異世界人②

「即答でやすか?もっと渋ると思ったでやすが」


 まるで動じない歩。その様子に驚いたタルバは彼の顔をまじまじと見つめた。そんなタルバの事など興味が無さそうに、歩は腕組みをしたまま口を開いた。


「要は人間同士のタイマンなんだろ?あんな猪の化け物と戦うより、よっぽど気が楽だ。ご指摘の通り、先立つものも無いしな。……それより一つ、気になることがある」

「何でやしょ?」

「あんたらで言うところの異世界人……まあ、俺らの世界の奴らは皆その闘技場とやらで戦うんだろう?異世界人ってのはそんな武闘派ばかりやってくるのか?」


 その言葉にタルバはきょとんとした表情を浮かべる。


「そりゃあ、あなた方には技能スキルがあるでやしょう?」

「技能?」

「ほら。異世界から来る方々が持つ特殊な能力でやすよ。戦い向きの技能を持ってる人は大体闘士になってやすよ。旦那だって打撃一発でオークを倒してたじゃないでやすか?あれ、旦那の技能スキルでしょ?」

「何言ってんだ?オッサン?」


 心底不思議そうな顔をする歩。その様子にタルバはみるみると青ざめていく。


「いや、ホラ。こっちの世界に来るとき力を授かったでやしょ?異世界人の方々はみーんなそう言ってたでやすよ」

「だから何度も言ってんだろ。こっちに来る前後の記憶が無いんだよ。あの化け物を倒したのは『柳金剛流やなぎこんごうりゅう』の技だ」

「や、柳?」

「柳金剛流。俺が爺さんから習ってる古流柔術だよ。『柳の枝の如くしなやかに、金剛石の如く頑強に』とかいう信条の古臭い流派さ」

「えー……よくわかんないでやすが。つまり旦那は技能が使えないってことで?」

「おう!」


 自信満々に頷く歩。逆にタルバの心中は穏やかではなかった。


(えぇぇ……マジでやすか?この人。いくら何でも技能なしじゃあキツイでやすよ。ここは一つ、この話は無かったことにするでやす!)


 決心を固めたタルバは、張り付けた様な笑顔を浮かべながら、両手を擦り合わせた。そして、ペコペコと頭を下げながら歩に向き直る。


「あのー、旦那?旦那が強いことは重々承知でやすが……。やっぱり技能無しは厳しいんじゃないかと。いや、勿論これは旦那の身を案じてのことで」

「大丈夫だって。喧嘩は慣れてっから」

「いや、でも……。今回の話は無かったことに……」


 なおも食い下がるタルバに近づくと、歩は彼の肩に手を回す。そしてヒラヒラと手のひらをタルバの前にちらつかせた。


「大体よぉ。オッサンの方から誘ったんだろぉ?なのにその技能?とかいうのが無いってわかった途端、はいサヨナラってのはあんまりじゃねえかなぁ?」

「は、はぁ……」

「俺は悲しいよ。あまりに悲しくて思わずオッサンに『内砕うちくだき』打っちまいそうだ」

「う、内砕?」


 歩はニヤリと笑うと、タルバの眼前を泳がせていた手のひらをぎゅっと握った。


「さっき使った柳金剛流の技さ。衝撃を浸透させ、敵を内側から破壊する打撃。ま、オッサンくらいの体格なら軽く消化器官はイカれちまうだろうなぁ。……あんたも流動食生活は嫌だろう?」

(この人!まさかアッシを脅迫してるでやすか!?転移して間もない筈なのに!しかもなんつー雑な脅しを……。今日日きょうび山賊だってもう少し紳士的でやすよ?)


 諦めた様に息を吐くと、タルバは力無く首を縦に振った。


「はぁ……。わかりやした、わかりやしたよ!ちゃんと歩の旦那が闘士として戦える様にサポートしやすよ。ただし!ファイトマネーは折半でやす!いいでやすね!?」

「おう!よろしく頼むぜ?」


 歩はタルバの肩に回した腕を解くと、大きく伸びをする。そして、馬車から見える風景を見回すと、再びタルバの方を向く。


「……で、その闘技場とやらにはいつ頃着くんだ?ずっと馬車ん中じゃあ背中が痛くてかなわん」

「まったく、文句が多いでやすねぇ。心配しなくてももうすぐでやすよ。ほら、見えてきやした」


 ガタガタと揺れる馬車の車内から、タルバが指を指す。その先には、古びた風車が並び立つレトロな街並みが広がっていた。


 所々捲れ上がった石畳にレンガ造りの家々。そして町の至るところに建てられた風車小屋は、日本の片田舎とはまた違った印象を歩に与えた。

 ミロスの町。そう呼ばれているこの田舎町に降り立った歩とタルバは、長旅で縮こまった体を大きく伸ばす。


「ふー。やっと着いたでやす。……あっ!ほら、アユムの旦那。あれが闘技場でやすよ」


 そう言ってタルバは町の中央に視線を送る。その先には一際目を引く大きな建物があった。お世辞にも綺麗とは言えないその外観に、歩は不満げな表情を浮かべる。


「なんつーかな~。闘技場なんて言うからもっと都会を想像してたんだがなぁ」

「今や闘技場での観戦は一大ムーブメントでやすからね。それなりに人口がある町ならそれ用の施設が大体ありやすよ。それに……」


 チラリと不満げな歩に目をやると、タルバはクスクスと小さく笑う。


「こんな田舎でも結構選手の層は厚いでやす。きっと旦那でも一筋縄ではいかないと思いやすよ」

「ほぅ。そりゃ楽しみだ」


 タルバの一言で、丸まっていた歩の背筋がピンと伸びた。


「っしゃあ!さっそく行くぞ!」

「ちょ、待つでやすよ~!」


 自らの握り拳をパチンと叩き、歩は闘技場に向かって歩きだす。そんな彼の後を追うようにして、タルバもまた闘技場の門をくぐるのだった。

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