第26話 怪しい配達員


 それから、おれとななえとショウの三人であれこれ話をしながらケーキを食べた。


「ほら、ショウって世間に顔割れてるからさ。家族いっしょに住んでるといろいろ面倒なんだ。だからアタシはこのマンションで一人暮らし。ショウも別のマンションで両親とは別々に暮らしてるの」


「はぁ〜、そうなんだ。やっぱり芸能人って大変なんだな」


「ショウのマンションすっごいんだよ。有名人がたっくさん住んでるの。女性アイドルとか女性の俳優さんもね」


「ん、ああ、そうだな。ボクはそんな奴らには興味ないが。ボクが興味のある人類は世界で唯一、ナエナエだけだ!」


「そういうことだから、雄大。アタシとショウが兄妹なことは、秘密にしといてほしいんだ」


 ななえはショウの言葉を無視してそう続けた。


「うん、言わない言わない。それにしてもショウさん、本当にななえのことが好きなんですね」


「ふふん!」


 ショウは勝ち誇ったように鼻を鳴らしている。なぜ。


「以前もマンションの前にいましたよね。ななえのことが気になって待ってたんですか?」


「ん? なにがだ? ボクがここに来たのは今日が初めてだが。タクシーと徒歩を駆使してストーキングしてだな」


「えっ……、そうなんですか」


「ところで、オマエ。ケーキも食ったんだし、さっさと帰ったらどうだ? ナエナエのために買ってきたケーキを特別に分けてやったんだから感謝するんだぞ」


「え、はあ、ごちそうさまでした。ホントうまかったです」


「礼はいい。食ったなら帰れよ。だいたい何しにきたんだ。ボクのナエナエのおうちに遊びにくるなんていくらなんでもブツブツ」


「ショウのことは気にしないで、まだいていいから」


「いや……、う、うん」


「ショウの方こそ帰らないの!? もう用は済んだでしょ!」


「な、なんでそんな悲しいことを言うんだ! 兄ちゃんがいちゃダメなのか! なぜだ! ボクが帰ったらその男と二人っきりになっちゃうじゃないか。そんな危ないことは兄として見過ごすわけにはいかない!」


「はぁ……な〜にわけわかんないこと言ってんの。早く二人っきりになりたいんじゃん」


 ななえは溜息をつきながらつぶやいた。


「二人っきり!? な、断じて許さんぞ!」


「あの……おれそろそろ帰りますから。ななえ、また今度ゆっくり話そ」


「ええぇ〜……、う、うん。わかった」


 ななえは不満げな表情を見せたが納得した。そしてショウに向かってこう言った。


「じゃあ、ショウも帰って。マンションの住人にバレないよーに気をつけてね」


「くぅ、仕方ない。まあ、この間男が帰るならボクも安心して帰れる」


 誰が間男だ。


 おれとショウはいっしょにななえの部屋を出た。今日は目立たないようにななえの見送りは無しだ。




 ショウといっしょにエレベーターに乗る。なかなかに気まずい。


「さて、オマエにいくつか質問がある。」


「は、はぁ」


「オマエはナエナエのなんだ?」


 ショウは圧倒的な威圧感で尋問してくる。


「友だちです。ただの」


「友だち……だと? 許さない。許されない……」


 それもダメなの? おいおい、ななえに告白されたなんて言ったらどうなるんだ。恐ろしい。


 お互い沈黙したまま、おれたちはマンションを出た。


 マンションを出ると、前の道に配達業者のトラックが止まっていた。荷物を降ろす作業をしている男は帽子にマスク、なんだかキョロキョロと周りを見渡しており、かなり挙動不審だ。


 なんか怪しい人だな。


「あの、ショウさん。あの配達員、なんか怪しくないですか?」


「ボクに気安く話しかけるな。近づいてくるファンとすら外では気軽には喋らんのだからな」


 ダメだこいつ、会話できねえ。


「おれ、別にショウさんのファンじゃないですから」


「もちろんサインや握手もお断りだ。おれの手はナエナエを撫でるためにあるのだからな」


 こいつに同意を求めたのが間違いだった。ショウのことは放っておいて配達員をもう一度振り返る。


 なんだかあの配達員の男には見覚えがあった。帽子にマスク、左耳にピアスをつけている男。


 あれ、やっぱりあいつって何度かこのマンションの前にいたやつだよな。


 配達員は荷物を乗せた台車を押してマンションに入っていく。


「ショウさん、このマンションに来たのは初めてだって言ってましたよね」


「うるさいなあ。そうだと言ったろ」


「……。気のせいだと思うんですけど。さっきマンションに入っていった引越し屋の男、何度かここで見かけてるんですよね」


「それがどうかしたのか」


 その時、道路脇に大きなトラックが止まった。さっきの配達員の男のトラックのすぐ後ろにつけて。


 おっさんがブツブツ文句を言いながら降りてくる。


「なんだよもー、こんなところに止めて邪魔なんだよ。もうちょっと前に出せよ。素人か?」


 おっさんは、先程の配達員の男のトラックの止め方を見て不満そうに怒鳴っている。おっさんも見たところ配達業者のようだ。


「安心運送? なんだこれ。聞いたことねえ業者だよ。まったく」


 聞いたことない業者だって? おれは気になっておっさんに話しかけた。


「あの、すいません。おじさんは黒猫運送の人ですよね。この配達業者の名前は聞いたことないんですか?」


「あ〜ん? ああ、知らないね。うちは大手だし、都内の配達業者のことならだいたい知ってるけど、安心運送ってのは聞いたことないや」


「あの、今からこのマンションに配達ですか?」


「そうだけど……、なんだい? あんた」


 黒猫のキャラクターが描かれた帽子を被ったおっさんは、怪訝な顔でおれを見る。


「もしかして、その荷物って最上階の如月ななえ宛てなんじゃないですか?」


「ああぁ? どうしてそれを。いやいや、お客さんの個人情報は言えねえよ。まじでなんなんだ?」


 なんだか嫌な予感がする。この時間、ななえの部屋に荷物が届くことになっている。この黒猫運送の配達にかぶせて、さっきの男は配達業者を装いエントランスを抜けた。



 そうやって、ななえの部屋に行き、その男は何をしようとしているんだ──。



「ショウさん。大変です!」


「どうしたんだ。ボクは忙しいんだ」


「ちゃんと聞いてください! ななえが危ないかもしれません!」


「あ? なんだと? 聞き捨てならないな。詳しく話せ!」


 さすがななえの身に危険が迫っていることで、ショウはようやく話を聞く気になってくれたようだ。


 おれは、ショウに事情を手短に話した。

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