第533話 100連勝するんじゃ~

「世界は広いわね」

「あれは次元が違うヤツだよ」


 番長との戦い後、集まった『ストレジェ』プレイヤー達は今回のアプデを堪能し始める。

 そんな中でも鬼灯は無双状態だったが、マスター・ナツの『ハルト』には手も足も出ずにボコボコにされた。

 カボチャの被り物で視界は良くないハズなのに器用なモンだ。


“オーガよ。お主は世界を狙える逸材じゃ。負けた理由は世界を知らなかった故。わしの居るステージに来たければアメリカに行けい!”


 滅茶苦茶偉そうなマスター・ナツの言葉は、圧倒的なプレイヤーだからこそ許される発言。そうじゃなかったら生意気なメスガキである。


 そんなマスター・ナツは門限だとかで“カツ”って言う背の高いブラジル人の女性が迎えに来た。“カツ”は席に座る彼女を後ろから捕まえる様に軽々と持ち上げて逃げない様に肩に担ぐ。


“ほーら、帰るよサマー”

“100連勝するんじゃ~”


 と、手足をじたばたするマスター・ナツの断末魔を俺たちは微笑ましく手を振って見送った。


 俺も『フェイスII』で鬼灯と戦った。そして、直に戦り合って解ったが……鬼灯はマジで強い。

 『フェイスII』はパワードスーツを着た女で中近接距離のキャラだ。時間差で攻撃を仕掛ける“オプション”と呼ばれる設置系の飛び道具とパワードスーツによって強化された拳を使ったトリッキーな攻めが出来る。

 ゲージ技は『オーバーハウンド』と言い、一定時間、自分を強化するモノ。

 通常攻撃も削りになり威力が上がる。オプションの攻撃回数と持続時間が倍になり、正に攻めのゲージ技だ。その変わりに受けるダメージは1.5倍と言うリスクがあるが、そこらへんは使い手次第だろう。


 俺は最初こそ立ち回りで1ラウンドは取れたものの、そこから対応されたら手も足も出なくなった。

 ガイアとのシンクロ率がマジで高けぇ。

 そんな鬼灯を一方的に下したマスター・ナツは更に上か。制限の無い世界である。


「いや、ホントさ。鬼灯は強いな」


 俺はずっと戦い続ける鬼灯に自販機で飲み物を買ってあげて横に置く。


「七海君」

「ん?」


 俺は自分のジュースを空けながら鬼灯に返答する。


「ガイア以外も使ってみたいわ」

「お、ハマり始めたな。何なら追加された『ヘルシング卿』はどうだ?」

「七海君の使ったキャラがいいわ」

「そうか? 俺の使ったキャラは『フェイスII』だ。その端にフルフェイスのキャラがいるだろ――」


 『フェイスII』に鬼灯が興味を持ってくれて使い手としては嬉しかった。

 ユニコ君から貰った一回無料券は鬼灯の『フェイスII』のデビュークレジットに使われた。






「……鬼灯って何でも出来るよな」

「そうかしら?」


 帰り道。俺は昨日と同じ様に鬼灯を家まで送っていた。その際の話題は『ストレジェ』である。


「数回やっただけで『フェイスII』を簡単に使いこなしやがって」

「七海君の教え方が良かったのよ」

「一応は褒め言葉として受け取っとく」


 既に鬼灯の『フェイスII』の動きは俺と同格かそれ以上だ。くっ、更なる研鑽を積むか? いやいや……鬼灯と張り合ってどうするんだよ……しかし……男として持ちキャラで負けるのは……むむむ。


「そう言えば、何故名前は『フェイスII』なのかしら?」

「ん?」

「だって『フェイス』でも良いしょう? 何故『II』をつけるの?」

「それについては色々な考察があってな」


 俺は持ちキャラ故に『フェイスII』の今解っている情報を鬼灯に教えてあげた。


 『フェイスII』は『ハルト』を狙う刺客の一人として現れ、その戦いで『ハルト』は隠していた己の力を初めて表に出す。

 そして、『フェイスII』のアーケードストーリーでは『ハルト』を狙った理由は、彼を餌に父親を捕まえる為だった事が判明。

 『フェイスII』は己に設定された“寿命タイマー”を延長する為に、その基礎をデザインした『ハルト』の父親を探しているとの事だった。

 事情を知った『ハルト』は主人公ムーヴで『フェイスII』に父を見つけたら連絡すると約束して和解。別々に行動する事に。

 その後、色々な場所へ赴き、『ガイア』と戦ったり『ヘルシング卿』と顔を合わせたりと、『ハルト』の父親の情報を求めて他キャラのストーリーでもちょくちょく顔を出す行動を取る。そして最後は国際警察の『木暮警部』と共に『ヘルシング卿』と戦うハルトの元へ向かう所でストーリーは幕を下ろす。


「結局、何故『フェイスII』なのかは解らないのね」

「でも、設定や会話の節々で推測できるトコはあるんだ」


 今公開されているストーリーでは『フェイスII』の事情が語られただけでキャラクター事態の深掘りは無かったものの、確定に近い推測は立っている。


「まぁ、俺としては名前とかよりも『フェイスII』が女だったってことが衝撃でな」

「そうなの?」


 『フェイスII』の顔はゲーム内でも常にフルフェイスで覆われており明かされる事はない。唯一、ストーリーモードのラストに戦った『木暮警部』と描写でフルフェイスが取れるシーンがありそれを見た警部の“レディにはもっと似合うドレスがあるだろう?”と言う発言からでしか判明しないのだ。

 そうか、俺は知ってたから当然のようにスルーしてたが、鬼灯は知らないのか。


「戦闘音声も男だし、動きも男っぽいからな。俺も勘違いしてたんだ」


 『フェイスII』が女なのは確定情報。別にストーリーモードをやれば判明する事なので『フェイスII』をかじれば誰だって知ってる。


「まぁ『木暮警部』はプレイアブルに来るだろうからな。今から楽しみ――」


 と、鬼灯の視線に彼女を見るとこちらをじっと見ていた。


「あ、悪い。何か熱が入っちまったな」

「いいえ。何かに一生懸命になる事ってとても素敵よ」


 そう言って鬼灯は笑った。無機質な雰囲気から唐突に見せるこの笑顔は、正直言って反則だと思う。何か俺にだけ見せてくれてるみたいでさ。

 少しも恥ずかしくなって無言で歩く。鬼灯もこちらの空気を察してくれたのか無言のまま並んで歩いてくれる。


 すると、彼女の家の前に着いた。


「今日は七海君が居てくれて助かったわ」


 戻ったマシンフェイスで鬼灯は告げる。


「番長の時は何も出来なかったけどな」

「七海君が後ろに居てくれたから彼に勝てたのよ」


 精神的に助かったと言うヤツか。まぁ、彼氏役は十分にこなせたと思う。

 ……いや、そうじゃない。俺は鬼灯と一緒に居て楽しかったし、また会いたいとも思っている。


「じゃあね」

「なぁ、鬼灯」


 扉に手をかけた鬼灯の背に俺は告げる。


「互いに“役”は止めにしないか?」

「…………」


 鬼灯は察しが良い。俺が何を言いたいのか理解してくれただろう。

 彼女は少し考える様に動きを止めていた。そして、


「七海君。私も貴方とはそう言う関係になれたら良いと思うわ」


 何か、ワケのありそうな言い回しだ。鬼灯が続ける。


「……明日、私の家族に会ってくれる?」

「いいけど……告白の答えはこの場では出せないのか?」

「明日を終えてから……また七海君の方から決めて。どんな答えでも私は傷つかないから」


 駅で待ち合わせましょう、と鬼灯は最後まで背を向けたままそう言うと家の中に入って行った。


「……色々と事情はあるか」


 俺は鬼灯の意を組んで明日に彼女の家族に会うことにする。連休は最終日で塾は休みの日だしな。

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