第578話 戻ってこれなくなるぞ!

「土山先生、俺から一つ良いですか?」

「あら? なに?」

「その……ポッ○ーを咥え合う所から布で隠してください。恥ずかし過ぎるんで」

「ふふ。おっけーよ」


 と、最低限の条件を了承してもらい、土山先生に黒い布でスタート時からギャラリーの視線を覆ってもらった。


「まだまだね! 沖合君! こんな事で動揺するなんて!」

「お前のメンタルどうなってんの?」


 テーブルに肘をつき前屈みに、ほれ、と咥えたポッキーを突き出す水間。くそ、こっちは内心穏やかじゃないってのによ……

 俺はこっち側の端を咥える。

 いや……思ったよりヤベえ! 近っ! 水間の顔が滅茶苦茶近くに見える!

 すると、パサリ、と黒い布で周囲が完全に覆われ、より水間の顔を明確に認識出来た。


「はい、スタート」


 土山先生の開始宣言。くっそ……どうするか。水間の顔ばっかり見えて心臓が滅茶苦茶血流を良くしやがる。取りあえず様子を見て――


 すると水間は口を開けて一度前進すると、ガシュ、とポッ○ーを六割ほど一気に食べて更に迫ってきた。


「うぉ!?」


 反射的に身を引く。拒絶ではなく、このままではファーストが起こる事への緊急避難だ。それと……水間に食われると言う若干のゾクゾク感もあった。変な性癖に目覚めそうだ……

 俺が黒い布を引っ張る形で世界が明るくなる。


「これは、水間さんの勝利ね」


 自ら身を引いた俺が敗者であると、土山先生が告げる。


「他愛もないわね、沖合君!(モグモグ)。私の勝ちよ!(モグモグ)」


 事の重要性を全く理解していない水間は、勝ち誇った様に喰らったポッ○ーを咀嚼していた。

 くっそ、この女……マジで今の行為がどんだけヤバいのかわかってねぇのかよ。なんか、ドキドキとは別に自分だけ空回りしてる感じがして悔しさが湧いてくる。

 でも、まぁ……これで終わり――


「水間さん。それは早計と言うものよ」


 じゃないのか……


「勝負の初戦はルールに不馴れな事もあって、正確な実力を図れないわ。決定的なのは次の結果よ!」

「確かに! 土山先生の言う通りです!」


 言う通りです! じゃねぇんだよ!


「いや、ほら。何か店を停止させてるみたいだし……俺の負けで良いから」

「沖合君! 譲られた勝利に何の価値があると言うの!? その言葉は真の勝者が敗者へ向ける宣言……今の勝負、さては余裕があったわね!?」


 くそ、敵認定されるとここまで融通の効かない女だとは! でも、何かイイ! 俺だけに全力を向ける水間は最高だぜ!

 シチュエーションが○ッキーゲームじゃなければ!


「二回戦よ! これで、私の勝ちを確固たるモノとする!」


 ポッ○ーを咥えたリロードした水間は更にやる気満々だ。だが、俺も少しだけ状況に馴れて来たので今度はこっちが仕掛けてやるぜ。


「二回戦ー♪」


 俺が○ッキーを咥えて準備完了。なんか馴れてきた自分が怖ぇな。黒い布で俺と水間が世界から切り離される。






 危なかったわ、沖合君! 初戦は実力を隠していたのね! 危うく、勝ち逃げをされる所だったわ!


「二回戦ー♪」


 黒い布が世界を覆う! 次こそは完璧に勝利を納める! 私が越えるべきは谷高さんただ一人! 沖合君には悪いけど……ここで足踏みをしている場合では無いのよ! 先手必勝――


 先程と同じ様に一気に食べようと思ったら今度は沖合君から進んできた。

 ふっ、これは……己を恥じなければ! 彼もまた、戦士だと言うことを今理解した! ならば! こちらもソレに応えるまで!

 私は四割ほどポッ○ーを食べる。すると沖合君は更に詰めて来た。

 食した配分は向こうが上……残り全てを食べなければ私の勝ちは――


 そこで、ふと私はあることに気がつく。残り全部食べたら自然と沖合君に触れる・・・事になるわけで、どこが触れるのかと言うと――


「――――」


 ソレに気づいた私が身を引いたのは条件反射に近かった。






「…………」


 今度は水間が身を引いた。黒い布が頭に乗る方は敗者の証であり、今度は水間の頭に乗っている。


「水間さんの負けね~♪」


 ほくほくの土山が水間の敗北を宣言した。


「おい……わかったか? これがどんだけヤバいゲームかよぉ!」


 沖合も最初ほどではないにしろ、何とか心を保てている状態だ。テーブルに肘を乗せながら、マラソンの時よりもぜーぜー言っている。彼の恥ずかしゲージの容量はMAXに近い。


「お、沖合君! これって……」

「言うな! 口に出した瞬間、戻ってこれなくなるぞ!」

「わ、わかったわ!」


 状況を理解した二人の間に共感が生まれ、これにて勝負はおしまい――


「1勝1敗ね~♪ 次で決着よ~♪」


 にはならなかった。

 ギャラリーもドキドキして勝負の行方を見守っており、場は尊みを求める土山魔王が完全に支配していた。

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