習作
津多 時ロウ
習作
「先生! 今回の小説も素晴らしいですね!」
「うむ。ありがとう」
「先生! わたし、感動しました! 特にラストのあの展開は素晴らしいものがありました!」
「ありがとう。あなたのようなファンがいてくれて私も幸せだ」
「先生! 最高でした!」
「先生! 良かったです!」
「先生!」
「先生!」
「先生!」
大型書店で開催されたサイン会は今回も大好評だった。
しかし、この男、小さな賞を受賞後、期待に胸を膨らませてプロの作家としてデビューはしたものの、数年は鳴かず飛ばずで貯金も無い生活が続いていた。
そこで男は立ち止まり、思考を巡らせた。結果、自分の作品には何か足りていないのではないかとの結論に至り、そして売れ行きが特に多い本を徹底的に研究したのだ。
研究した上でこう思った。
研究したものを活かしたとして、それは果たして自分の作品と言えるのだろうか、と。
金縁眼鏡をかけた髭の男が耳元で囁く。
「やっちゃえよ。儲かるかも知れないだろ?」
銀縁眼鏡をかけた若い男が耳元で囁く。
「それはやはり自分の作品とは言えないのではないでしょうか?」
セルフレームの眼鏡をかけた中年の男が耳元で囁く。
「評判の良い作品から
何度も何度も巡るように囁かれ、苦悩した。
決断することをためらった。
「よし、やれるだけやってみよう。どうせ明日をも知れぬ身なのだから」
書き始めてもなお、男の心は是非の
それからというもの、男は書いて書いて、寝る間も惜しんで書きまくった。大ヒット作の研究も並行して欠かさず。
その甲斐あってか、大きなヒット作品に恵まれてはいないものの、安定した売り上げを記録するようになっていき、生活にも徐々に余裕が出てきた。それと比例するかのように、男の葛藤は
小ヒット作家として少しずつ地位を固めていたそんな或る日、最新刊の出版記念サイン会でファンの一人がこう言った。
「先生。最近の作品も面白いんですけど、何か物足りないんですよね。デビューの頃の作品の方が、良い意味で尖ってて好きでした」
男はまた前に進み始める。
しかし、男はもう迷わない。
男には大ヒット作を研究して身に着けた技術と、あの頃の、何かを成し遂げてやろうとしていた鋭利な
やってやろうじゃあないか。
習作 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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