【改稿版】ご利益と炎

ミドリ/緑虫@コミュ障騎士発売中

浄化の炎

 あ、吉川さん! お疲れ様です。吉川さんも今帰りですか?


 ええ、もう夜なのにこの蒸し暑さ、本当に参っちゃいますよね。


 はい、そうなんですよー。まさかの歩きです。ちょっとグズグズしてたら目の前で最終のバスが行っちゃって、半泣きになってたところです。


 そうなんですよ! 手を振って走ってるのに酷いですよね!


 え、駅まで一緒にって、いいんですか? わあ嬉しい、ありがとうございます!


 ですよね!? 本当この辺って、自然が豊かって言えば聞こえはいいですけど、実際は山道に街灯もポツポツとしかないし、暗くて不気味じゃないですか。だから本当は怖いなあなんて思ってたんで、本当に助かります!


 車ですか? 免許は一応あるんですけど、駅前でひとり暮らしの身にはちょっと維持費が高くて。駐車場代とかあるじゃないですか。


 吉川さんも分かります!? 地主さん、あれ絶対ぼったくりだと思いますよ! ただの空き地にひと月数万って絶対おかしいですよね!


 うーん、地主さんに知り合いはいますけど……。この辺って地元の人間しか殆どいないんで、融通効かせようとしたら全員になっちゃいますから難しいかも?


 あ、はい。私は生まれも育ちもずっとこの辺ですよ! 吉川さんは違いますよね! こんなに優しくて格好いい先輩がいたら、絶対噂になってましたもん!


 そうですよー! 都会の香りっていうんですかね? 地元臭がしないっていうか。そういえば聞いてなかったですよね! いつからこっちに来られたんです?


 へえ、アイターン就職。田舎に住みたかったって、確かに田舎ですけどね!


 えへ、いいですよ。実際ど田舎ですもんねえ。


 えー? 物好きって言えば物好きかなあとは思いますけど、ふふ。


 いえ、こちらこそ。ちょっと揶揄っちゃいました。ごめんなさい。


 あ、はい。もう何年もひとり暮らしですよ!


 勿論聞いてもらって平気ですよ!


 吉川さんってば気遣い屋さんですよね。全然詮索なんかじゃないから大丈夫ですよ!


 はい! 実は私、すでに両親が亡くなってるんですよ。それもあって、お金に余裕がなくて。



 ……私のことをもっと深く知りたい? やだ……吉川さんてば。私の人生なんて大したことないですよ?


 え……か、可愛いから気になるって、そんな……。や、やだなあもう吉川さんってば! お世辞なんて言っても、何も出てこないですよ!?


 本当です? ふふ、じゃあ本当だって思っておきますね。


 あ、はい。じゃあお話ししますね。本当に大した話じゃないですからね?


 ええと……私の両親が亡くなったのは私が高校生の時だったんですけど。


 ええまあ、大変は大変でしたけど、気持ちは楽になったっていうか。


 楽しい話じゃないですからね? 私のこと軽蔑しないで下さいよ?


 じゃあ……。うちって元々大して裕福でもなかったし、父親は日雇い労働者だったんですよ。母親がスナックで稼いできたお金で何とか日々暮らしてたって感じでした。


 母親は生活に満足してなかったみたいで。まあ気持ちは分かりますけどね? だから、「こんなろくでもない男は捕まえるな、玉の輿に乗れ」っていつも言われてたんですけど、嫌でしたねえ。


 ね? 吉川さんだってそう思いますよね? 私だって、こんな田舎で玉の輿も何もないのになあなんて思ってたんですよ? でも言い返すと長くなるのが分かってたんで、曖昧に笑って誤魔化してました。


 ありがとうございます。で、私は冗談だと思ってたんですけど、母親が意外と本気だったっていうのが段々と分かってきて。


 これ本当に言われたことなんですけど、高校を卒業したら地主の家にお手伝いさんとして働けとか、そこでお手つきになれるだけの器量があんたにはあるとかですかね。


 ですよね、「うわっ」て言いたくもなりますよね? 私も、これっていつの時代の話? て思いながら聞いてましたもん。


 言われましたよー! どこそこの長男は未婚で彼女もいないから狙い目だとか、あそこの家は一見金持ちだけど中身は火の車だから近づくな、とか。


 まあ確かに田舎だからってこともありますけど、ほら、母親の勤め先がスナックだったじゃないですか。スナックって、色んな情報が入ってくるみたいなんですよ。


 ですです。お酒って人の口を軽くするんだって怖くなって、だから私はお付き合いで飲みに行っても一杯までって決めてるんです。


 ふふ、吉川さん、私に騙されてましたね? 実は私、ザルなんですよ。いくらでも飲めちゃうんです。


 よかったあ。父親も母親も呑兵衛だったから、蛙の子は蛙って言われるのは嫌だなあって努力してたから、そう言って貰えて嬉しいです。


 あ、勿論、一番の理由は酔わない為ですよ? だって酔ったら何を言っちゃうか分からないじゃないですか。実は家では熊のぬいぐるみと会話してるとか。


 あっ! やだ私ったら! 酔ってもないのに言っちゃった。吉川さん、これは二人だけの秘密にして下さいね?


 吉川さんの意地悪!


 ……はい! 秘密です!


 あ、はい、続きですね。ええと。高校一年の時、うちと同じくらい裕福じゃなくて一緒に居酒屋でアルバイトをしていたクラスメイトの友人に、山神様の神社に願掛けに行かないかって誘われたんですよ。


 そう、願掛けです。可愛いですよね。ひょっとしたら本当に願いが叶っちゃうかもって考える辺りが子供なんですけど、でも友人も私も、本当に親に恵まれてなくて。でも未成年だとどうしようもないじゃないですか。だから藁にも縋る思いでの願掛けでした。


 友人の家は父子家庭だったんですけど、暴力が酷かったんですよ。よく顔に痣を付けてきていて、痛々しくて。あれは酷かったです。学校の先生も何度か介入しようとはしたんですけど、全然駄目で。


 うちは暴力はなかったです。うちはどちらかというと、父親よりも母親の方がだいぶアレで。


 父親はパチンコや競馬みたいないわゆるギャンブル狂いで。自分で稼いだお金はみーんなギャンブルに注ぎ込んでましたね。


 あ、でも、たまに勝つとお菓子をもらってきて私にくれたりしましたよ? 負けても暴れることもなかったし、ただ不貞寝してるってくらいで。無害な方だったと思いますね。


 え、だって、友人の家と違って、借金を作ってまではなかったですもん。友人のお父さんは借金まみれだったんで、連日取り立ての人が来てたみたいです。本職の人っていうんです? 沈めてやろうかとか、本当に言うらしいですよ!


 まあ沈められるような湾も湖もないんで、山に埋めるか田んぼに沈めるかになっちゃいますけどね。


 あ、すみません。これ友人が言ってたブラックジョークで。確かに笑えませんよねえ。私は笑っちゃってましたけど。


 吉川さん、さっきから「うわあ」しか言ってませんよね? まあ私だって、ずっとそう思いながら友人の話を聞いてましたけど。ほら、隣の芝生はってよく言うじゃないですか。隣の芝生って茶色くって枯れてるんだなって。


 あ、違います? でも本当に思ったんですよ。思ったところで、慰めの言葉以外どうしてあげることもできなくて……笑い合うしかできなかったって感じです。


 あ、ごめんなさい。暗くなっちゃいましたね。


 はい、願掛けですよね! アルバイトがない日に二人で山神様の神社まで汗だくになりながら登ったんですよ。それでいざ神社に来たら、何を願掛けしたらいいのか分からなくなっちゃって。


 だってほら、お金持ちになりますようにって願掛けしたところで、お金が増えてもあの親ですからね。


 ですよね? だから私たちも、だったら親がいなくなりますようにって願掛けしようっていう話になって。


 あは、「ワオ」いただきました! で、友人が言うことには、大きな声ではっきりと願いを口にしないといけないらしいんですよ。でも、願掛けの内容が内容じゃないですか?


 そうなんですよ。それにちょっと怖いっていうか。でも勇気を出して大声で言ったら、笑っちゃうほどスカッとして。声に出すって、結構大事だよね、なんて話しながら帰ったのがなんかアオハル! て感じで今でもいい思い出です。


 ですよね!? ――そうしたら、本当に奇跡が起きたんです。


 あは、吉川さん前のめりすぎですって! ちゃんと話しますから。ええと、私の母親が働いていたスナックって、場末って言うんです? 昭和のオンボロスナックって感じでした。


 ほら、待って下さいって! 過去形になってる理由もちゃんとお話ししますから!


 引き伸ばしてませんって! ほら、言いますよ? 古臭い建物だったんですけど、周りは物だらけで。火事になったら逃げ遅れるよね、なんて言われてた場所なんですよ。


 ちょっと吉川さん、先走らないで下さいってば! で、その日はすごく風が強かったんです。だから、多分初めは小火ぼや程度だったものが、どんどん燃え広がって。


 吉川さん、顔引き攣ってません? 過ぎた話なんで大丈夫ですよー?


 はい! えーと、出入り口に鉄の棒が倒れて、それが心張り棒みたいになっちゃったらしいんですね。なんでも、店の上にあるあれ、何ていうんでしたっけ。


 そうそう、ひさし! あれが落ちて、芯が丁度すっぽりはまって心張り棒になっちゃったんですって。


 裏口なんですけど、火の手が上がったのがそっちだったみたいで。


 はい。その通りです。中にいた人はみんな、スナックと一緒に焼けちゃいました。私の母親もです。


 吉川さんて本当優しいですよね。あんな母親でしたけど、お悔やみの言葉は嬉しいです。


 それでですね、実はな話がありまして。


 これは私もびっくりだったんですけど、お客さんの中には、友人の父親もたまたまいたんですよ。


 マジです。どうも常連さんだったみたいなんですよね。あとはスナックのオーナーのおばさんと、父親が家にいない時によく家に遊びに来ていた商店街の会長さんも一緒に焼け死んじゃいました。


 吉川さん、名探偵になれますよ! そう、その商店街の会長さんは、母親の、その……セフレっていうんですかね? 今だと。


 ですよねー。正直、その商店街の会長さんって私のことも舐め回すように見ていたんで、不謹慎だとは思いますけどちょっとざまあみろとか思っちゃいました。


 本当そうですよ! お尻とか普通に触ってくるし、本当に嫌でした!


 ありがとうございます、吉川さん。あ、今話したのは本当にここだけの話ですからね? 吉川さんにだから話すんですから。


 あ、まだあるんですよ。……事件を知って、酔って寝ている父は置いて現場に向かうと、友人が後からやってきました。友人は、火事が起こった日の夕方にお父さんから散々殴られたらしくて、包帯が痛々しくて。


 本当です。傷がない日は見たことがないってくらい、いつも怪我だらけでした。でもそんなボロボロだった友人が、「神様って本当に願いを叶えてくれるんだね」って言って笑ったんですよ。


 ね? だから本当は結構ビビってた私も、素直に笑えるようになったんです。本当に凄いよね、ご利益って、て。


 父親から解放された友人は、初めは大喜びしてたんですけど。


 すみません、けど、がついちゃうんですよー。その内借金取りに追いかけられるようになっちゃって。


 勿論、相続放棄はしましたよ! 借金しか相続するものがなかったですからね! だから返済義務なんてないんですよ。でも理屈じゃないみたいで。


 いくらこっちが正しいことを言っても、まだ高校生じゃないですか。怖いですよね。


 ですよね。それでどうしようもなくなった友人は、町の弁護士事務所に駆け込んだんです。警察はアテにならないからって。


 え、だって、駐在所のお巡りさん、その借金取りの人と幼馴染みなんですもん。


 ええ、マジなんですよー。田舎ですしねー。


 田舎は長閑ですけど、人間関係はこゆーいですからね。


 あは、ごめんなさい。怖がらなくても、普通にしてたら問題ないですよ?


 はい、戻します! そうしたら弁護士さんが、見事に借金取りを撃退してくれたんですよ! 話を聞いてるだけで痛快でした。


 吉川さんならそう言ってくれると思いました! やっぱり優しいですね!


 それで、友人は親はあれでしたけど見た目が格好よくて、性格も人懐っこくて。人好きがする見た目っていうんですかね? ハキハキしてて明るい人なんですけど。


 え? あ、はい、男ですよ? 言ってませんでしたっけ。


 あれ、ごめんなさい。可愛い子だと期待させちゃってました?


 また吉川さんってばすぐにお世辞言っちゃって。可愛いなんて言っても貧乏人からは何も出せませんよ―だ。


 はいはい、話を戻しますね! 友人なんですけど、子供のいないその弁護士さんが後見人になるよって言ってくれて。


 凄いですよね!? 友人が環境にめげずに明るかったのがよかったんじゃないかって私は思ってます。シンデレラストーリーみたいで素敵ですよね! 聞いた時は嬉しくて泣いちゃいました。


 私の場合は友達思いっていうより、同志って感じだったので……。えへ。あ、それで! 友人曰く、細いお爺ちゃんなのに、借金取りを撃退する姿が凄く逞しくて格好良く見えたんですって。だから自分もそうなりたいって弁護士を目指すことにしたんです。


 そうなんですよー。もうひたすら勉強勉強で。これまでまともに勉強できる環境になかったせいもあって、かなり大変そうでしたよ。


 えへへ、偉いもらいました! 自慢の友人なので、私も嬉しいです! あ、それで、なんと去年司法試験に合格したんですよ。今年からは修士課程っていうんでしたっけ? それに行っていて、今はこの町にいないんですけど。


 はい、私の友人は努力の人なんです!


 え? あ、そうでした! 私の父親の話がまだですよね。すぐに話が脱線しちゃうんですよ、ごめんなさい!


 え、やだ、そんなところも可愛いだなんて。……もう、吉川さんってば。


 あ、はい! 母親が焼け死んだところまで戻りますね! 実は母親は、安い生命保険を掛けてたんです。入院保険とか通院保険とかが全部入ってる、国民共済ってやつです。


 吉川さんも知ってます? あれ、掛け捨てだけど安いんですよね。病気になったりしたらうちの家計だと一気に赤字転落だったんで、スナックのオーナーの勧めで加入してたんですよ。


 保険金、入りました! 死亡保険が八百万だったかな?


 父親に家計の管理をさせたら駄目だからって、毎月の家計費は私がやりくりしてたんですよね。だからこれでもしかしたら大学に通えるかもなんて思ったりしちゃって。


 いえ……高卒です。


 ……はい。保険金が父にばれちゃって。


 父名義の口座じゃないと振り込んでもらえなかったんですよ。口座のカードと通帳は私が持ってたんですけど、なんせ本人だから、銀行に行ってカードと通帳を紛失したって本人確認してお金を引き出しちゃって。


 はい、吉川さんの想像通りです。全部ギャンブルに消えちゃいました。


 いえ、危ないなと思って少しは引き出してたんで、無一文にはならなかったです。だけど母親の死はギャンブルのお金に変わったと思うと、何ていうか。


 え? いや、悲しくはなかったです。分相応だなって思って、ちょっと可笑しくなっちゃって。


 はい。割れ鍋に綴じ蓋感がすごくあって。実の母親に対して冷たいですかね?


 吉川さん、やっぱり優しい。……うちの母親って、私を家事をして老後の面倒をみる対象としてしか見てなかったんです。


 本当、うわあ、ですよね。金持ちの友達を掴まえろって毎回言われるんで、本当うんざりでした。友情に打算を持ち込もうとするのって何なんですかね?


 それですよ。これが大人になるってことなら、私は一生がきんちょのままでいいやって思いましたもん。だから一番仲のいい友人の存在は絶対バラさないようにしてました。どんな言いがかりをつけて友人との仲を裂かれるか分かったものじゃなかったんで。


 それに友人は見た目がよかったんで。


 そのまさかですよ。母親がそういう目で友人を見るのも分かってたので、断固阻止してました。母親の浮気現場なんて、もうしょっちゅう目撃してましたし。


 はい、ありがとうございます。だから母親が焼け死んだ後は怖いのはなくなったんでホッとしてたんですけど、今度はお金が本当になくなっちゃって。


 だって、父親は日雇いで稼いだお金をギャンブルに注ぎ込んじゃいますからね。だから私、あの願掛けはひとり一回有効なのかなって友人に相談したんですよ。そうしたら、また一緒に願掛けしてくれるって話になって。


 だからまた友人と二人で山神様の神社に行きました。そうしたら、友人が私の父親がいなくなれってお願いするから、私はもっと明るい願掛けをしろって言ってくれて。


 はい。いい友達ですよね! ……で、だからちょっと欲張って、お金に苦労しませんようにってお願いしたんですよ。


 えー、どこがって……お金持ちって言うとちょっと欲張り過ぎじゃないですか。だから困らない程度にかなって。


 謙虚が可愛いって、やだ吉川さんってば。貧乏性なのを可愛いなんて、あは。


 そうですか? ありがとうございます。続き、話しますね。前の時と一緒で、大きな声で願掛けしないといけなかったんですよ。だから大声で願掛けをしたんですけど、自分がとんでもなくがめつい人みたいで、ちょっと笑っちゃいました。


 ね、ですよね!? もう恥ずかしくて、だから笑って誤魔化したったいうか。


 また可愛いって、もう、揶揄わないで下さいってば!


 もー! 話戻しますからね!? それでですね、そうしたら、本当にまた奇跡が起こったんです!


 そうです、そのまさかなんです! 私が学校に行っている間に、住んでいた木造アパートが全焼しちゃったんですよ! もうびっくりでした!


 さすが吉川さん、鋭い指摘ですね! 出火原因なんですけど、よくあるアレで、タバコの火が消えてなくてってやつだったみたいです。オンボロアパートだったんで、出荷元が分からないくらい綺麗に燃えちゃったみたいで。


 私の荷物は大してなかったんですけど、大切にしていた熊のぬいぐるみが焼けちゃったのだけはちょっと悲しかったです。


 あ、焼けちゃったのは初代です! あの後すぐに、友人がUFOキャッチャーで人形を取ってくれたんで。弁護士さんの家に住み込みするようになって、見様見真似でごはんを作ってあげるようになったらしいんですよ。


 涙出ちゃうくらい偉いです? でも分かります。健気っていうか。だって、指にやけどができてたのに頑張って取ってくれたんですよ!? あの時は本当に嬉しかったなあ。


 そう、現在は二代目の熊と毎晩会話を――っていいんですよ、それは!


 はい! 実は父親にも保険がかかってたので、今度はようやく八百万を無事に入手できたんです!


 もうこれで親にもお金にも悩まされることはないって思ったら、身体中の力がどっと抜けちゃって。熱を出したら、友人がご飯を作ってくれて……いい思い出です。


 ただの友達? えーと、私は親友とか戦友とかただの友達は超越してる気持ちですけど、向こうはどうなんでしょう?


 あっ。すぐに脱線しちゃってすみません! その、大金が入った訳じゃないですか。だったら大学にだって行けるかなって思ってあれこれ調べてみたんですけど、生活費も考えると結局は足りないなあって結論に達して。


 そうなんです。高校を卒業して、今は廃業した山の上のホテルに就職したんですよ。


 そう、ゴルフコースから見えるあそこです。


 廃業した理由? あ、そうか、吉川さんってこっちに来たのってまだ最近でしたよね。一時期はすごい話題になってたんですよ。


 厨房から出火して、火事になっちゃったんです。


 そう、火事です。この辺、乾燥してるんですかね? 私はあまり感じないんですけど、火がよく燃え広がる印象なんですよね。


 オーナーのひとり息子がホテルの管理を任されていたんですけど、実は私、その人に凄く言い寄られていて。悪い人じゃないんですけど十歳も年上で、だけど仕事は続けたかったし、で返事を迷ってた時だったんですよね。


 そうなんです、玉の輿なんですけど、やっぱりかなり年上っていうのがネックで。でも付き合ったらお金に困らなくなるのかなあなんて友人に相談してた最中に、火事になっちゃって。


 はい? どうぞ。


 ええと、焼け死んじゃいました。


 絶句しますよね。でも、私も二重の意味で絶句しました。新聞で読んでびっくりしたんですけど、会社のお金を横領してたんですって!


 そう、横領です! スポーツカーとかに乗ってたんでお金持ちだと思ってたら、実際はホテルは何ていうんでしたっけ、抵当権? も付いていて、増築に掛かった借金がなかなか返済できてなかったらしいんですよ。そのスポーツカーも差し押さえられる直前だったみたいで。


 競売? ていうんでしたっけ? それに賭けると安くなるって、友人が教えてくれました。


 あ、実は後から知ったんですけど、友人の後見人の弁護士さんのところにオーナーが来て相談してたんですよ。


 それは友人も知らなかったって言ってましたけど。守秘義務がどうのって言ってたんで。


 はい? どうぞ。


 やけど? その時ですか?


 何でです?


 え? いいって、急にどうしちゃったんですか? やけど……どうだったかなあ。しょっちゅう料理を失敗して水ぶくれを作ってるから、あったかも? 頭いい癖にドジなんですよね。


 でもやっぱり凄くいい友人なんです。私が貧乏になりそうだったのを山神様が止めてくれたんじゃない、ご利益あったんだよなんて慰めてくれて。


 そう、ご利益。でもやっぱりお賽銭もなしにご利益は無理があったのかもしれないです。


 ほら、人が焼け死んだホテルなんて、誰も泊まりたくないじゃないですか。だから結局ホテルはそのまま廃業して、私は無職になっちゃったんですよ。あの時は焦りました。保険金があったんで今のゴルフ場に再就職するまでお金には困りませんでしたけど、それでもお金の不安って常について回るじゃないですか。


 ですよー。病気になったら一発だし、身体が資本って言うじゃないですか。身に沁みますよ。


 あ、ごめんなさい。暗くなっちゃいましたね。吉川さんまで暗くなっちゃって。本当優しいですよね。


 ということで、今ので私の話はおしまいです!


 あ、そうだ! この間、吉川さんにお食事のお誘いをしていただいたじゃないですか。


 そう、あの新しくできたイタリアン! 美味しかったです、先日はご馳走様でした! 会ったら言おうと思ってたのにすみません!


 イタリアンに行った話を友人にしたら、自分もそこに行ってみたいって言い出して。急遽、今日こっちに帰ってくることになったんですよ! 久々に会えるから楽しみなんですけど、それってもしかして、ちょっと嫉妬してくれたのかな……なんて。あっ、勿論友人なんですけどね!? でもその、近くにいなくなって私は意識したっていうか、えへ……。


 え、言っちゃ拙かったです? だって同僚と食事に行くくらいは……吉川さん? どうしたんです?


 え、どうしたんです、本当。じゃあ最後に楽しいかもしれない話をしますから!


 えー。これは聞いて下さいってば。実は、ここだけの話ですよ?


 ちょっと吉川さん、聞きたくないって酷くないです? この後約束している友人が、自分と一緒にいればお金に苦労しないっていう願いを叶えられるよって、電話で言っていて。


 吉川さんもそう思います!? 私もそれってもしかしてそういうことなのかなって思ったら、もうドキドキしちゃって!


 吉川さん、なんか顔引き攣ってません? ちょっと、私なんかがプロポーズされるなんて嘘だろうって思ってます? そりゃあ私だって、あんな格好いい友人が私なんかに興味ないだろうってずっと思ってましたよ!? でもその態度は傷つきますよー!


 ……あれ、吉川さん携帯が鳴ってません?


 え? 大家さん? 出た方がいいですよ。私は気にせず。


 吉川さん? どうしたんです? 手が震えてますよ? あの、大丈夫ですか?


 え? おうちが火事!? え? 大丈夫です!?


 ええ!? お仕事を辞める? 吉川さんのことは忘れてくれって、ちょっと、意味分かんないんですけど。


 ちょっと、吉川さーん!


 ……行っちゃった。


 ……もう。ま、いっか。


 あ、もう着いてる頃かな。電話してみよっと。


 ――あ、もしもし? もう着いた?


 誰かと? 今はひとりだよ。


 あ、うん。この前話した吉川さんて人が途中まで送ってくれてたんだけど、急に自分のことは忘れてくれって走っていっちゃった。ちょっと意味分かんないよね。まあ変わった人かな。


 え? もうイタリアンについちゃったの? 早いよー!


 うーんと、あと十分くらいかな。


 あは、十分も待てない? すぐ行くからわざわざ来なくても大丈夫だよ。


 え、渡したい物? それってもしかして……。


 ……うそ。


 ううん……嬉しい。どうしよ、泣きそう。


 もう、キザなこと言っちゃって。あ、そうだよ! 何で今言っちゃうのよ! 俺の胸で泣いてって言うなら俺が目の前にいないと駄目じゃないの!


 我慢できなくて? 今走って向かってるの?


 全くもう。


 ……うん。私も抱き締めたい。


 ……勿論オッケーだよ。オッケーに決まってるでしょ……!


 うん……末永くよろしくお願いしますね。

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