08話.[気持ちが悪いわ]
「やっとふたりきりであなたとお出かけができるわ」
「確かに二人きりでというのは中々ないよな」
ちなみに今日もミキは行く気満々だった、が、彼女が頭を下げて頼み込んだ結果がこれだった。
分かりやすく不満がありますといった顔だったものの、不思議君もいるということで頷いてくれたのだ。
「また今日も甘い物を食べに行くんだろ、小遣いも手に入れたしある程度なら付き合えるから行きたいところに行ってくれ」
「いえ、今日は映画を観たりしたいわね」
「寧がそうしたいなら観に行こう」
したいこととかは特にないからこちらはとにかく合わせていくだけだった。
家からはそこそこ離れているのもあって早速移動を開始すると、少ししたところで手を掴んできたがスルーする。
こういうことでいちいち狼狽える人間ではない。
「映画はよく分からないがなにを観るんだ?」
「恋愛映画ね、私が泣いてしまったらなにも言わずにハンカチを貸してちょうだい」
「残念ながらハンカチなんか持ってきていないぞ、だからもし泣いたら自分の服で拭けばいい」
まあ、どんなにいい映画だろうと彼女が泣くことはないだろう。
そういうのもあって慣れない映画館でも落ち着けていた、そこまで混んでいるわけではないのもよかった。
ただ流石に近いな、寧とはこれでいいが他の人とも近いというのが気になる。
「ね、ここでも手を繋ぎながら観ましょう」
「おま、耳元で囁くなよ」
全くよくなかった、いつもとは全く違った距離感だから気になる。
ミキとだってここまで顔を近づけたりしないぞ、そもそも普段は小声で話す必要がないから当たり前かもしれないが。
「仕方がないでしょう? いつもと同じように話したら迷惑じゃない」
「わ、分かったから終わってから喋りかけてこい」
「ふふ、可愛いわね」
なーにが可愛いじゃ、人で遊んでいないで目の前の画面に集中しろという話だ。
幸いすぐに始まってくれたから目の前に集中しているだけで時間が経過するのはありがたい。
ちかちかして少し目が痛かったり、音が大きすぎて耳にダメージを残してくれたものの、まあそんなに悪い時間とはならなかった。
というかシーンによっては彼女がこちらの手を強く握ってきたり、終わり間際には泣いたりしていたからそちらにばかり意識を向けていた形になる。
「おい、俺で拭くなよ」
「……これは罰よ、だって途中からあなたはこっちを見てばかりだったじゃない」
「あら、気づいたの? やっぱり女子は視線に敏感なのね」
「……気持ちが悪いわ」
俺としてももうここにいる意味はないから外に出ることにした、すぐに明るくなって胸のところを見てみると彼女のせいで濡れていて少し恥ずかしい。
「ふぅ、けれど観られてよかったわ」
「そうか」
「お腹が空いたからご飯を食べましょう」
選ばれたのはファミレスだった、理由は甘い物も食べられるかららしい。
彼女はこうして休みになる度になにかを食べに行っているわけだが、金の方はどうやって獲得しているのだろうか。
ずっと一緒にいるから怪しいことをしているわけではないだろうし、単純にいつも家にいない両親が頑張った結果というやつなのか。
一人にしてしまっているからということでどうしても甘くなり一ヶ月に一回○万円とかになっていそうだった。
「美味しいわ」
「普段無表情の人間すら変えてしまう料理や甘い物ってのはすごいな」
ミキにはできるが俺にはできないことだった、そう考えるといま一緒にいてくれていることは奇跡なのかもしれない。
ならちゃんと毎回感謝しないとな、そこを忘れたらもう来ることはないだろう。
「あら、あなただってそうよ?」
「俺は表情豊かだろ」
「ははは、あなたは冗談も言うのね」
いいいい、彼女が笑ってくれているのであれば例えこちらが馬鹿にされているだけだとしても問題ない。
嫌いとかいたくないとか考えている相手といるときにここまで気持ちのいい笑みは浮かべないだろうから。
笑ったり泣いたりしているところを見られるのだって当たり前というわけではないからこれにも感謝だ。
「な、なに?」
「ごちそうさま」
「……じっと見るのはやめなさい」
「は、え? いや、それは流石に自意識過剰だろ」
視線に敏感なのは別にいいが見てもいない相手にそういう対応をしてしまうのは不味い、自意識過剰と言われてしまうレベルだ。
「ここを出たらどうする?」
「あなたには私の家に来てもらうわ」
「珍しいな、ミキはいいのか?」
「駄目よ、ミキちゃんがいるとあなたはデレデレし始めるもの」
デレデレではなくちゃんと相手をしているだけだが。
家族が相手なのに冷たくするわけがない、どうしても話しかけてきた方の相手をすることになる。
「ごちそうさまでした、お会計を済ませて帰りましょうか」
「俺がまとめて払うから先に出ていてくれ」
「別行動をする必要はないわよ」
どっちでもいいからささっと会計を済ませて外へ、今日はいい天気だからゆっくり帰ることができるからいい。
「お邪魔します」
「誰もいないから緊張しなくていいでしょう?」
別に家族がいようと部屋とかで過ごしているのであれば気にならなかった、これからも関わり続けるのであれば顔を見せておくぐらいがいいと思う。
だが、こうして何回か家に行ってみても彼女の両親とは会えないままなのだ、俺の両親かな? などと言いたくなる。
「私は歯を磨いてくるから待っていてちょうだい」
「おう」
部屋には初めて入ったが、別になんてことはない普通の部屋だ。
女子って感じの部屋でもなく派手というわけでもない、勉強と寝るためだけの部屋に見える。
「ただいま」
「おかえり……って、なんで鍵を閉めたんだ?」
自分の部屋には鍵がないからレアだな、ではない、鍵を閉める必要なんてないのだから開けていてほしいものだ。
いつものように話して終わりなのだからいいだろう、見せられないようなことをするわけではないから俺の家でも問題ないくらいだ。
「誰にも邪魔をさせないためによ」
「いや、誰もいないから無理だろ」
「そう、まあ私としては歯も磨いてきたわけだから問題ないわ」
俺の両肩の上に両手を置いてあくまで無表情の寧、目を逸らしたら負ける気がしてずっと見ていたら勝手に諦めてくれた。
本当に勇気がないのは彼女の方だ、じっと見られた程度で目を逸らすのも彼女の方だから俺には勝てない。
「はぁ、あなたに私はいつも傷つけられてばかりね」
「いや、勝手にやめたのは寧だろ?」
ベッドにやる気なく寝転んで被害者面全開だった、仮に俺があそこで止めてやっていたとしたら終わっていたというのに自由なやつだ。
俺には勝てないが俺もここぞというところで彼女には勝てないようになっている。
「それなら受け入れてくれたの?」
「寧が俺のことを好きでいるならな、そうでもないのに冗談でもしようとするなら流石に怒るが」
「適当にしているわけではないわ」
「まあでも、キスとかは付き合ってからにしないとな」
俺としてはここですぐにどうこうしたいというわけではないから彼女のどう選択するのかを見守るだけだ、ここは経験者っぽい肉食系女子さんに任せるしかない。
「あなたが好きなのよ」
「レアだな」
たださあ、寝転びながら言われてもあまり好きだという気持ちが伝わってこないよなあ。
これでいいと本当に思っているのだろうか、おかしいとかそういう風に感じることは一ミリもないのか寧よ。
「あと、こうして私がいることでそれがお礼になると思うの」
「レアで自信満々だ」
「ふふ、私は超ポジティブタイプだから」
まあ、求めているのにそこを否定しても仕方がないからそこで終わらせた。
彼女も少し考え直したらしく、すぐにキスどうこうとなることもなくて精神的に疲れることもなかった。
なんなら食後に寝転んでいるということでこのまま寝てしまいそうだったので、こちらは静かにしておくことに専念したのだった。
「あ、起きた」
「ミキ? あー、そういうことか」
こっちの方が寝てしまったということをすぐに理解した。
体を起こすと電気を点けてくれたが、部屋主がここにいないことにも気づく。
「いや、ミキが運んでくれたんだな」
「うん、寧さんが独占しすぎだから連れ帰ってきた」
「ありがとな、いまから飯でも作るよ」
って、別に腹が減っているわけではないから彼女の飯だけ用意すればいいのか。
起きたばかりというのもあってやる気が出なかったから一階に移動してもそれだけしかしなかった。
「あ、起きたんですね」
「おう、ミキを見ていてくれてありがとな」
「いえ、少し大変でしたけど大人しくしていてくれたので大丈夫でしたよ」
足元にいた彼女を抱き上げて今日あったことを説明しておいた。
わざわざ変身してから「お家に行ったから分かってる」と言ってくれたから再度礼を言っておいた。
「寧さんは付いていくって言っていたけど今度は我慢をしてもらった」
「はは、嘘だろそれは、流石に寧でもずっと一緒にいたのに夜まで一緒にいようとするわけがない」
寧ろ寝たこっちに告白をしたことを後悔している可能性すらあった。
まあ、寧ならいくらでもいい男なんて見つけられるわけだからな、冷静になればなにをしていたのかとなる可能性はゼロではない。
だからいまどうなっているのかは本人にしか分からないことだった。
「嘘をついても仕方がない、あと、関係が変わったなら一緒にいたいと思う」
「そうやって分かっているのに止めたのか? ミキは意地悪だな」
「ち、違う、和平を独占してほしくなかっただけ……」
ソファに下ろして横に座る。
なんかすっかりこの姿にも慣れた、最初は少しだけ直視のしづらさや触れにくさがあったがいまなら気にせずにできてしまう。
となると、寧に対してだって同じようにできるようになってしまうということなのだろうか? そんなチャラ男みたいな人間になったら俺は……。
「寧さんが来る」
「そうか、なら優しく迎えてやってくれ」
「うん、そうする」
俺はその間に不思議君と一緒に結局飯を作ることにした。
彼は色々と知っているから助かる、簡単なやり方を教えてもらえたからこちらもやる気が出るというものだ。
本当のところはちくりと言葉で刺されないためにしているわけだが、まあ、細かいことは気にしないようにしているわけだからな。
「手伝ってくれてありがとな」
「いいですよ、なにかをしておかないと暇ですからね」
彼は紅茶が好きだから注いで渡しておいた。
俺もついでに飲んでいるときに寧がリビングに入ってきて「久しぶりね」なんてとぼけてくれた。
「あと忘れ物をしたの、和平君という男の子をね」
「でけえ忘れ物だ」
例え付き合っているのだとしても俺が同じことを口にしたら気持ち悪がられて終わるだけだというのが怖いところだった。
対等のようで対等ではない、結局こうなっても気をつけなければならないことには変わらない。
「あら、いい匂いね、この匂いを嗅いでいたらお腹が空いてきたわ」
「ミキに感謝してくれ」
「食べさせてもらえるのね、ありがたいわ」
普段の白米味噌汁ご飯から少し進化しただけだから食べ終えるのはすぐだった。
それでも俺的には栄養よりも腹が満たされればいいわけだから満足できる、対面で静かに食べている彼女にとってどうかは分からないが。
「美味しいけれどずっとこれが続くと思うと頭が痛くなるわ、もう夏休みになっているわけだから終わりまで泊まろうかしら」
「好きにしてくれ、なんて言うと思ったか?」
最初からそこらへんのことがおかしかったから驚きはない。
やはり経験というやつが豊富なのだろう、これまでそうやって過ごし続けてきたから緩くなってしまうのだ。
なんとか付き合えている内に通常レベルまで戻せないだろうか、延々に一緒にいられるというわけではないから少なくともなにかがあった後に彼女が困らないように変えていきたい。
「ここで集まればミキちゃん不安な気持ちにさせることもなくなるもの、あとは私もあなたといられて嬉しいからいいでしょう?」
「両親にはどう説明するんだ……」
「大丈夫よ」
なにを根拠に言っているのか、はぁ、こうなったら両親に話をしてくるしかない。
で、十九時には帰ってくるということで彼女の家に移動して待っていたのだが、
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
特にこちらがなにかを言う前に終わってしまった形になる。
ちなみに自己紹介とか好きだとかそういう話はできたし、表面上だけでも気さくに相手をしてもらえたからその点ではよかったな、と。
「で、その中身は?」
「着替えとかぬいぐるみとかね」
「可愛いなって言ってほしいのか?」
「いいから帰りましょう」
冷たいな、先程までにこにこしていたのに、冬でもないのにこちらが凍ってしまいそうなぐらいの顔だった。
「待て」
「きゃっ」
「家事は俺がやるから帰りたくなったら遠慮しないで帰れよ?」
俺がチャラ男になることはないと分かった、こんなこと何度もできるわけがない。
あと腕を引っ張って勢いで抱きしめるというのは彼女にダメージを与えていることになるわけだからなるべく避けるためにもそうなる。
「……初めてなんだからもう少し優しくしてもらいたかったけれど」
「こうでもしないと俺ができるわけがないだろ」
さっさと帰ろう、二人が待ってくれているから外でだらだらしているのはもったいない。
「ただいま」
「寧さんのご両親とはどうだった?」
「表面上だけは問題なく終わったぞ」
向こうがどうこうとか関係なく定期的に会って話をしておく必要がある、あとついでに両親にも協力してもらって彼女のやばいところを変えるのだ。
ただまあ、簡単なことではないということはこの時点で分かるがな、そもそもそういう人間性だったからこそ付き合えているわけだから俺にとってはこのままの彼女の方がいいわけだし……。
だが、自分が気持ち良く過ごすためにやばいところを見てみぬふりをすることはやはりできなかった。
「それならよかった、……まあ仮に上手くいっていなくても和平がいてくれれば私はいいんだけど……」
「ミキちゃん、残念ながら全部聞こえているわよ……」
「聞こえるように言った、付き合っているとはいってもちゃんと考えて行動しなければ駄目だから」
ミキの言う通りだから悲しそうな顔でこちらを見てきても味方をすることはしなかったのだった。
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