第576話 私ではこの店を救えなかったわ……

「むむむむ!!」


 ヒカリの覚醒をニュータ○プの様に感じ取った水間は、知れずと野球部のブルペン方面へ視線を向ける。


 今のは……誰かがゾーンへ入った? この気配は……谷高さん……?


「水間さん……お客さん来てる……」


 徳道は客の目の前で止まっている水間へ声をかける。


 まさか……いや流石、と言うべきね! 谷高さん! 私も近いうちに同じ領域に立って見せるわ!


「おーい、水間。生きてるか?」

「へい! らっしゃいっ! って、沖合君じゃない!」


 意識を接客に戻すと、目の前にはやたらと突っかかってくる、別のクラスの男子水泳部の沖合が立っていた。

 彼と一緒に来た男子水泳部の面々は既に席へ案内されている。


 基本的に男女水泳部では一つのプールをレーンで区切って使うのだが、今の時期は体力作りが主に部活をしている。

 その中で、ランニングではコースが被る事もあり、沖合は何かと水間に張り合いを見せていた。(ちなみに、水間は陸上部顔負けで毎回沖合をぶっちぎっている)


「おいおい、いいのか? 俺はお客さんよ? つまりご主人様だ。きちんとおもてなしを頼むぜ」

「フッ……私は! 私よりも遅い同級生に屈する事はない! コーヒーが飲みたいなら自分で席に着くことね!」

「いや……だから、一応は金(チケット)払って来てるんだって……」

「奥の席が空いてるわ! ほら、座った座った!」


 ぐいぐいと手を引っ張って一番奥の席へ沖合を座らせる。


「コーヒーと緑茶ぁ! どっち!?」

「おいおい、勢い凄すぎだろ。もっとほんわかメイドさんって感じで出来ないのかよ」


 猫に小判だな。と沖合は水間のメイド姿をじっとして失笑する。


「それは偏見と言うものよ! 長いメイドの歴史……その中で私のようなメイドが居ないと言う証明は出来るのかしら!?」

「逆によ、お前のようなメイドが居たって証明は出来るのかよ?」


 ほう……。

 へっ。

 と、水間と沖合は互いに“悪魔の証明”をぶつけ合い、不適に笑い合う。


「……ご注文は、コーヒーと緑茶の二つがございます。どちらに致しますか? ご主人様♪」


 水間が仕掛けた。

 本来の自分を覆い、平均的なメイドさんムーヴで沖合へ先制攻撃。メニュー表を開いて渡す。


「メイドさんよ、少し説明不足だぜ? コーヒーと緑茶。なんのオプションがついてるのか教えてくれないのか?」


 対する沖合は、メイドの説明不足を突く。

 メニュー表にオプションの詳細は普通に書いてあるのだが、今は僅かな隙を狙い合うバトルフィールド。客が気づく前に説明するのが義務だろ? と言いたげに、へっ、と笑う。

 

 次に水間は沖合の急所ウィークポイントを抉る為に言葉を品定めする。


「申し訳ありません、ご主人様。私、メイドになって数時間の新人な者で……伝え忘れてました」


 新人。その言葉はあらゆるミスを一回は許容される絶対的なバリアー。

 これは決まっただろ。と水間は内心で酸素ボンベを着けた状態で沖合の足を掴み、海中に引きずり込む。


「メイドさんよ、そいつは言い訳にならないぜ? こっちからすればそんな事情は知らねぇよ。客はプロの接客が来るモノだと思ってる。ソコに新人を当てるたぁ、店の仕組みに不満を覚えるね。そして、不満を覚えたらその客はもう店には来ねぇ。更にソレは店の評判にも影響するだろうよ」

「ぐふっ!」


 海中に引きずり込んだ沖合は深海でも耐えられる潜水服を着ていた。あの、宇宙飛行士が着るようなゴツイやつ。圧倒的な防御。ボンベの容量は自分の倍はあり、浮上装置でシュパーと海面へ逃げて行った。


「まぁ、無理な接客はやめるこったな。コーヒーを頼むわ。砂糖とミルクつけてくれ。オプションは洋菓子で」

「か……かしこまりました……」


 敗北。水間はトコトコと給仕室へ注文を伝えにカーテンを抜けた。


「ごめんなさい……私ではこの店を救えなかったわ……」


 そして、給仕室に入った水間は、ガクッ、と項垂れて謝罪した。

 その様子にクラスメイトは、人が来ない方が楽に出来るから別にいいよー、と水間を宥めた。






「やれやれだぜ、水間のヤツ……」


 肉体の張り合いでは一度も水間に勝てなかった沖合は、貴重な勝利に酔いしれていた。そして――


 マジかよ。水間のヤツ……普段はハチャメチャなのにメイド服着るとめっちゃ可愛いじゃねーか!


 沖合は水間へ密かな想いを寄せていた。


 文化祭……猫耳メイド喫茶店。提案したヤツ、マジでGJ! ホントにこんなん一生見れねぇわ!


 ストイックに速さを求める水間は男子部員にも良く勝負を仕掛ける。その過程で沖合も勝負を挑まれた事があったが、10秒以上の差を付けられて毎回負けていた。

 最初は女に負けるなどプライドが許さず、事ある毎にこちらから勝負を挑み続けた。

 何度も対戦するうちに、あれよ、これよ、と思春期特有の感情に導かれ、距離の近い女子として水間の事を友達以上に見るようになったのだった。


 完全に文化祭は当たりだな! さっきはちと、言い過ぎたかもしれんが……どうせ勝負を挑めばいつもの水間に戻るだろ。

 アイツが並みの精神力じゃない事は水泳部の全員が知っている。


「勝利の笑みかしら!? 普段勝てないからって……中々、やってくれるわね!」


 おっとニヤけてたか。いかんいかん。

 いつもの口調で水間がコーヒーと洋菓子を持ってきた。


「おう、ありがとよ」


 と、コーヒーに砂糖とミルクを入れてると水間はその様子をじっと眺めて来る。


「……一体なんだよ?」

「どうしてもダメね! 何か適当にかっこつけて再戦と行こうかと思ったけど! 何も思い付かないわ!」

「ハハハ、そうかい。敗北を知ることも大事だぜ?」


 俺は勝利の美酒(コーヒー)を堪能するか。


「うぬぬぬ……」

「私に良い提案があるわよ」


 すると、横から保険医の土山つちや先生が声をかけてきた。ゆっくりお茶を飲んでいたらしい。気配が全くなかったな……


「良い提案とは!? 土山先生!」

「その前に、沖合君にやるか聞きましょう。公平を考えてその後に内容を開示します」


 水間が食いついた。ふむ、教職員の中でも無害度No.1の土山先生の提案する勝負。実にほんわかしたモノに違いない。

 アグレッシブ女子の水間には適応出来ないだろう。


「良いっすよ。水間、勝負やるか?」

「その言葉……取り消せないわよ! 沖合君!」


 なんだ? なんだ? と他の生徒が俺らに注目する。伊達に水泳部ではない。勝負時の視線などいつも浴びているので、観戦によるプレッシャーは皆無だ。


「勝負はこれを使うわ」


 と、土山先生は一つの箱と黒い布を取り出した。

 箱はお菓子のポッ○ーだ。それだけでもちょっと意味がわからない上に黒い布ってなんだ?


「土山先生! これは一体……?」


 水間もわかってない。すると、あっ! と見ていた女子生徒の一人が気づいたように声を上げる。

 俺はまだわからん。すると土山先生が、ふっふっふ、と笑う。


「○ッキーゲームで勝負してもらうわ~」


 土山先生はとても嬉しそうにそう言った。

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