第2話偽悪者は拒絶する
目がくらむような白い空間。目の前には教会の祭壇のような物があり、その手前には豪奢な椅子に女が座っていた。黄金に輝く金の髪と瞳、古代ギリシャ人が着ていそうな白い服を纏った姿は神々しいまでに美しい。
後ろに控える二人の女性も方向性は違うが万人が認めるほどに美人だった。というか、三人とも人間とは思えないほどに美しかった。
前の俺なら、見とれていただろう。けれど今の俺は外見的な美しさに興味を引かれない。だからみんなよりも早く正気に戻った。見回すとクラスメイト達はそれぞれ違う反応をしている。呆然としている者、三人の女に見とれているもの、うずくまって動かないもの。
俺はさりげなく、三人の女から離れてクラスメイト達の後ろに隠れた。状況がわからないので、得たいのしれない者から離れたうえで視線を遮ったのだ。
「ようこそおいで下さいました勇者様がた」
椅子に座った女が言う。
「私はあなた方とは異なる世界の神、ルーザと申します」
ざわめきが起こるがルーザとやらは構わずに続けた。
「此度はマニアス聖国が召喚の儀式を行い、皆様が呼ばれたのですが、ここはまだ神界です。まず私からスキルをさずけてからマニアス聖国に送り出させていただきます」
「ちょっと待って下さい、どうなっているんですか」
慌てた調子で久宝が呻いた。それを女は哀れむように見る。
「そうですね、少し説明しましょう」
話しによれば俺たちは教室にいたところをマニアス聖国の勇者召喚に呼ばれて別の世界に飛ばされたらしい。マニアス聖国では近年、魔族との戦いが激化しつつあり、人類共通の敵である魔族に対向するための戦力を求めており、その戦力が俺たちだ。
異界人、特に魔法のない世界の住人は魔法のある世界では強力な力をもつ事が多く、俺たちでも充分戦力になるそうだ。
「少し試して見ましょうか。ステータスと念じて下さい、貴方がたの能力が見えるようになります、これは他人には見えませんので遠慮なくどうぞ。それとこれが一般騎士のステータスになります比べてみて下さい」
女の上に文字が浮かび上がった。
名前 ベルン
職業 騎士
称号 なし
スキル 剣術2 馬術1
他にもHPやMPといった数字がある。
「すごい、桁が違う。それに称号が勇者になってる」
久宝が驚いている。
「おめでとうございます。勇者はとても珍しい称号ですよ」
女が微笑みかけると久宝はにやけた。
ふと視線を感じてみやると女の後ろにいる青い髪の女性と目が合う。すぐに視線をそらされたが何故俺をみたのか。さっさとステータスを確認しろといいたいのだろうか。
ステータスと念じる。
名前 白鷺 鈴
職業 なし
称号 ??? 異世界人 偽悪者
スキル 言語補正
固有スキル 自己犠牲1
HPなどは騎士の半分以下だった。気になるのは偽悪者と自己犠牲。これは一体なんなのだろ。
「言語補正は皆様に渡したスキルです。どんな言語も読み書きできます。固有スキルをもっておられる方も何人かおられるでしょう。固有スキルはたゆまぬ努力によって手にはいるスキルでとても珍しいスキルです。才能も必要で得られるのは一つだけです」
久宝と黒崎が固有スキルがあると騒ぎ出す、他にも三人ほどが嬉しそうに笑っている。
俺は表情が抜け落ちていくのを感じた。俺は自分を犠牲にしてきたのにあのような仕打ちを受けたのか。いや、もうどうでもいい。これからは他者を犠牲にしてでも生きていくのだから。
「では私からスキルを送らせていただきますね。それぞれにあったスキルですから、魔族くらい一捻りですよ」
ルーザが茶目っ気たっぷりにいうとみんなが微かに笑う。違和感を覚えた。何故こいつらは笑っていられるのだ。ルーザは要するに戦争に加担しろと言っているのだ。とても笑っていられる状況じゃない。
いや、そうか。俺はこれを知っている。こいつらはルーザを信用して本当に魔族を一捻りに出来ると信じているのだ。もしくは危なくなったらルーザが助けてくれると期待しているのかもしれない。
ルーザが手をかざした先にいくつも白い球体が発生した。球体は一つずつ皆の身体に入っていく。俺のところにも一つ飛んできて身体に入ろうとした瞬間、球体は弾けて消えた。ガラスが割れるような音が響き、皆の視線が一斉に集まる。
「あら、貴方は協力してくれないのですが」
ルーザは冷たく言う。
「そちらの世界の事情なんて知らない、俺は帰る」
「残念ながら直ぐには帰れません」
皆に動揺が走った。
「あちらの世界に行く道は魔族によって塞がれてしまいました。ですが、魔族を倒せば道は開かれるでしょう」
それは安心材料にはならないだろう。やはりこの女は信用ならない。
「俺は協力しない」
「おい、いい加減にしろよ。力があるんだから助けるのは当たり前だろうが。それともお前は弱いままなのか? 万引き野郎」
半井が嘲笑したが、どうでもいい。
「知ったことか。力があるからなんなんだ。勝手に呼びつけて戦ってくださいだと? ふざけんな」
クラスメイトから次々と罵詈雑言を浴びせられるが無視してルーザを睨む。
「私としてはやる気のない役立たずを送りだす分けにはいきませんし、ここにとどまるのも許可出来ません。そうなると貴方には此処で死んでいただき、輪廻の輪に戻って頂くことになりますが」
少なからず動揺が皆に走る。それはそうだろう、俺のような皆に馬鹿にされていても人間には違いない。その人間をあっさり殺すのなら明日は我が身かもしれない。
「恐れながらルーザ様、冗談が過ぎるのではないでしょうか」
ルーザの後ろにいる女性、赤髪に赤い瞳の方が溜め息混じりに言う。ルーザはきょとんとして赤髪の女を見上げた。はっきり言って冗談を言ったようには見えない。
「勇者様がたが恐がってしまいます。当初の予定通り、協力されない方は同じ世界の大きめの街へ送りましょう。そして魔族が討伐されしだいもとの世界に帰っていただく、それで宜しいでしょう?」
「そうね、少しばかり冗談が過ぎたわ。ごめんなさいね。それじゃあ貴方は先に街に飛ばすわね」
俺の足元がまばゆく輝きだす。状況が好転したようで実はまったく好転していない。俺はあちらの世界の事なんて何も知らないしお金もない、この状態で放り出されれば飢えて死ぬしかないだろう。ルーザは実に嬉しそうににやにや笑っている。青い髪の女が悲しそうな顔をしているが意味がわからない。
視界が白く塗り潰される瞬間、誰かが俺の名前を叫んだ気がした。誰の声かまでは分からなかった。
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