原子の魔法少女
第1話 リトルガール
鉄骨と鉄骨が複雑に絡み合った巨大生物の骨格のような工業地帯。ここはかつて兵器工場であったが戦争が終結した今では歴史の残骸と化している。
その巨影の傍ら、
ガラの悪い青年たちが制服姿の少女を囲っている。
通行人たちは彼等の視界に捉われぬようスタスタと通り過ぎていき、警察に通報するような素振りもない。それもそのはず、警察はロクに機能していないし、頼るとすれば民間警備会社になるが金を払ってまで他人を助けようとする者はいない。
次第に路地には誰もいなくなった。
不良達に包囲されているのは制服を着た少女。ハーフと思わしき顔立ちに赤髪のショートカットと赤い目。その目の先には不良たちのリーダー格であるオールバックの男。
一見、一方的な攻勢にも思えるが赤髪の少女は涼しそうな顔をして対峙していた。
「おい女。もう一回聞くぞ。
オールバックの男の問いかけに赤髪の少女は鼻を鳴らして嘲笑で返した。その態度にオールバックの男——架倫の彼氏である
「てめぇ……何が目的だ。身代金か? あいつが無事じゃなかったらどうなるか分かってるよな」
鍛え上げられた腕の先が拳に変わる。
激昂しているのは稲垣だけではない。少年たちの一人、佐倉もまたはち切れそうだ。
ポケットの中、強く握りしめているのは刃渡り6cmのナイフ。
——いや、もう我慢の限界だった。
「お前オレの姉貴をぉぉ!」
ポケットという名の鞘からナイフを抜いて構えるが、
「それはまずい佐倉!」
背後から仲間に抱き抱えられて静止。一歩も踏み出すことが出来ずその場で止まる。
赤髪の少女は動じない。
それでもって佐倉のナイフを笑う。
「そんなおもちゃでどうするつもり? ちなみに必死こいて探してる架倫ってやつだけど、無事で済んでると思ってるん? ダサい服の皆さん」
そう言って赤髪の少女はスカートのポケットから小粒の物体を放り投げた。
皆、身に覚えがあるもの。
稲垣の右手の薬指に付いている指輪と同じ、架倫とのペアルックの指輪だ。赤髪の少女が投げた方は赤く染まっていた。それが血だと分かった瞬間、
張りつめていた殺気が一気に放出。
ダービーのスタートみたく一斉に暴力の気配が押し寄せ、稲垣の拳が赤髪の少女の顔面へと到達する寸前——
赤髪の少女は首から下げていた
それが、変身のスイッチだとは彼等は知らない。
赤髪の少女を中心に眩い粒子が集束していく。やがて太陽みたく一つの球体となり、佐倉たちは目を焼かれる前に手で顔を覆った。
熱いオレンジの世界。その光源から感じる膨大なエネルギーと力。
そして光球がシャボン玉のように弾けた。
光の中から現れたのは紅く爛々とした姫君。
赤いリボンが特徴的な黒基調のドレス。それに薔薇のいい香りが漂っていたが彼女の放つ気配は
顔に咲いた二つの薔薇、それは美しい紅色の眼。眼に映る八人の青年たちは間抜けな顔をしていて、その中からまず標的に選ばれたのはリーダーである稲垣だ。
「enfles'tx」
コマ送りのように空間から突如現れたのはさすまたようなもの。それは赤髪の少女の呼び声によって具現した、レモン色の三日月が先端に付いたステッキ。とてもじゃないが武器のような仰々しさはなく、ファンタジーの小道具みたいに可愛らしい。
それを赤髪の少女は片手で振るい、稲垣の頭部と身体を最も簡単に分断した。
ポンとポップな音ともに垂直に飛んでいく稲垣の頭部。
行き場を失った血液が断面から噴き出していく。
「「「「!」」」」
「わ、シャンパンみたいね。私、おかわりいいですか? そーれ」
流動的で華麗で切れ味抜群で残忍で天衣無縫に繰り出される三日月の斬撃。マジカルな音を奏でながら切り刻む。少年達は支える四肢を失って糸の切れた傀儡のようにバタバタと倒れていった。
死にゆく彼等は痛みを感じなかった。三日月のステッキはこの世の全ての刃物よりもよく切れて、よく切れすぎるものだから神経を刺激しない。故に何が起きたかもわからぬ、出血多量で息絶える。
最後のひとりとなったのは佐倉。無様にも地面と尻がくっついて体の震えをどうすることも出来ない。
血の雨が降る中、見下ろす者と屈した者が向かい合う。歴然とした力の差。圧倒的捕食者と家畜といった構図。
赤髪の少女は軽快に三日月ステッキをぶんぶん回して、血を払った。
「あんた架倫の弟でしょ」
「……」
「あいつの弟なら分かるでしょ、私がここに来た理由。——私はね、ここを吹っ飛ばしにきた。まっさらさらの綺麗にするん」
「……何意味わかんねぇこと言ってんだお前」
風の音にかき消されてしまうくらい細くて弱々しい佐倉の声。
「ん、なんて? この
「……ここを吹っ飛ばすってどういうことだ」
「あーね、私、めっちゃ昔に日本の街を核で吹っ飛ばした実績があんのよ。それをここでもやる」
「……核だと? 何のことを言ってる?」
「え、あんた日本に居たのに知らないの? ほら100年くらい前の——
「おーいサラちょっと待てぇぇい!」
何処からか聞こえる男の声。二人の時が止まる。
見渡す限り誰もいない。赤髪の少女はその声に心当たりがあるのか何かを察したように「はぁ……」とため息。目を瞑って「ミーコいたの」と落胆した。
路地の隅からひょいと飛び跳ねた黒い小さな影。ぴたっと可愛らしい音を立てて着地したのは黒い猫のような、それかハムスターにもとれる佐倉の脳内図鑑では該当しない新種の生物。
しかもコンニャクみたいにプルプルしてて少し水気がある。
「ケケ、生理かなんだか知らねぇけどよぉさすがに情緒不安定だねぇ」
それでもって人語を話す。粘り気のある憎たらしい声で。
「まーた人をこっそり見てたのミーコ。今日の私はちょっと怖いよ。さっさと逃げな」
「ケケケ、オメー何万人という人が死ぬんだぞぉ〜」
どうやら二人は知り合いのよう。佐倉はこの赤髪の少女がこれから何をしでかそうとしてるか分からず只々戦慄する。
「ミーコなら分かるでしょ? 私の使命を。今日で本当に終わらせる。ただそれだけだよ」
全身から青白くて淡い光を発する 赤髪の少女。切れかけの電球みたいに点滅を始めて『ゴォォォォォン』という重低音が鼓膜と心臓を震わす。
「こいつ、おでごとやる気か!」
慌てた様子のコンニャク猫はカエルみたいに口から粘膜の帯を吐き出して赤髪の少女を巻き上げた。
しかし赤髪の少女は顔色を一切変えずへらへらと笑みを浮かべて、
「ハハハハ、もう遅いよ。ねぇ見てて弟くん! これが私の想いだ!」
何か只ならぬ事が起きる。
コンニャク猫は縛り上げることを止めて、あろうことか佐倉に向けて粘膜の帯を発射。
粘液に塗れた赤髪少女を最後に視界が
ネバネバして厚い感触に包まれながら、ジェットコースターに乗っている時のような浮遊感がする。自分が超高速で運搬されている。そんな気がした。
それから数秒後、視界は閉ざされたはずなのに白くて熱い光が視えた。
——そして黒く巨大な蕾が街に咲く。
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