第594話 先に告白しちゃうよ

「…………」


 あたしは気がつけば、隙あれば何度も時計を見てしまう。

 そろそろ十時……彼が来てもおかしくない頃だ。

 彼とは昨日から直接会話していない。LINEで簡単に返答をした程度。

 理由は……己の中に出来たちょっとしたモヤ付きが原因だった。


 今までは彼が隣に居る事が当然で、居なくなる事を考えたくも無かった。その気持ちのままで好きだと告白した。純粋に他の誰も目に入らず、彼だけを見てきたから。

 でも昨日、一歩引いた位置からショウコさんの事を知った。大宮司先輩の目指すモノを垣間見た。ヒカリの一つの事を通す為の心意気を感じた。


 文化祭と言う特別な状況で、普段は見ることが無い皆の突出した生き方。当然、彼の事も同じように見えている。そうやって比べてみれば見るほど……格差の様なモノを感じてしまうのだ。

 

 彼の隣はあたしが勝手に固執してるだけだ。彼だけを見ていればこんな迷いは生まれなかっただろう。けど……彼の隣で一緒に歩くには、ちゃんと視野を広げないといけないと思ったのだ。

 彼の周り。あたしの周り。多くの人との繋がり。彼と繋がる人達はみんな凄い人ばかりだ。でも……その中であたしは――


「リーン、聞いてる?」

「――ごめん、ちょっと考え事してた。なに?」

「ほほぅ……考え事ねぇ」


 ヒカリが、キラリッ、と笑う。あたしが彼の事ばかりを考えていると思ったのだろう。


「そんなにケン兄の事を考えててもしょうがないって。どうせ来るんだから、その気持ちはその時に使えば良いでしょ? 今から考えてると胸焼けするわよ」

「……そうだね」


 胸焼けどころか、違った意味での不安が大きくなる。このまま彼の告白を受け入れるべきなのか迷ってきてしまう。


“籠も首輪も自らで外し、責任を己で負うことを決めた者達の事を指す”


 彼に誘われた社員旅行で、社長さんに言われた『大人』の定義を思い出す。

 あたしにとって……彼の隣はまだ早いのかもしれない……


「リーン、お客さん来てるよ」

「あ、ごめん。いらっしゃいませー」






 悩むリンカの様子にヒカリは、少し嘆息を吐く。


「先に告白しちゃうよ、リン」


 親友の背中へ聞こえない様にそう呟いた。






 オレは鬼灯先輩とエイさんに対する男避けとして共に文化祭へ向かう。

 二人は各々の生い立ちに興味を示していた。


「会社を立ち上げるキッカケは、娘さんの記録の為なのですか」

「ああ、そうだよ。正直な所、最初は私の創造する生物がどれ程の芸術性を秘めているのかと言う確認だった。夫へかける愛情を越える事は無いと思っていたが――」


 ヒカリちゃんのとんでもない生誕秘話を口にしつつ、エイさんは少し思い出す様に一呼吸置く。


「まさか、あれ程に可愛いとは思わなかった。人は苦労して積み上げたモノに愛着が湧くと言うが……私にとって生涯最高の芸術品は違いなく娘だと断言できる! 故に……記録を残すと同時に皆に知ってもらうべきだと思ったのだ!(キィーン)」


 おっと……ちょっとクラッとしたぜ。力説するエイさんも危険だなぁ。

 まぁ、言わんとする事はわかる。ヒカリちゃんは端から見ても可愛いし、雑誌の中で衣装を着こなす彼女は美しいと思えるくらいだ。

 エイさんの美貌と哲章さんの生き方を見ていれば育ってきた事もあって、外見、内面共に相当な高水準である事は接していればわかる。勉強は並みレベルだが、自意識の高いヒカリちゃんの事だ。必要となれば本気を出すだろう。


「とても素敵な事ですね」

「鬼灯さん! 貴女自身が無理ならば……貴女のお子さんを写真に納めさせて欲しい! 今から契約してても良いかな?」


 む、言われて見れば……確かに鬼灯先輩のパーフェクトDNAを継いだ次世代は間違いなくスーパースペックを持つだろう。

 問題は夫側の相手のDNAだ。最有力候補は真鍋課長だと思うんだけど……おっと隙が無ねぇ。パーフェクトヒューマン産まれちゃいますよ、これは。


「……その時は前向きに検討させてもらいますね」

「是非とも覚えて置いてくれ」


 エイさんの提案に鬼灯先輩は少し影がある感じだ。さっきも今の仕事が楽しいって言ってたし、その返答は社交辞令のようなモノかな?


「ふむ。それで私達は目的地を同じとするのだが、各々、関係者に呼ばれているのだろう?」


 鬼灯先輩の様子を察したのかエイさんが話題を変える。


「オレはリンカちゃんに呼ばれてます」

「お前はそうだろうな! 私はヒカリに呼ばれた! 国内のでのインスピレーションが減っていたので丁度よい機会だった!」


 何でも世界仰天に見えるエイさんの魔眼でも、インスピレーションが枯渇する事があるのか。


「私は妹からです」

「ほう」

「鬼灯先輩って妹さん居るんですね」

「ええ」


 勝手な推測だが、鬼灯先輩が自分の家族の事を話さない理由として、妹弟間の格差が原因だと思っていた。

 鬼灯先輩自身が人類最高スペックを持つ故に、その下や上の家族が居れば以往無し比べられる。

 その摩擦を強くしないために、心優しい先輩は家族から距離を置いている! と、オレは思っていたのだ。

 どうやら……かなり真相に近いらしいな。


「鬼灯さんの妹さんか。さぞ、優秀な才女なのだろうな! 文化祭への興味は増える一方だ!」


 オレもー。鬼灯先輩の妹さんとリンカが同じ高校なのは嬉しい誤算だ。おかけで先輩とも会えたし、その家族とも良い交友関係を気づいて見せるぜ!


「はい。妹は私よりもずっとずっと優秀です」


 またまたぁ。鬼灯先輩ってホントに優しいなぁ。

 そんな会話をしていると、文化祭にデコレーションされた○○高校の門が見えてきた。

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