第10話 正直な気持ちが互いを救う
茉子と別れて、近所の公園のベンチに私はひとり座っていた。
少し頭を冷やして、それから帰ろうと思った。
それでも考えてしまうのは仕方がない事だよなぁ、と空を仰いで
思い返せば、こんなにわたしって取り乱しやすかったけ?
何だか…ママにも、茉子にも迷惑をかけっぱなしだ。自分の事しか考えていない。
そんなわたしが周が好きで、周にこだわる理由はしっかりしている。
思いやりの心、優しさなんて当たり前。じゃあ他に何があるのか。
傍からみたら、些細なことかもしれないけど、私にはとても大きくて大事な事だったりする。
それは喜怒哀楽全てが、わたしとのフィーリングにピッタリだっていう事。
笑うツボも一緒だし、喜びも悲しみも、ありとあらゆる感性が一緒だったりする。
あの大人しい周は、わたしの前では幾つもの表情を見せてくれる。
こんなにも合う人が、これから現れるなんて考えられない。
よく最初の恋愛は実らないって言うけれど、わたしはそんな事なんて微塵も信じていない。
他の人はどうだか知らないけど、たまたまそういう人に出逢っただけだと勝手にわたしは思っている。
それにわたしはわたしを良く知っている。
ママが言う様にわたしは女子ではかなりの勝気な性格、サバサバしていると言われる。
物事をハッキリと言うせいかもしれない。だから同性からは、あまり好かれない事だって分かっている。
井戸端会議みたいに、群れるのもあまり好きじゃない。
親友が1人、2人いれば十分だと思っている。
外面だけの付き合いが一番嫌いだから。
とはいえ、そのままじゃいけない。
少しは女子らしさを身につけたかった。
だから敢えて、中高の部活は文化部に絞った。
だからわたしは、茶道部に所属している。
茶道を通して、礼節を学ぶ為だった。
勝気なままじゃいけないと、わたしのせめての悪あがき。
こう振り返ってみると、やっぱりわたしの考え方は古いのかもしれない。
勝気さはあっても、その性格を少しでもいい方向へさせようとする為、茶道部に入部している。
簡単に言えば、伝統文化から礼節、礼儀作法を学ぼうとしている。
こういう考え方は、女子でも少数派だと思う。
しかも理由が不純だ。
少しでも女子力を上げようと勝気さをほどよく抑える為だから、理由としては不純としか言えない。
それにあわよくば周にもっと好かれたいと思えば、さらに拍車が掛かっている気もする。
空回りしているのかなぁ?
はぁ……。
わたしは、溜め息をつく。
そんな考え事をしていると、公園の公共トイレに他校の生徒とみられる男子が入っていた。制服からして、この近辺の私立学校の男子だろう。
ただ。
公共トイレに入るのが一瞬過ぎて分かり辛かったが、周によく似ていた気がする。
今日はずっと周の事を考えていたから、ついに男子と見るや否や周に見えてしまう様になったか。
疲れているんだ、きっと。わたしは。
さらに溜め息をつく。
幻影まで見えてしまう。ここまで末期症状が出てしまっている。今日のわたしは何だかおかしい。
公共トイレから、男子が出てきた。
わたしは、目を疑った。
周だった。
しかも制服がウチの高校の制服になっている。
周は出てくるなり、制服の身だしなみをチェックしていた。
「周!」
気付いたら、彼の名を呼んでいた。
周が気付く。
私を見て、バツが悪そうな表情をしていた。
それはそうだろう、何で他校の制服を着ていたのか。
『今日の用事』って、この事だったのか、と悟ったわたし。
いつにも増して大きなカバン。その中に、さっきまで着ていた制服が入っているんだろう。
周がわたしの座るベンチに、ゆっくりと近づいてくる。
今日の事を色々と伺おうじゃないか、とわたしは少しだけ怒りを潜めながら彼が隣に座るのを待った。
周はゆっくり、私の前まで来た。
多分、わたしがメチャクチャ怒っていると思っているんだろう。顔が強張っているがのよく分かる。
そして中々、隣に座らない。しばしの沈黙。
公園にはわたしと周しかいない。
静かな時間が流れる。とても長く感じる静かな時間。
その沈黙を破ったのは、周だった。
「今日はごめん! 何の理由も言わなかった事は謝る。本当にごめんなさい」
謝罪の言葉と同時に、頭を下げる周。
こんな周を見るのは初めてだ。わたしは辺りを見回して、
「分かったから、ね? お願いだから頭を上げて。変な風に辺りに映っちゃうから」
「あ、あぁ、そうか。ごめん」
謝ってばかり。
でも
寧ろ何か理由がある様な感じにも取れる。
とにかく理由が聞きたかったから、周をベンチに座らせた。
「今日、何でこんな分かりやすい隠し事をしたの?」
敢えてここは『嘘』とは言わなかった。
彼を責め立てる様な事だけは、絶対にしたくなかったから。
すると、いつもなら口ごもる周がハッキリと理由を述べ始めた。
「僕は、今まで自信がなかったんだ。だから時折『不安』に悩まされていた。香奈と僕は釣り合っていないんじゃないかって」
「そんな……」
「でも正直、そう思っていた側面があるのは確かなんだ。自分に自信がないくせに、香奈と付き合って良いんだろうかって。だけど…全部僕がいけなかったんだ」
茉子が言っていた事を、周が口にしている。
それが周の言葉で『確信』として、私の心に突き刺さる様に思えた。
ところが。
「でもね、それも今日で終わりにしたい。もっと自分を肯定してあげたい。香奈の事を好きなように、もっと自分を好きになってあげないと、僕も不幸になるし、香奈にも申し訳なくなる」
何となく言っている意味は分かる。
よく聞く話だけど『自分を嫌いな人は、人を上手く愛せない』って。
わたしが知らない間に、周にプレッシャーを与えていたのかな? とも思った。
だから彼の心にもしかしたらわたしが、枷を与えていたのかもしれない。
「わたしの方こそゴメンなさい。周を追い詰めちゃったかもしれない」
「いや、それは違うよ。これはあくまで僕の問題だ。今まで当たり前のように過ごしてきた。それなのに変わらなきゃいけないところを、何も考えないで、気付かないで変われていなかった。そのクセ、傷付きやすくて」
周の言う通りだ。
周はとても繊細だ。
だからわたしは大事にしてもらえていると、付き合ってからずっと感じていた。
もしかしたら、その繊細さが周を苦しめていたのかな?
そんな風に不思議とわたしは心の中で思い始めた。
「僕は口下手だし、つまらない男かもしれない。でもこれだけはハッキリしている。僕は香奈の事が好きだ。大好きだ。どこにも行って欲しくないし、僕の傍にいて欲しい」
その言葉を聞いただけで、さっきまでの疑念や怒りが吹き飛ばされていく。
周は続ける。
「だから出来なかった事は……敢えて言うと、香奈の事が好きだから出来なかった」
「どういう事?」
「臆病になったとか、責任が取れないとか、そういう事じゃないんだ。香奈の事を好きで大事にしたいと思うから僕は何も出来なかったんだ。香奈が嫌がる事、痛がる事、そういう事を僕はしたくなかったって気付いた」
わたしの中で、点と線が繋がった。
ママが言っていたのは、こういう事だったのかと。
わたしがいけないとかそういうのが問題ではなく、周のわたしに対する気持ちの問題だったのだと、今ハッキリした。
そう考えるとわたしは、とんでもなく幸せ者だ。
やっぱり周じゃないと、わたしは無理だ。
他の人なんて考えられない。
身体の繫がりなんて関係ない。
今、周とわたしは心がしっかりと繋がっている。
「周」
わたしは彼の名前を呼んだ。
周がわたしを見つめる。
わたしは、彼を優しく抱きしめる。
周もわたしを、優しく抱き返す。
耳元で私はささやく。
「周、大好きだよ」
「僕も、香奈の事を心から大好きだよ」
お互いに熱い抱擁をする。
もう私の頭の中には、他校の制服を着ていた周の事なんかどうでも良かった。
そんな細かい事より、今目の前にいる周が、どれだけ好きで、どれだけ愛しているか。
それが再確認出来ただけで、わたしは心がとても満たされていった。
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