」


 タルバはコホンと咳払いをすると、再び口を開いた。


「奴は異世界人じゃありやせん。アッシらの世界の人間でやす」

「マジ?そんな奴もいんのかよ?」

「まあ、勝てさえすれば闘士は大金を稼ぎやすいでやすからなぁ。腕に自信があればそういう道を選ぶ輩もいるんでやすよ」

「ふぅん。だが、こっちの世界の奴なら技能は使えないんだろ?」

「そうでやすが……代わりに魔法が使えやす」

「魔法っつーと、馬車でアンタが見せてくれたあれか?」

「はい。まあ、基本的に魔法は高い集中力を必要としやすから、殴りあいの最中にバカスカ撃ってくるなんてことはないでしょうが……ま、警戒するに越したことはないでやしょ」

「なるほどね。技能が無えから楽なんてうまい話はないか」


 二人がそんな会話をしていると、場内にまた女性のアナウンスが響く。


『皆様!大変お待たせしました!これより、本日の第四試合を開始致します!!それでは入場していただきましょう!身長158㎝!体重50㎏!仮面の貴公子、アメリア・ローズ!!』


 言い終わるがはやいか、黄色い声援が場内を包み込む。そんな中、仮面の貴公子・アメリアがゆったりと姿を現した。

 闘技場という場に似つかわしくない、あまりに小柄なその男は、その名が示すとおり奇妙な紋様の入った仮面をつけていた。そして、三つ編みにした長い髪とゆったりとした衣装をなびかせながら、散歩でもするかのように闘技場の中央へと進みでる。


「随分小せえな、それに何だあの仮面。顔が見えねぇじゃねえか。何で人気あるんだか……」

「あのミステリアスな雰囲気がたまらないそうでやすよ」

「けっ!」


『続いて対戦相手の入場です!本来この第四試合に臨む予定でした山本選手に代わり、期待の新人が貴公子に挑む!身長178㎝!体重80㎏!天道歩!!』


 自らを呼ぶ声に、歩はくるりと向きを変える。


「なあ?タルバ。俺には嫌いなタイプの男が三種類いる」

「はい?」

「一つ、男の癖にチャラチャラ三つ編みなんぞにしてる奴。二つ、顔面隠してミステリアスを気取ってる奴……」

「三つ目は?」

「モテる奴だ!!」


 そう叫ぶと、歩も闘技場の中央に向かって大股で歩き出した。


(さ、逆恨みでやす……)


 その背中をタルバは微妙な気持ちで見送っていた。

 闘技場の中央で向かい合う歩とアメリア。試合開始の合図を待つ二人の視線が激しくぶつかり合う。


「よう、色男。俺ぁ新人なんでな。お手柔らかに頼むぜ」

「…………」


 歩の挑発に乗らず、無言を貫くアメリア。その沈黙を破るように、レフェリーが両者に呼び掛ける。


「それでは両者、構えて!……試合、開始!!」


 開始の合図と共に二人は様子見をするように距離を測る。

 いつものようにベタ足で待ち構える歩に対し、仮面の貴公子、アメリア・ローズは軽快にステップを踏む。


(フットワークか。古流柔術じゃあまず見ない技術だな。それにあの細く締まった筋肉にくの付きかた。十中八九、打撃系の格闘技だ)


 ベタ足のまま、ジリジリと距離を詰める歩。


(まずは一発)


 先手をとったのは歩。リーチに勝る彼が初撃に選んだのは最速の打撃、柳金剛流・疾風突はやてづき。だが、その一撃をアメリアはヒラリとかわした。そして、そのまま二発のジャブを歩の顔面に見舞うと、彼は再び距離をとる。


(今のジャブ、大したダメージは無え。ただの牽制か)


 その場でステップを踏むアメリアに、歩は再びにじりよる。


(リーチでは俺が圧倒的に有利。とにかくこの体格差を活かして先に攻めるしかねえ!)


 そんな彼の考えを見透かすように、アメリアは一瞬で歩の懐にステップインする。


(こいつ!速っ……)


 完全に虚を突かれた歩の顔面に、今度はワンツーパンチが炸裂した。慌ててフックで応戦するも、苦し紛れの反撃は虚しく空を切る。小柄なアメリアは、少し身を屈めるだけで歩の攻撃を掻い潜ることが可能だった。


「ぐっ!」


 次の瞬間、歩の身体ボディに重い衝撃が走る。肝臓打レバーブローち。文字通り肝臓をねらった、強烈なボディブローだ。

 深追いはせず、再度アメリアは距離をとる。そんな彼を歩はギロリと睨みつけた。


(あのフットワークにワンツーからのダッキング、そしてボディブロー……)

「なるほどな。お前の技はボクシングか」


 脇腹を軽く擦りながらそう呟く歩。そんな彼を見定めるように、仮面の貴公子は変わらぬリズムでステップを踏んでいた。

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