第596話 気づいたか! 私の気配に!

「……来たわ」

「どうしたの? ヒカリ」


 給仕室にて、お湯を再セットしたヒカリは母が放つ気配をニュータ○プの様に察知していた。


「ママが来たわ。後これは……ママを越える存在感? 一体何者……? 階段を上がった……」

「エイさん来たんだ。て言うか、なんでわかるの?」

「ママって超音波出すでしょ? 私、聞き慣れてるから、その僅かな周波数みたいなのが特徴的で聞こえるのよ。その逆も可。ちなみにパパにはわからないって」

「誰でもわかったらとんでもない事だよ」


 常識外れな谷高家の事情にリンカは呆れを通り越して驚く。


「ちょっと迎えに行って来て良い?」

「良いけど、あたしは宣伝に出ちゃうから他の人にも声をかけといて」

「別に良いけど。リン、ホントに宣伝に行く気?」


 リンカは本日の最初に看板を持って文化祭で『猫耳メイド喫茶』の宣伝に回る予定だった。


「ケン兄そろそろ来るんでしょ?」

「……皆、ちゃんと役目をこなしてるんだから、あたしだけズルは出来ないって」


 リンカはそう言うが、実際には代わって貰うことは可能である。しかし、今は彼と会う前に考える時間がもう少しだけ欲しいと思っていた。


「今日一日中、ケン兄とすれ違っても知らないよ?」

「大丈夫だって。イザとなったらLINEするし。それじゃ、宣伝に行ってくるよ」


 と、リンカは『猫耳メイド喫茶! 新鋭稼働中にゃ~ん!(ФωФ)』と言う看板を持ってクラスを出て行った。


「まったく……ホントに何があったのよ」


 今までに無いリンカの様子に困惑しながらもヒカリはクラスの面々に一声かけて母を迎えに行った。






「流石だ、娘よ! 気づいたか! 私の気配に!」


 ヒカリちゃん(猫耳メイド姿)は可愛さ五割増しで現れた。その姿を見て満足そうにエイさんは仁王立ちで叫ぶ。

 当然、他生徒達の注目を集める対面だ。谷高母娘の常人場馴れしたオーラにオレは一層モブと化す。


「やっぱり、ママはこうなってたかぁ……あ、ケン兄いらっしゃーい」


 しかし、ヒカリちゃんはオレの事をしっかりと捉えて笑顔で手を振ってくれる。今まで積み上げてきた兄貴分としての存在感が生きた瞬間だぜ。

 オレも友好的に手を振り返す。


「ヒカリ! いつも言っているだろう! “お母さん”、もしくは“母上”と呼びなさい! “ママ”なんて響きは軟弱過ぎる! リンカもダイキも、セナとカレンの事は“お母さん”と呼んでいるだろうが!(キィーン)」


 超音波が出るほど感情的になる事柄なのか。周りの学徒諸君が、今耳鳴りが……と顔をしかめた。


「はいはい、ママ上。そんなにキンキン超音波出すと迷惑だから、店に行こ」

「ママ上……だとぉ!? これは……どういう事だ? “ママ”と言う軟弱な言葉に“母上”の一部が含まれるだけで、これ程にニュアンスが変わる……だとぉ」

「ほらほら、考えるのは店に入ってからにして」


 だとぉ……と疑問を漏らすエイさんの後ろに回ったヒカリちゃんはその背中を押して『猫耳メイド喫茶』に連行する。

 流石は実娘。人間兵器の扱いをオレよりもわかってる。頼もし過ぎるぜ。


「ちょっと並ぶからね。ケン兄、並ぶ際にママ上をお願いね」

「任せてよ」


 ヒカリちゃんの姿を見るに猫耳メイドのクオリティはかなりのモノだ。こんなの街中じゃ拝めねぇぜ! これが沢山いて、にゃんにゃんって接待してくれるんでしょ? 楽園かよ……『猫耳メイド喫茶』へごーごーだお!(楽しみ過ぎて語彙力低下)






「なに!? それは本当か!?」


 『美少女を見守る会』のボスは同士からその情報を直接耳にしていた。


「はい。各クラスと学年に散っている同士達と“草”からの確かな情報です」


 基本的に組織の面子は帰宅部であるが、各部活や委員会に居るメンバーの事を“草”と読んでいる。

 “草”は陰キャではないが、志を同じとする同士として情報を回して貰っているのだ。


「一年生の『宿泊研修』にて『太陽』の言っていた“ケン兄”なる人物の姿を確認。そして『図書室の姫』の姉君が『制服喫茶』へ向かっております」

「このフロアに来る……か。読み通り、身内の出店は一番に訪れる。『図書室の姫』の姉君に対しては私が直接観測しよう」

「ボス自ら……では我々は“ケン兄”なる人物の調査を――」

「いや、全ての人員をそちらへ割くな。まだ『介抱乙女』の招待客が来ていない」


 全ての情報はボスの元へ一つに集まっている。抜けは無い。


「我々のやるべき事は美少女達の身内に手を出す事ではない。観測し見定めるのだ」

「もし、その結果。悪い影響を与えているとしたら?」

「確固たる証拠を取り、国家機関へ通報だ!」

「御意」






 彼女が道を歩くと誰もが避けた。

 しかし、それは彼女に対して異質な眼を向けているワケではない。寧ろ、道を開けつつ誰もが眼で追った。


「奥から……三番目の教室」


 『文化祭の栞』を頼りに目的の『制服喫茶』の看板が眼に入る。店内替わりの教室は少しだけ客入りの声が聞こえるが、待っている客はいない。

 少しだけ足が止まったが、意を決して踏み出した。そして、入る前に店内を少しだけ覗く。


「……ミライ」


 すると、妹が居た。最後に会ったのは彼女が小学生の頃だ。父からは中学と高校の入学式で撮った写真は送られて来たので高校生姿との整合性は取れる。

 すると、妹がこちらの視線に気づいた瞬間に、思わず身を引いて隠れた。


「…………」


 私は……ここまで来て何をやっているのだろうか。


“無理に行く必要はない”


 今回の件を真鍋に話したが、その様に気を使わせてしまった。


「……貴方に頼ってばかりじゃダメなの、コウ君」


 よし、と意を決して店に入ろうとすると、


「姉さん」


 身体を向けた瞬間に妹が目の前に立っていた。思わず身体が硬直する。


「ミライ……」


 何と言われるのか。どんな言葉でも受け止める覚悟があるが、それでも恐ろしさを克服するかどうかは別の話だ。


「ミライ……私は……」


 自分から切り出さねば。そう思って何とか言葉を口にしようとすると、妹が手を取る。


「来てくれてありがとう。本当に嬉しいよ」


 そこには嬉しい時に向けてくる妹の笑顔があった。

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