第591話 心のモヤつき

「これでよし」


 ミコ婆の襲来と言う、政治新聞の一面を飾りそうなイベントをこなしたオレは、その後は1課にヘルプがあったものの何事もなく業務を終える事が出来た。


 こういう時は何かとトラブルが重なったりして、明日に尾を引く様な形になるジンクスがあったりするが、そんな事は無かったらしい。


「鳳、ちょっといい?」


 おっと、珍しく泉が声をかけてきたぞ。いつもなら、じゃあな(オレ)、じゃあね(泉(目を合わせず))みたいな感じの会話しかしないのに。


「なんだ? ミスでもあったか?」

「違うわよ。カズ先輩に誘われてね。飲みに行かない? ヨシと加賀に陸と姫さん、当然カズ先輩も来るわ。明日休みでしょ?」


 また珍しい面子だな。カズ先輩が主導か。ふむ、いつもなら全然問題ないのだが……


「悪いな。明日は朝から予定があるから今日はパス」

「ふーん。じゃあいいわ」


 無理ならドライなオレへの対応に全く変わってなくて逆に安心するぜ。


「お前の大好きな、鬼灯先輩を誘えよ。予定が無ければ来てくれるだろ」

「アンタに声をかける半日前にLINEで聞いたわよ。明日に用事があるからって断られたわ」

「ま、鬼灯先輩のプライベートは完全に謎だからな」


 それどころか家族構成も謎。もしかしたら違う星からやってきた異星人なのかもしれん。鬼灯先輩のパーフェクト具合からして、『アカシックレコード』に直結しててもおかしくないスペックだもんなぁ。


「カズ先輩の紹介で行くのよ。その店ねタイ料理を食べながら、余興で試合をやってるそうなのよ。今日出場するから声援送ってくれって」


 うわ……なんだその店。滅茶滅茶行きてぇ。しかし……オレには明日にリンカの文化祭に行くと言う目的がある! 猫耳メイドさんに奉仕してもらうんだ! 体調は万全で望まねばならぬ!


「なにニヤついてんのよ。気持ち悪っ」

「げっ……顔に出てたか……?」

「アホ面だったわよ」


 これ以上の醜態を晒す前に帰ろ。


「仕方ないわね……社長でも誘おうかしら」

「……お前の飲みに行く人物のラインナップどうなってんの?」

「肝試しの時に色々と話聞いて貰ってね。それから、轟先輩とかと一緒にちょくちょく飲みに行くのよ」


 社長と親身になるとは。泉の奴も良い感じ出世街道に乗ってるな。


「今回はね、物騒な感じもするから護衛する人欲しいのよ。カズ先輩は大丈夫って言ってるけど、念のためね」


 泉はオレが『古式』を使える事は知っている。入社一年目にあった、新人だけで行く沖縄旅行での一悶着にて、今の関係になったのだが。


「社長は飛び入りで出たがるかもしれんぞ」

「もう聞いちゃった」


 LINEには、今日空いてますか? と打たれている。すると、すぐに返信――


“行けるよ!”


「大丈夫みたいね」

「マジで社長来るのかよ」


 他の面子が緊張しないか心配だ。特に加賀と姫さん。すると、またピロン、とメッセージ。


“ごめんね、泉さん。社長は本日残業です”


 先ほどの“行けるよ!”は削除されてそのメッセージが表示されていた。多分、轟先輩だな。社長のスマホを操作するとは、相変わらず近い距離に居るようだ。


「ダメみたいだな」

「仕方ないわね。国尾さんに声をかけるわ」

「最初からそうしろって」


 国尾さんにLINEすると、“いいね! 姉貴も一緒にいい?”と返事が帰ってくる。


「いいですよ、と」

「樹さんも来るのか」


 国尾姉弟が加わり、一気にパーティのカオス度が上がった。皆が拳銃装備で出撃した中にガンダムが加わった様なモノだ。一番危険なのは……味方(♂)の尻か。

 オレは帰るけどね!


「次は行くからまた誘ってくれ」

「気が向いたらね」


 泉はオレに手をヒラヒラしつつ、集合場所のメッセージを打つ。

 用がないと解れば相変わらず、雑な扱いをしてくれるぜ。






 トントントン、と料理を作りながらあたしは今日の事を思い返していた。

 文化祭の様な同年代だけで積み上げる行事は当然ながら初めてで、その中で垣間見えるモノも多くあった。


「……みんな、眩しいなぁ」


 ショウコさんは勿論、大宮司先輩やヒカリ、徳道さんも普段とは違う自分に挑戦している。

 今までは、学校生活の決められた日程の中でしか関わる事が多かった。しかし、文化祭と言う特殊な環境下では、一人一人の個性がより深く見えてくる。

 そんな皆の事がとても眩しく感じた。


「……あたしは皆からどう映っているんだろう?」


 料理が出来る事以外に突出したモノは何もないあたし。

 今日一日を振り返ると、思う所があるのだ。そして、彼の事も……思い返すとずっと昔から眩しかった気がする。


「明日かぁ……明日……だよね」


 告白の返事をもらう。ずっとずっと待ち望んだモノを貰うのだ。けど……あたしは、彼に何をあげられるのだろうか?


「……何でかなぁ。今までは、こんな気持ちは無かったのに」

「ただいま~リンちゃん~」

「お帰りなさい、お母さん」


 ふと、心に生まれたモヤつき。一晩経てば消えてくれると良いが。

 明日は外からのお客さんも来る、文化祭二日目だ。

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