38章 文化祭編2 縁の交差点

第592話 人間兵器

 夜が明け朝日が昇る。

 人類が理性を持って感じてきた一日の始まりはオレの中に太古から継がれたDNAも実感していた。


「どうやら、問題は無さそうだな」


 体調も万全。スマホも充電95%。リンカに“今日行くよ”のLINEは送信済み。“入場は九時半から。文化祭の栞は入り口で貰えるからな”と言う返信も受信済み。


 リンカに対する告白と言う一大イベントも本日は控えているが、タイミング的に後半あたりになるだろうし、ふっへへ、今は――


「お洒落過ぎず、ラフ過ぎない服装……よし!」


 靴を履き、入場チケットを握りしめていざ行かん!


「猫耳メイドさんの喫茶店へ!」


 メイド喫茶なんて初めてだぁい~






 電車に乗り、いつも会社へ行く上り路線を使うが今回は下り路線だ。

 土曜日の朝からスーツを着て駅に並ぶサラリーマンの方々に敬意を抱きつつ、平日よりも空いたJRに乗る。

 ガタンゴトン、ガタンゴトンと、一歩一歩が長く感じるのは、心底から楽しみにしている証拠なのだろう。


 文化祭。

 その響きは高校生時代を『神ノ木の里』過ごしたオレとしては煌めく以外の何ものでもない。

 当時は、唐突に野菜収穫大会が始まって竜二やシズカなんかと泥だらけなりながら芋やレンコンを採取したっけ。


 くっそー、一生モノの思い出が野菜と泥に染まってやがる……当時、こんなワクワクを味わえなかったとは……今回で記憶を上書きするぞい!

 そんな意気込みを心内に抱え、最寄駅にJRはステーションイン。プシューと開く扉を抜けて、他のリーマンや休日を楽しむ人達と共に改札を抜ける。


 この駅は『ハロウィンズ日本支部』(サマーちゃん家)に近い駅なので度々やってきていた。あのユニコ君の商店街も近くにあってか、私服姿の未成年の姿もちらほら。

 今日は何かトラブルが見えても無視して、文化祭に行きますよ。猫耳メイドさん(JK)の為にオレは鬼になる覚悟だ!


「ねぇ、お姉さん。いいじゃん暇でしょ?」

「ごめんなさい。予定があるの」


 おっと、我が聴覚トラブルセンサーが良くない信号を受信キャッチしたぞ。無視無視……


「じゃあ、俺達が一緒に行ってあげるよ。終わったら俺達に付き合ってくれない?」

「ごめんなさい。これから行く所は入場制限があって」

「えー、そんな所よりもさ。三人で行ける所に行こうよ。お姉さんの行くところよりも絶対に楽しいって保証するからさ」

「手を触るのはセクハラになりますよ」


 無視……出来ねぇな。こりゃ。

 ホントに、父さんと母さんには良い魂を構築してもらったよ。神様、この善行ポイントはちゃんと記録しておいてよー、死後は天国でバカンスする予定だからさ。

 オレは踵を返すと、駅を通過する人によって出来る大河を横断しつつ、恒例のナンパ駆除へ乗り出す。

 声の届きそうな距離まで入った所で――


「そこの二人、ちょっと待――」

「待てぇい!」


 オレが割って入ろうとした所で、別の声が割って入った。ビリッ、と腹の底が痺れるようなこの声は――


「そこの、二人! 彼女は拒否をしているだろう!? 離さんか!」


 オレは大河を抜けるとそこに居たのは、


「鬼灯先輩? と……エイさん……」


 私服姿にて神々しさが割り増しされた鬼灯先輩と、ヒカリちゃんの母親――谷高影やたかえいさんがナンパ二人に注意していた。






「多くの国で、ストリートに立つ女性を誘う者たちを見てきたが、どの国でもハッキリしている事がある!」


 エイさんの姿はスーツをラフに着こなすスタイル。頭に乗せたサングラスは日差しの強い国に行ったときに必要になるとかで、常に常備しているらしい。


「女性に対して何を要求するのか! ソレがハッキリと目に現れている事だ!」


 胸の下で腕を組ながら、カッ! と力強い目でエイさんはナンパ二人に叫ぶ。


「え? なに? この女」

「おいおい、結構美人じゃねぇか。なに? 混ざりたいの?」


 エイさんはヒカリちゃんの母親と言う事もあって、相当な美人さんである。しかも、手間とか行って殆んど化粧はしないらしい。

 スタイルも素晴らしく、鬼灯先輩には及ばないが、モデルと名乗っても遜色のないスペックを持つのだ。


「馬鹿を言うな! お前たちの非常識を注意してるんだ!」


 しかし、その美しい外見とは裏腹に内面は次の軌道が予測できないナックルボールの様な人だ。

 黙ってれば間違いなく10割美人。喋ると4割美人なのがエイさんなのである。


「予定があると言っているのに強引に誘うとは、どれだけ自己中心的なのだ! お前たちは!」


 キィーン、と鼓膜に響くエイさんの声質は本気で意思を伝える時に勝手に放たれるらしい。ナンパどもがクラっとした。鬼灯先輩は平気そう。


「それに、私は“見て”いたぞ! お前達が彼女へ歩み寄る際の視線! 胸や腰回りを一度見てから、最後に顔をみた! どれだけ性欲が全面に出とるんだ! 本当に文明人か!? お前たちは!」


 キキキィーン。やべぇ……音響兵器だ。

 沸点の低そうなナンパどもが侮辱されても言い返さないのは鼓膜を刺激されて、それどころじゃないからだ。

 通り過ぎる人達も耳を押さえつつ顔を歪めてるし。


「っ……なんだ? この女……」

「お、お前……喋るな……」

「なに? 今度は私に“喋るな”だとぉ!?(キィーン) 貴様たちはどれだけ自分の言葉に力があると思っている!?(キキィーン) そう言う事を言えるのは普段からしっかりとした自分を持っている人間の言葉だろうが!(キキキキィーンキィーン)」


 うぇ……オレまで気持ち悪くなってきた。なんか、通行人の人達も耳に手を当てて、足早に去っていくし。あ、鳩が気を失って落ちてきた。


「わ、わかったわかった!」

「帰る……帰るから!」

「待て!(キィーン) 私の話は終わってないぞ!(キキィーン) 逃げるな!(キキキキャーン)」


 ビシッと近くのガラス張りの看板にヒビが入ったレベルの兵器に昇華した所で、ナンパどもは退散。

 エイさんは、逃げるなー! と最後まで音波攻撃をナンパどもに浴びせて、平衡感覚を奪うと転ばせた。久しぶりに会ったけど、オレの知る実力者達とは別の意味でえげつねぇ。ブラック・ボ○トかよ。


「あら、鳳君?」

「こんにちは……鬼灯先輩」


 オレは多少フラ付きながら鬼灯先輩に声をかける。


「全く……最近の二十代は話を最後まで聞かないな。ん? おお! ケンゴォ! 久しぶりだなぁ!(キィーン)」

「どうも……エイさん」


 取りあえず、兵器モードを解除してください……

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