ご利益と炎

ミドリ

第1話

 お疲れ様です。もう夜なのにこの蒸し暑さ、参っちゃいますよね。


 はい、そうなんです。最終のバスが行っちゃって。


 駅まで一緒に? わあ嬉しい、ありがとうございます。


 この辺り、自然が豊かって言えばいいですけど、実際は山道が暗くて不気味だからちょっと嫌だなあなんて思ってたんです。


 車も、駅前でひとり暮らしの身にはちょっと維持費が高くて。え? 吉川さんもそう? ですよね、地主さん、あれ絶対ぼったくりだと思いますよ。


 吉川さんて、この辺の方じゃないですよね? 私? 私は生まれも育ちもずっとこの辺ですよ。


 へえ、アイターン就職。田舎に住みたかった。ふふ、ごめんなさい。物好きなんて思ってないですよ。


 何でひとり暮らしか、ですか。いや、全然詮索なんかじゃないから大丈夫ですよ。


 夜道の独り歩きが危ないのは分かってるんですけど、実は私、すでに両親が亡くなってしまっていて、お金に余裕がなくて。


 え? いいですよ、大して面白い話ではないと思いますけど。


 ……私のことをもっと知りたい? やだ、吉川さんてば。


 綺麗だなんてお世辞言っても、何も出てこないですよ。ふふ、でもありがとうございます。


 じゃあお話ししますね。


 両親が亡くなったのは、私が高校に通っている時だったんですけど。


 家は元々大して裕福でもなかったし、父親は半分日雇いみたいな感じで、母親がスナックで稼いできたお金で何とか暮らしてたんですよね。


 母親には、「こんなろくでもない男は捕まえるな、玉の輿に乗れ」っていつも言われていて。


 こんな田舎で玉の輿も何もないのになあなんて笑ってたんですけどね。でも、母は結構本気だったみたいです。


 高校を卒業したら地主の家にお手伝いさんとして働けとか、そこでお手つきになれるだけの器量があんたにはあるよとか、いつの時代の話っていう夢物語を散々されました。


 どこそこの長男は未婚で彼女もいないとか、あそこの家は一見金持ちだけど見栄っ張りだから中身は火の車だから近づくな、とか。


 スナックって、色んな情報が入ってくるんですね。お酒って人の口を軽くするんだなあなんて怖くなって、だから私はお付き合いで飲みに行っても一杯までって決めてるんです。


 ふふ、そうです。だって、酔ったら何を言っちゃうか分からないんですよね? え? 私の秘密は可愛いものっぽい? いやだ吉川さんてば。


 はい、続きですね。ええと。


 高校一年の時、同じくらい裕福じゃなくて一緒に居酒屋でアルバイトをしていたクラスメイトと、山神様の神社に願掛けに行こうって誘われて。


 そう、願掛け。可愛いですよね。それでもしかしたら叶うかもって考えちゃう辺りが子供っぽいと思うんですけど、でも友人も私も、本当に親に恵まれなくて。


 でも、未成年だとどうしようもないじゃないですか。友人の家は父子家庭だったんですけど、そりゃもう暴力が酷くて。よく顔に痣を付けてきていて、あれは酷いなあと思ってました。


 うちですか? うちは暴力はなかったですね。父親よりも、どちらかというと母親の方がちょっとあれで。


 父親はパチンコや競馬みたいないわゆるギャンブル狂いで、稼いだお金はみんなそこに注ぎ込んでましたけど。でも、たまに勝つとお菓子をもらってきて私にくれたりしてました。


 借金を作ってまでっていうのがなかったのでまだ救いだったんですけど、友人の方のお父さんは借金まみれで。


 隣の芝生はってよく言うじゃないですか。隣の芝生って茶色くって枯れてるんだなって思いながら、いつも聞いてました。


 だって、それでもどうしてあげることも出来ないですもんね。


 そうそう、願掛けですよね。


 アルバイトがない日に、二人で山神様の神社まで汗だくになって登って、願掛けしに行ったんです。


 お金持ちになりますようにって願掛けすればよかったんでしょうけど、お金が増えたところであの親ですからね。だったら親がいなくなりますようにって願掛けしようっていう話になって。


 友人が聞いてきた通り、大きな声ではっきりと願いを口にするのは、ちょっと怖かったです。でも、言ったら少しすっきりもしました。声に出すって、結構大事だよね、なんて話しながら帰ったんですけど。


 そうしたら、本当に奇跡が起きたんです。


 私の母親が働いていたスナックって、本当場末みたいなスナックで。場末ってよく分かんないですけど、とにかく昭和のオンボロスナックって感じでした。


 何で過去形かって? ちゃんとお話ししますって。ふふ、大丈夫です。


 消防法の規則とか、分かってなかったんじゃないですかね。古臭い建物だったんですけど、周りは物だらけで。


 その日、風が強かったんです。だから、多分初めは小火ぼや程度だったものが、どんどん燃え広がって。


 出入り口に鉄の棒が倒れて、それが心張り棒みたいになっちゃったらしいんですね。なんでも、店の上にあるあれ、何ていうんでしたっけ。そうそう、ひさし。あれが落ちて、芯が丁度すっぽりはまっちゃったみたいです。


 裏口ですか? そっちから火の手が上がったって聞いたので、通れる感じじゃなかったみたいですよ。


 はい。そうです。母は、スナックと一緒に焼けちゃいました。


 お客さんの中には、友人の父親もたまたまいて。後はスナックのオーナーのおばさんと、父が家にいない時によく家に遊びに来ていた商店街の会長さんも一緒に焼け死んじゃったんです。


 正直、その商店街の会長さんって私を舐め回す様に見ていたんで、不謹慎だとは思いますけどちょっとざまあみろとか思っちゃいました。本当にここだけの話ですよ? 吉川さんにだから話すんですから。


 事件を知って、酔って寝ている父は置いて現場に向かうと、友人が後からやってきました。友人は、火事が起こった日の夕方にお父さんから散々殴られたらしくて、包帯が痛々しくて。


 でも、神様って本当に願いを叶えてくれるんだねって友人が笑うから、本当はちょっとびびってた私も素直に笑える様になったんです。本当に凄いですよね、ご利益って。


 それで友人は、父親から解放されて初めは大喜びしてたんですけど、その内借金取りに追いかけられる様になっちゃって。


 そう、相続するものが借金しかなかったから、相続放棄したんですよ。だから返済義務なんてないんですよね。だけど、ああいう人たちにはそういう理屈は通じなかったみたいで。


 いくらこっちが正しいことを言っても、まだ高校生じゃないですか。怖いですよね。


 で、どうしようもなくなって、町の弁護士事務所に駆け込んだんです。警察はアテにならないからって。


 何でって? だって、駐在所のお巡りさん、その借金取りの人と幼馴染みなんですもん。田舎なんてそんなもんですよ。


 それで。


 そうしたら、その弁護士さん、見事に借金取りを撃退してくれたんです。話を聞いてるだけで痛快でしたよ。


 友人は、親はあれでしたけど結構見た目は格好よくて、性格も人懐っこくて。


 え? はい、男の人です。言ってませんでしたっけ。ふふ。


 住むところもなくなりそうになってたら、子供のいないその弁護士さんが後見人になったんです。夢みたいですよね?


 友人曰く、細いお爺ちゃんなのに、借金取りを撃退する姿が凄く逞しくて格好良く見えたんですって。それで、自分もそうなりたいって弁護士を目指すことにして。


 それで、なんと去年司法試験に合格したんです。今年からは修士課程っていうんでしたっけ? それに行ってて、今はこの町にいないんですけど。


 え? あ、そうですね、私の父の話がまだでしたよね。すぐに話が脱線しちゃうんです、私。


 そんなところも可愛いって? やだなあもう、吉川さんってば。


 ええと、母が焼け死んだところまで戻りますね。


 実は母親は、安い生命保険を掛けてたんです。入院保険とか通院保険とかが全部入ってる、国民共済ってやつです。そうそう、あれ掛け捨てだけど安いんですよ。


 病気になったりしたら、あの家計だと一気に赤字転落だったんで、スナックのオーナーの勧めで加入してたんですって。


 死亡保険が、八百万だったかな? 入って。父親に家計の管理をさせたら駄目だからって、毎月の家計費は私がやりくりしてたんですよね。これでもしかしたら大学に通えるかもなんて思ったりしちゃって。


 なんですけど、それが父にばれちゃって。


 父名義の口座じゃないと振り込んでもらえなくて、その口座のカードと通帳は私が持ってたんですけど。


 なんせ本人だから、銀行に行ってカードと通帳を紛失したっていって本人確認してお金を引き落としちゃって。


 そう、吉川さんの想像通りです。全部ギャンブルに消えちゃいました。


 危ないなと思って少しは引き出してたんで無一文にはならなかったんですけど、母の死はギャンブルのお金に変わったのかあと思うと、何ていうか。


 え、いや、悲しくはなかったです。分相応だなって思って、ちょっと可笑しくなっちゃって。冷たいですかね? 私。


 でも、うちの母親って私を家事をする老後の面倒をみる対象としてしか見てなかったから。


 金持ちの友達を掴まえろって毎回言われるんで、一番仲のいい友人の存在は絶対バラさない様にしてました。友人との仲を裂きかねなかったから。


 それに友人は、見た目がいいから。その、母がそういう目で見るっていうのも分かってたので。ふふ、浮気現場なんてもうしょっちゅう目撃してましたから。


 だから私、あの願掛けはひとり一回有効なのかなって友人に相談したんですよ。そうしたら、また一緒に願掛けしてくれるって話になって。


 また、山神様の神社に行きました。そうしたら、友人が私の父親がいなくなれってお願いするから、私はもっと明るい願掛けをしろって言ってくれて。


 だからちょっと欲張って、お金に苦労しませんようにってお願いしたんです。お金持ちって言うとちょっと欲張り過ぎかなって思って。謙虚? ありがとうございます。


 でも前の時と一緒で、大きな声で願掛けしないといけなかったから、自分が凄いがめつい人みたいでちょっと笑っちゃいました。ね、ですよね、吉川さんもこの気持ち分かってくれます?


 でもそうしたら、本当にまた奇跡が起こったんですよ。


 そうです。私が学校に行っている間に、住んでいた木造アパートが全焼しちゃったんですよ。もう、びっくりです。


 出火原因ですか? なんでも、ガス漏れしていたところにライターの火を点けちゃったらしいですよ。ライターの燃えカスが見つかったからそう推測されたとかなんとか。


 私の荷物は大してなかったけど、大切にしていた熊のぬいぐるみが焼けちゃったのだけちょっと悲しかったかな。


 でも、すぐに友人がUFOキャッチャーで人形を取ってくれたんで。ふふ、優しいですよね?


 弁護士さんの家に住み込みする様になって、見様見真似でごはんを作ってあげる様になったらしくて、指にやけどが出来てたのに頑張って取ってくれて。あの時は嬉しかったなあ。


 そうそう、父にも保険金がかかってたので、今度はようやく八百万無事に入手出来ました。


 大学に行けるかなって思ってあれこれ調べてみたんですけど、生活費も考えると足りないなあって考えて。まあそれ以前に、行ける頭があったかも微妙だし受験シーズンが迫ってたんで、どっちにしろなんですけどね。


 だから、高校を卒業して、今は廃業した山の上のホテルに就職したんですけど。


 そう、そうです。ゴルフコースから見えるあそこです。


 廃業した理由? それが、厨房から出火したらしくて。


 オーナーのひとり息子がホテルの管理を任されていたんですけど、実は私、その人に凄く言い寄られていて。悪い人じゃないんですけど十歳も年上で、迷ってた時だったんです。


 お金に困らなくなるのかなあなんて友人に相談したりしてたんですけど、そんな時に火事になっちゃって、その人は焼け死んじゃって。


 後になって新聞で読んでびっくりしたんですけど、会社のお金を横領してたんですって。


 スポーツカーとかに乗ってたんでお金持ちだと思ってたら、実際はホテルは何ていうんでしたっけ、抵当権? も付いていて、増築に掛かった借金がなかなか返済出来てなかったらしくて。


 友人の後見人の弁護士さんのところにオーナーが来て相談してたのも、後になって知りました。え? ああ、それは友人も知らなかったらしいですよ。


 やけど? その時ですか? 何でです? え? いいって? ふふ、どうしたんですか吉川さんってば。


 でもやっぱり凄くいい友人なんです。私が貧乏になりそうだったのを山神様が止めてくれたんじゃない、なんて慰めてくれて。


 そう、人が焼け死んだホテルなんて、誰も泊まりたくないですよね。結局ホテルはそのまま廃業して、私は無職になっちゃいました。


 幸い、今のゴルフ場で働き口が見つかったんでよかったんですけど、お金の不安は常について回りますよね。


 病気になったら一発だし、身体が資本って言うじゃないですか。身に沁みますよ。


 あ、ごめんなさい。暗くなっちゃいましたね。ふふ、吉川さんて優しいんですね。


 ほら、この間、吉川さんにお食事のお誘いをしていただいたじゃないですか。そう、あれです。先日はご馳走様でした。


 その話を友人にしたら、急に今日こっちに帰ってくるって言われて。久々に会えるから楽しみなんですけど、それってちょっと嫉妬してくれたのかな、なんて。


 吉川さん? どうしたんです? ここまで言っちゃったんで、もう最後まで聞いて下さいよ。


 実は、ここだけの話ですよ?


 友人が、自分と一緒にいればお金に苦労しないっていう願いを叶えられるよって、電話で言っていて。


 それって、やっぱりそういうことですよね?


 私なんかに興味ないかなってずっと思ってたんですけど、これってそういうことですよね? プロポーズなのかなって、うふ。


 あれ、吉川さん携帯が鳴ってません? え? 大家さん? 出た方がいいですよ。私は気にせず。


 ……どうしました? 手が震えてますよ? 大丈夫ですか?


 え? おうちが火事で焼けちゃったんですか? え? 大丈夫です?


 ええ? お仕事辞める? 吉川さんのことは忘れてくれって、ちょっと意味分かんないんですけど。


 ちょっと、吉川さーん。


 行っちゃった。


 ……もう。ま、いっか。


 あ、もう着いてる頃かな。電話してみよっと。


 ――あ、もしもし? もう着いた? 誰かと? あ、うん。この前話した吉川さんて人が途中まで送ってくれてたんだけど、急に自分のことは忘れてくれって。ちょっと意味分かんないよね。


 え? そんな高そうなところ予約したの? 渡したい物? それってもしかして……うそ、嬉しい。


 ふふ、何で今言っちゃうのよ。我慢出来なくて? 全くもう。


 返事? ……えへ、末永くよろしくお願いしますね。

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