第32話 ななえ、家に押しかける


「へぇー、普通の家なんだね」


「当たり前だろ。普通の庶民の家だ」


 おれは、ななえといっしょに玄関の前に立っていた。


 結局、彼女に押し切られる形で家に連れてきてしまった。


 ななえは両親の待つ実家は居心地が悪く帰るのが嫌で、一晩だけでいいからおれの家に泊めてほしいと言ってきた。ちなみに両親には友達の家に泊まると言ってあるそうだ。


 そのための準備は万端なようで、着替えやドライヤーまで大荷物を持ってきていた。


「最初から来るつもりだったよな。絶対……」


「へへっ、ごめんね。ムリ言って。じゃお邪魔しまーす」




「お兄ちゃん、おかえりー。えっ!」


 玄関を開けると、みなみが元気よく出迎えにきてくれたが、次の瞬間真顔になって固まった。


 おれの後ろにななえがいたからだ。


「わりぃ、みなみ。ななえを今夜うちに泊めてもいいか?」


 おれがそう口にした瞬間、みなみの顔が一瞬にして引きつった。





「むううぅぅ! むううぅ!」


 みなみが両頬を膨らませながら、すねている。おれはそんな彼女に廊下で必死に説明していた。リビングではななえがテレビを見ている。


「一晩だけだから、な? 昨日いろいろあったせいで不安もあるみたいなんだよ。だから今日だけ泊めてやってほしい」


「むううぅぅ……どこで寝るの? あの人」


 あの人、ときたか。まあちゃんと自己紹介もまだだもんな。


「リビングのソファででも寝てもらうから」


「そんなのかわいそうだよ! だって昨日あんな事件に巻き込まれて疲れてるんでしょ?」


 意外にもななえのことを気遣うみなみにおれは少し驚いた。


「みなみ、お前ってやつは、ホント優しいな」


「でも、うちには予備の布団はないし、両親の部屋は勝手に入ったら怒られちゃうもんね」


「んー。じゃあ、おれがリビングのソファで寝るから、ななえにはおれのベッドで寝てもらおうか?」


 おれがそう言った途端、みなみは血相を変えた。


「それは! なんかダメ! それだったらあの人にはわたしのベッドで寝てもらって、わたしがお兄ちゃんのベッドで寝る!」


「そ、そうか。みなみがいいなら、じゃあそうしてもらおうか」


「お兄ちゃんとわたしが、同じベッドでいっしょに寝てもいいんだよ?」


「おまえ、それは……ダメだろう」


「むうぅ……」


「ねえ、話終わった? 別にアタシソファで寝てもいいよ? 押しかけたのこっちだし悪いから」


 ななえがリビングから顔を出してそう言った。どうやら途中から話を聞いていたようだ。


「いや、大丈夫だよ。おれがソファで寝るからさ。ななえはベッドでゆっくり寝た方がいい」


「ありがと。妹ちゃんもありがとね」


「は、はい」


 みなみは少し人見知りなところがあり、ななえとの距離を測りかねているようだった。


「今日はホントにごめんね。みなみちゃんだよね。アタシは如月ななえ、よかったらななえって呼んでね」


 ななえがそう自己紹介すると、みなみはななえにしっかりと目線を合わせてこう言った。



「如月さん、よろしくお願いします。わたしはみなみって言います。お兄ちゃんとは



 ハッキリとそう言ったみなみの顔を、おれは思わず見つめた。



 その時の、みなみの顔はなんだか初めてみる表情だった気がした。




 その後は、三人で夕食を食べた。みなみ一人に任せるのは悪い気がして、夕飯作りはおれも手伝った。


「すっごーい! こんなちゃんとしたご飯食べるの久しぶりだよ! ありがとう! みなみちゃん! ゆうだい!」


 ななえが喜んでくれて、おれはなんだか嬉しかった。


「そうかそうか、遠慮しなくていいから食べてくれ。みなみ、褒められてるぞ」


 みなみの方を見ると、そっけない態度をとっているものの、少し照れてうつむいているように見える。


「肉じゃがなんて何年かぶりだよ〜」


 ななえは、肉じゃがを物珍しそうに食べて喜んでいた。




 夕食の後、ななえとリビングでくつろいでいた。みなみはお風呂に入っている。


「ねえ、ゆうだい。みなみちゃんってさ、ゆうだいの義理の妹だったんだね。ちょっとビックリ」


「そ、そうなんだよ、実は。」


 さっそくあまり触れられたくないことを言われて少し戸惑った。


 やはり、そこついてくるよな。

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