水神様の社
いちみ
第1話 野分
一.野分
古来、水と龍は深い関係があると言われているのは言わずもがな。日本でも水の神様として龍神が祀られている神社もたくさんある。川、海、湖問わず、様々なところに水の神様はいて、人々の生活に深く根ざした存在である。
瀧沢智登世にとって、そのくらいのことは耳にたこができるほど聞いてきた。目新しいことではないし、だからといって古い伝説でもない。なんと言うべきか、毎日イヤホンで聴く邦楽並に、ありきたりなことだった。
御大岳神社は新設の神社だ。とはいえ、元々あった宮司のいない古社を改築し、新しく御大岳神社としたのが一代前の祖父の時代であるから、新設と言っても八十年ほどは経っている。千年以上の歴史の前では赤子同然だろうが、時間の流れの速い現代でいえば、そこそこの年月は経っているとも言える。
御大岳神社に祀られている神様は一柱だけだ。水源となっている町から伸びる川を龍と見立てて、その龍を祀っている。つまり龍神様だ。山に囲まれた町だから大岳と名をつけたが、農業が盛んなこともあり水が大切だからと、龍神を祀っている。現代人のいいとこ取りの精神だ。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
智登世は玄関のドアを開けて言った。すでに両親は神社にいる。朝の六時には出て行ってしまい、境内を掃き清める。幼い頃は手伝っていたが、いつしか学業が忙しくなり、そんなこともしないでいる。
青い髪の男が、ひらりと手を振った。
「気をつけてね」
「タカツは大人しくしてるんだよ」
「いつもそうしているつもりなんだけどね」
智登世は小さく肩をすくめて見せた。暴れるとは思っていないが、その超常的な力で何でもできてしまう。この前は、学校怠い、と言った智登世の言葉を真に受けて、嵐を呼んだ。そのときはゴウやヒキミたちにも怒られていたのだが。
人口六千人ほどの小さな町、よしか町。木々の緑と空と川の青のコントラストが美しい町だ。取り柄というほどのものも少ないのだが、寒暖差の激しい気候のおかげで米の産地として有名である。少子高齢化が進む、田舎町だが寂れた印象がまだないのは、年寄りが若いからだろうか。
町の鬼門に位置する高台のところに大岳神社はあり、その麓に居をかまえているのが瀧沢家であった。この家も神社改修時に買い取った日本家屋で、納屋と離れと広い庭がある。
御大岳神社は、地元の人に愛されている。近くに(といっても車で一時間ほどかかるが)、五大稲荷の一つ太皷谷稲成神社や柿本人麿で有名な柿本神社があるのにも関わらず、年明けの参拝にはそれなりに人が来る。ある有名な女優さんがたまたまこの御大岳神社で祈願をしたら、叶ったという話もあるくらいなので、御利益はあるのだろう。
あの青い髪の男に本当にそれだけの力があるのかと、思う一方で、インチキ商売でもないのだと、智登世は思う。
夏も盛りの九月頭。からりとした強い日差しが地表まで届く。連日三十度超えの日が続き、参拝客の足も遠のく日中の頃。
客間の縁側の窓に養生テープを貼り付けていた。過去最大級の台風が五島列島の端をかすめて大陸へ抜けていくというニュースが連日テレビを賑わせていた。それにともない、過去一度もしたことのない台風対策をしているのだ。
緑色の養生テープがなくなるタイミングで、客間の窓がふさがる。冷房などつけていないので、汗が首筋を伝って胸から腹へと落ちていく。その感触が何とも言えず、気持ち悪い。
小さくため息をついて首回りの布をつまんで仰いでいると、わずかな冷気が智登世の足下に漂ってきた。玄関に繋がる横引きのドアをみると、タカツが立っていた。
年がら年中、日中は社にいるはずなのだが、珍しい。
「どうかした?」
「大丈夫かと思って」
何を、と聞くまでもない。台風が怖くないかと聞かれたのだ。小学生時分などは怖がっていた覚えがあるが、さすがに高校生にも慣れば、その感情も人並みにはなる。このやろうと思わなくもないが、大前提でこの男は純粋に心配になったのだろうことがわかる。
「この通り、大丈夫だよ」
「そうか。明日は休みなんだろ?」
「そうだね」
過去最大級の台風だと言うことで、週初めの明日はすでに休校が決定している。台風に感謝する者もいたが、そんなものに感謝するよりは、安全策を講じた学校に感謝すべきだと思う。学校も意地悪をしたくて運営しているわけではないだろう。
「では明日は一日中一緒にいてもいいな」
「・・・・・・タカツ、怖いの?」
わずかに笑ってやると、そんなことはない、とタカツは憤慨した。
「大丈夫さ。最近は護岸工事も進んだんだ」
タカツは鼻を鳴らした。まだ日は高く、多少風は強いが、台風の予感はない。秋の足音もない夏の外だ。智登世は腕に養生テープの芯を通す。
「怖いなら、社に行かなくていいよ」
もとより、神社とタカツは繋がっている。町外に出なければ、力はどこでも使うことができるのだ。わざわざ社に行くのは、その方が神様のようだ、と勝手にタカツがそうしているだけだ。
タカツは苦虫を潰したような顔をしたが、結局社には行かなかった。怖いのか、と笑う気持ちにはならない。智登世の怖さとタカツの怖さは別物だからだ。
(まぁ、何かあったら神様パワーで助けてもらおう)
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