第575話 相手が迷惑するでしょ?

「なんて恐ろしいヤツだ……三年間のマネ生活でこれ程の投手には出会わなかったぞ!」


 マリー先輩はストラックアウトに唯一残された九番のパネルを見て呟いた。


「谷高……お前が男子であったのなら、間違いなく高校野球界に名を残していただろう……」


 他の先輩達もマウンドやパネルを元に戻しながら、うむ、と頷く。

 あたしは、近くの壁に背を預けて座っているヒカリに声をかけた。親友は燃え尽きた明日のジョ○みたいに色落ちしている。


「ヒカリ、大丈夫?」

「燃え尽きたわ……真っ白にね……」


 ホント、なにやってんだか。


「そんなにCD欲しかったの?」

「実はね、パパがあのCD持ってたんだ。聞かせて貰った時に凄く感動して、誰も居ない時に一人で聴いてたらCDプレイヤーが壊れてCDもダメにしちゃってさ」


 今から10年以上も前の話である。本格的に他のCDを探してネットで検索したら、かなりのプレミアで、生産中止な事もあって買うなら三桁は平然と行く程のモノだった。


「ママのところでモデルやって目標金額は達成したけど、いざ買おうとしたらもう売り切れちゃっててさ。折角、パパに謝れると思ったんだけどなぁ」


 ヒカリにとって、あのCDは精算したい過去の一つだったらしい。

 あたしよりもモデル代が入ってるヒカリが最低限の事にしか浪費しない理由はそこにあるようだ。

 谷高のおじさんは気にはしていないのだろうけど、ヒカリは自分に厳しいので、何としてもCDを手に入れるつもりだろう。


「先輩に頼んでダビングとかさせてもらえば?」

「色々調べたんだけどね。あのCDはダビング出来ない様に設定されてるの。だから、ブツを手に入れないと無理なのよ」


 ちょっとだけ、警察官の娘みたいな言い回しが出た。

 ヒカリ本人としては色々と代案を模索したらしいが、結局は物を手に入れるしかないと言う結論に行き着いたらしい。


「あたしの方でもどこかで見かけたら覚えとくよ」

「ありがと。パパとママには黙っててね」

「それはもちろん」

「鮫島。用意出来たぞ!」


 あたしの番か。

 『初心者』コースはマウンドの半分の距離から投げ、持ち玉も15球と気楽にやれる。


「リン、パーフェクトよ!」


 明○のジョーから復活したヒカリの声援にあたしは、Vピースを作るとマウンドへ向かう。

 パーフェクトで景品+タダ券三枚は普通に美味しい。ヒカリにも一枚上げよう。






「よし、当たった」


 リンカのスローイングは初級からパネルを抜く。

 パネル9枚に対して持ち球は15球。距離的にも精神的にもリラックスして投げられるだろう。何より、


「……うむ」

「間違いないな」

「ああ、絶対にそうなると思ったぜ」

「役得ってヤツだな」


 三年生の面々は投げる際に揺れるリンカの双胸を失礼の無いレベルで眺めながら、悟る様に呟く。

 なるべく揺れない様にメイド服で固定されているものの、それでも物理法則には逆らえない。

 投げる。揺れる。パネル。パァン! の流れを合法的に眺める。


「リン! 良い調子よ!」

「……て言うか、ノーミスじゃない?」


 リンカの胸にばかり目の行く男子部員とは違い、マリー先輩はその非凡な投球に気がついた。

 距離が近いと言う事もあるが、それでも狙った所に連続で当てるのは至難の技だ。彼女はそれを連続で当てていき――


「よっと。イェイ。パーフェクト」


 最後に七番のパネルを綺麗に撃ち抜くと再度ヒカリにVピースで微笑む。

 予備6球を残し、ノーミスでパネルを全て射貫いたリンカの投球は安定したモノだった。


「流石ね。これで、まだ……ケン兄ブーストが無い状態か……リン、仕上がって来たわね!」

「もー、いちいち、お隣さんを引き合いに出すの止めて」


 とにかく、これでユニコ君のぬいぐるみ(クリスマスver)と文化祭のタダ券三枚をゲットだ。ユニコ君はバッグに入る程度の大きさなので、居間のテレビの上にでも飾ろう。


「鮫島……あなた、昔野球とかしてた?」


 マリー先輩は明らかに投げ慣れた様子のリンカに経歴を問う。


「キャッチボール程度ですけど……」

「それで、あのコントロール!?」

「え? 普通は狙った所に飛んで行きません?」


 え? え? と場の面子とヒカリさえもリンカの言葉には、え? と口にする。


「リン……もしかして、狙った所に投げられるの?」

「今までイメージ以外の場所に飛んだ事は無いよ。遠投とか、肩が届かない場合を除いて」


 そう言えば昔から、キャッチボールの時にリンから投げる球は取りやすかったっけ……


「そ、それなら鮫島。あの位置から投げてみてくれる?」


 と、マリー先輩が指摘するのは『経験者』コースの距離感だ。


「残り6球あるワケだし、使いきるつもりで!」

「別に良いですけど……」


 急ピッチでパネルが戻される。今度はマウンドに立ちパネルを狙う。

 距離は『経験者』コース。しかし、持ち球は6球なのでパーフェクトはほぼ無理だ。


「うーん、距離があると――」


 リンカは試しに1球投げる。すると、真ん中の五番を綺麗に抜いた。


「あ、問題なさそう」


 狙った通りのパネルを抜けた。ちょっと投げる場所は気になるけど、いつも通りで良さそうだ。

 でも、後5球だから……


 リンカは少し間を置いてからシミュレートを終えると、1-2、3-6、8-9、4-7、とスパパーン、全部二枚ずつ抜き、見ている者達全員が唖然とする中、1球余らせてパーフェクトを取った。


「よし。ん? どうしました?」


 これは余興の部類なので、『経験』コースの景品は無い。リンカは全員が言葉を失う中、恥ずかしそうにマウンドを降りる。


「リン……なんて恐ろしい子なの……」

「狙った所以外に投げると相手が迷惑するでしょ?」

「さらっととんでもない事を……」

「でも、ヒカリも次はパーフェクト取れるじゃん」

「距離感とイレギュラーを経験したからね。明日が勝負よ。ふふふ」

「鮫島……谷高……」


 すると、マリー先輩がふらりと声をかけてくる。


「えっと……まぁ、距離はありますけど全部狙った通り行けました」

「明日は景品狙いますよー」


 愛想笑いするリンカと、獲物を射程圏内に捉えた狩人の視線で笑うヒカリ。

 そんな二人にマリー先輩は、


「タダ券5枚……いや! 10枚を追加でやるから! 二人は明日と明後日は来ないで! お願い!」

「「「「殺さないでください!!!!」」」」


 野球部員三年生の魂の叫びと土下座がブルペンに響き渡った。

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