第535話 キュルル、ウィーン、ウィーン、ブロロー

「人間とはときの生き物。推測なんてなんの役にも立たないぜ。“早退”と言う言葉を君たちは知っているかな?」


 現れた国尾正義は眼をキラキラさせながら俺らを見る。


「くっ! ようやく見つけた上玉だ! ここで逃がすと俺たちに後はねぇんだよ!」

「そんな事は、俺は知らないぜ? 自分の都合を他人に押し付けるのはナンセンスだ。人として最も恥じる行為だと思ってくれて良い」


 あんたがソレを言うのかよ、と鬼灯以外の全員の思った事がシンクロした。


「七海君。彼は味方?」

「……鬼灯にとっては味方だ」

「七海君にとっては敵なの?」

「……どっちかと言うと餌の部類だよ」


 前に襲われそうになった後に他の友達から彼が何者だったのか聞いた所、ホモで結構有名な人だとか。

 彼は自主的に人気の多い場所を徘徊して、不敬な奴らを捕獲して“お仕置き”する、別名シティお尻ハンター。

 あの体格は伊達ではなく、バンを片手で持ち上げるとか言う噂もある。自分から噛みつきに行くトラバサミの様なヤバい人らしい。ド○クエのモンスターかよ。


「ここは穴場だからね! たまに様子を見に来ると結構捕まえられるんだよね!」

「くっくそ!」


 最も体格良い男がハンターに殴りかかる。しかし、彼は壁のように微動だにしない。


「うほ」


 すると、ハンターはその筋肉をしならせると蛇の様に殴ってきた男に巻き付く。男の姿はすっぽりと収まった。


 コブラツイスト。そう呼ばれるプロレス技を食らって男は、グギギギギィ……と言う錆びた歯車の様な声を出して、意識を飛ばされた。

 ドサっ、と泡を吹いて白目で倒れる。早速一人殺られた。


「よぉし! まず一人ぃ!」


 この場でテンションが高いのはハンターだけだ。まさに食物連鎖の頂点。例え銃を持ってても敵わないと思わせる。


「う、うぁぁ! もうダメだー!」

「この街ではもうおしまいだぁ!」

「あんなのに勝てるワケないよぉ!」

「実家に帰るぅ!」

「あ、待て! お前ら! 俺を置いて行かないでぇ!」


 と、自分達の足に使っているバンも放置して残りの男達は逃げ出した。戦意喪失がこれ程似合う状況も無いだろう。


「ほっほう……引き際をわきまえてるとは……でもね、絶対に逃がさないよ!」


 走り去って行く男達の背に精神攻撃まで浴びせかける。彼らはこれから地獄追い予告を受けたターゲットだ。逃げ切れても二度と街には戻って来ないだろう。


「さて……」


 ハンターは仕留めた獲物おとこを一旦放置して俺と鬼灯に歩み寄ってくる。


 ヤバい……足が動かねぇ。蛇に睨まれた蛙……いや、恐竜に睨まれた子犬状態だ。ずいっとハンターが手を伸ばしてくる。このままだと……ヤられる――


「ありがとうごさいます」

「ほっほう?」


 すると、鬼灯が俺の前に出るとハンターに一礼した。


「危ない所を助けて頂いて」

「ほっほう……」


 ハンターは鬼灯に感心し、俺に野獣の眼光を向ける。おそらく、ター○ネーターみたいにロックオンしてるだろう。まだ……足が動かねぇ……


「彼はイイのかい?」

「どういう意味ですか?」

「君にとってさ」


 その言葉の意図を鬼灯はどう察したのだろう。沈黙。珍しく即座に返答はせずに少し考えている様だった。


「はい」


 そして出た言葉がAI音声による“はい”だった。


「おぅほほっう! どうやら、俺が合法的にヤれるのは、逃げた兎たちとあの仕留めた獲物だけらしいな」


 俺にはわからない何かを察したハンターはくるっと振り返ると俺らに背を向ける。背筋もヤベェ……


「少年」

「う……は、はい……」

「ケツ拾いしたな。彼女に感謝だぜ?」


 はっはっはっ、と笑いながらハンターはコブラツイストで仕留めた男を抱えると、男達の放置したバンに積み込み、運転席に乗り込む。

 そして、キュルル、とエンジンをかけて、ウィーン、と運転席の窓を開けて、わっ! と俺らを見る。


「俺はアイツらを追う! いやぁ、この連休はホントに大量だよ! ほっほう!」


 そんな恐怖の言葉を残しながら、ウィーン、と窓を閉めると、ブロロー、と走り去って行った。






「七海君、大丈夫?」

「すまん……もう少しだけ休ませてくれ」


 シティお尻ハンターの襲来にて精神を削られた俺は鬼灯の親に会いに行く前に駅前のベンチで休ませてもらっていた。

 消耗した状態では彼女の両親を前に醜態を晒すかもしれない。それだけは避けたいのだ。


「はい」


 すると鬼灯が飲み物を買ってきてくれた。


「悪いな……代金は返すよ」

「別に良いわ。昨日、ゲームセンターで七海君もおごってくれたでしょう?」


 そう言ってアクエリアスを手渡すと鬼灯は隣に座る。そして、二人して無言で駅を出入りする休日の人波を暫く眺めた。

 それはイチャイチャするワケでも、何か目的を持って座っているモノでもない。ただ眺めているだけ。しかし、鬼灯の隣は自然と居心地が良かった。


 今までの女子は俺を期待して告白してくれた事に対して、なるべく高い敷居を維持せねばと思って付き合っていた。ずっと油断出来ない感じ。

 しかし、鬼灯は明らかに俺よりもスペックが高いので気の緩みに余裕が出来る。


「旅行帰りが多いわ」


 今の状況を心地よく感じている俺とは違い、鬼灯は目の前の光景を丁寧に観察していた。


「まぁ、連休の最後だしな」


 だいぶ回復した俺は飲みかけのアクエリアスを持って立ち上がる。


「悪い、少し時間を取っちまったな」

「仕方ない事よ」


 鬼灯も立ち上がる。その感情の無い口調も愛着が湧いてきた。恋に振り回される様な安いハートは持ち合わせて居ないが、多少は補正がかかり始めたみたいだ。


「七海君」

「ん?」

「何故、迎えに来てくれたの?」

「何となく、絡まれてる気がしてな」

「そう。ありがとう」


 無感情でそう言う鬼灯は鋼鉄のハートを持ってんなぁ。


「行きましょう。父が待ってるわ」

「ああ」


 さて、ご家族と対面だ。気合いを入れて行くぞ。

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