第37話 食事、その後


 レストランの専門店フロアで、おれたちは何を食べようか悩んでいた。


「お兄ちゃん何食べたいのー?」


「んー、イタリアンがいいかな。ななえは食べたいものあるか?」


「そうだねー。どちらかと言えば和食がいいかな。みなみちゃんは何食べたいの?」


「わたしは、中華がいい!」


「お、中華か。いいな! じゃあ、和食と洋食の、あいだをとって中華にしよう!」


「いいね。さんせーい!」


 ななえも同意してくれたので、人気の中華レストラン「猫猫飯店」に決めた。




 人気店だけあって20分ほど並んで待ってから店に案内された。


 内装はポップに仕上げた中華風で、ところどころにマスコットの猫のキャラクターが描いてある。


「ここってギョーザがおいしいんだよね。来たことある?」


 ななえが聞いてきたので、おれはクビを横にふった。


「いや、初めてだな。そうだよな、みなみ」


「うん。来たことないよ。だいたいいつもイタリアンだし」


「へー。2人はけっこういっしょに出かけるんだ?」


 ななえが声色を少し変えて聞いてきた。


「いつも2人だからなー。たまに外食はするよ」


「へぇー……なんかいいなあ。うらやまし」


「えー? ななえさんのほうがうらやましいですよ! だってお兄さんがCooLOURSカラーズのリーダー、如月ショウじゃないですか!」


「しーっ! みなみちゃん、大きい声で言わないで!」


 ななえは、慌ててみなみをさえぎった。


「ご、ごめんなさいっ! ななえさん。つい……」


「みなみ、あんまり外で言わないほうがいい。バレるといろいろ大変らしいんだ」


「う、うん、わかった。ホントごめん」




 おれたちはさっそくタブレットを使って注文した。


 おれは旨辛担々麺と半チャーハンセットを、みなみはチャーシュー麺を、ななえはかに玉とバンバンジーを注文した。


 その他に、三人で分けて食べるために、猫耳ギョーザ3個入りも二皿注文した。




 しばらくして、注文した料理がテーブルに運ばれてくる。


「わー、このギョーザすっごくかわいいよ! ね! お兄ちゃん!」


「ホントだな。おもしろい形してる」


 ギョーザの皮がひねってあり、猫耳のようになっている。


 これ作るのけっこう手間だろうな。おれがそう思っていると、ななえは並べられた料理を撮影している。

 きっと、リンスタにでもあげるのだろう。


「なあ、食べていいか?」


「おっけおっけ、ごめんね」


 ななえが、スマホから目を離して箸を手に取る。


「もう! せっかくの料理が冷めちゃうじゃないですか。ななえさん」


 みなみがななえにむかって小言を言った。だが不思議と嫌な感じはしない。これは文句というより、単なるコミュニケーションの一部なのかもしれない。


「猫耳ギョーザおいしい! おいしい! お兄ちゃんのすっごい辛そう!」


 みなみはチャーシューを頬張りながら、おれの器を覗き込んでくる。


「辛いけどうまいぞ。食べてみるか?」


「えー! じゃあ一口もらおっ!」


 おれたちの様子を見ていたななえが、一言こう漏らした。


「なんか、ゆうだいとみなみちゃんってほんと仲良くてうらやましーなー」


「まあ、でもな、はじめの頃はあんまり喋ろうとしなかったんだぜ? 部屋からも全然出てこなかったし」


 おれの言葉にみなみは表情を変えた。


「ちょっと! それは……だってお兄ちゃん怖かったんだもん。身長高かったし髪型だってヤンキーっぽかったしさ」


「誰がヤンキーだ!」


 おれは自分の名誉のために声を荒らげた。決してヤンキーなどではなかった。ただなぜか目をつけられることは多々あったが。


 身長も当時としては人より成長が少し早かったから高くみられてただけで、高校生の今となってはまわりと大差ない。


「ゆうだいって、小さい頃荒れてたの?」


「なんでだよ! かわいい子供だったっての! ただうちの校区は少し素行の悪い奴らが多い区なんだよ。だから他の学校の奴らに絡まれたりとかはけっこうあった」


「お兄ちゃん、強かったもんね。お義父さんに格闘技仕込まれてたんでしょ?」


「まあ……父さんはじゃれ合いと言っていたが、おれはある意味命がけだったけどな」


 うちの父親は、若い頃から趣味で格闘技をかじっていた。その影響もあり、おれも幼少期から、いくつかの格闘技を仕込まれていた。


 ヒートアップしてくると子供相手にもムキになる父親だったので、かなり痛い目にもあった。今思えばよくトラウマにならなかったなって思うよ。


 食後のデザートに、おれは杏仁豆腐を、みなみは黒ごまアイスを注文した。ななえは甘いものは控えるらしい。


「食事制限けっこう大変なんだよ? 特にカロリーと脂質」


 ななえは、肩をすくめてそう言っていた。


 そして食事を終えたおれたちは店を出て帰路についた。




 帰り道、前をあるくみなみとななえは楽しそうにおしゃべりをしていた。


 おれはそんな二人を眺めながら、昨晩のことを思い出した。


 みなみとキスをしてしまったことを──。


 今日もいつもと何も変わらない態度だったけど、みなみはあのことどう思ってるんだろう。




 結局、今夜もななえはおれの家に泊まることになった。みなみは昨日の態度とうってかわって快く賛成していた。


 今夜もまた……ソファーかな。ゆっくり寝られるといいんだが。

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