第523話 彼の決めた帰る場所

 完全に夜になり、冷えてくる時期にも関わらず、公民館の外でのBBQは続いていた。


「ほー、音無さんは店長やってるんだ」

「店長って言ってもただの中間管理職ですけどね」


 カレンの次の話し相手は小鳥遊楓だった。

 会話をしていたアヤが帰ってしまった為に、暇させるのは不本意として楓が声をかけたのである。


「いやいや、人の上に立つって中々難しい事だよ。部下に店にお客の事も気にかけなきゃでしょ?」

「部下って言うよりは大半がバイトですけど、良い子たちばかりですよ。店の事もお客さんも私の方が助けられてばかりで」

「それで、息子さんの世話もあるんでしょ?」

「息子の育児はママ友にも助けられて何とか越えられました。今は寮で生活してます。早くに一人立ちしちゃった感じです」

「寮って事は、お子さんは中学生?」

「いや、高校生ですよ。今年で一年生」


 あら本当? と、楓はカレンの童顔から想像を一つ越えた経歴である事を悟る。


「寂しくならない? 帰っても一人でしょ?」

「正直、無くはないですけど。まぁ仕事でもプライベートでも騒がしい子は沢山いますから」


 ケンゴの事? プライベートではそうですね。などと会話をしつつ息子の意思を尊重し、独身のような生活を送っている事を語った。


「それに、本格的に寂しくなったら会いに行ってますし、早く子離れをしないとなーって」

「そんな必要は無かよ」


 カレンの言葉を優しく諭す様に楓は言う。


「音無さんは、息子さんから離れる必要は無か。きっと、息子さんもそれが一番嬉しいハズじゃて」

「――――ハハ。そうですね」


 参ったなぁ。また、ダイキに会いたくなってきちゃった。


 そこへ、シズカと共にリンカが戻ってくる。


「ただいま」

「おかえり。ケンゴとは会えた?」

「会えたよ。カレンさん、あたし――」


 リンカの提案にカレンは、じゃあ帰るか、と微笑む。


「小鳥遊さん。私たちはもう帰ります」

「あらら。そうなの? 残念ねぇ。そっちの子とも話をしたかったんだけど」

「私とこの子も明日は仕事と学校なので」


 それじゃしょうがないねぇ。と、二人の会話を聞いていた、ジジィズが寄ってくる。


「何っ! カレンちゃん帰るんか!?」

「夜はこれからじゃと言うのに!」

「アヤたんは帰り……カレンちゃんも帰るなら、場はどんどん老けて行ってしまう!」

「どーにかせい! 竜二!」

「え? 俺?」


 唐突に矢を立てられた竜二はカレンと目を合わせる。

 カレンは、またね、と簡単にウインクしてバイクへ。リンカはほとんど挨拶出来なかった事を謝る様に、一度ペコリと丁寧に頭を下げてカレンの後に続いた。


「…………」

「風来みたいな人じゃな。まぁ、ちっこい方は年末にケンゴが連れて来るじゃろ」

「お袋」

「ん?」

「カレンさんと話したんじゃろ? 彼女、どういう経歴?」

「フッ……自分で連絡先の交換をしてこんかい!」


 バシィ! と背中を叩かれて、竜二はワタワタと走り出す。

 そして、バイクのエンジンをかけてヘルメットを着けるカレンと連絡先を交換した。


「全く、嫁は待っとっても来んってのに」

かかととはどこじゃ?」

「ん? あっちで里の明日の予定を話しておるが」

「そっか」

「何かあったか?」

「ゴ兄が車出して欲しいって」






「…………」


 オレは母屋の居間のノートPCをオフラインにして改めて父さんのUSBに記録された日誌を見ていた。


“良いかい、ケンゴ。これは肌身放さず持っておくんだ”


 そう言ってラップにくるんで、防水対策を施したUSBをあの船ではずっとポケットに入れていた。

 今なら日誌を見て『フェニックス』に関して何かしら解るかと思ったが……やはり素人目には何も理解出来ない。


「サマーちゃんに頼るしかないかな……」


 コレを彼女の元へ持って行って事情を話そう。ショウコさんともキスをしたワケだし(二回)。過去の事も含めて全て打ち明けて筋を通した上で、協力を求めなければ。


「ビクトリアさんに死ぬほど蹴られそう」


 彼らはこの日誌と『フェニックス』を疑わないだろう。必要であれば、オレの血液を提供しても良い。本格的に検査をすれば何らかの痕跡があるハズだし、何も無ければそれはそれで、万々歳だ。


「…………」


 オレは父さんの日誌をPCのデスクトップにコピーする。少し時間がかかりそうなので、一旦、荷造りに席を立つ。


「ケンちゃんや。何やら真面目にPCと向かい合っとった様じゃが――」


 すると、席を立った時にばっ様が声をかけてきた。


「エロ画像の移動は時間がかかるぞい」

「違わい!」


 普通にそう言う事言う! こっちは日誌をいつでも読めるようにしてやってんのによぉ!


「将平の日誌か?」

「そうじゃよ」


 ばっ様は移している画面を見て、次にオレを見る。


「どうやら、少しは自分に正直になれたようじゃな。やはり、決め手はおっぱいか。リンカ嬢はおっぱいデカかったからのぅ。いやはや、ばっ様は安心したぞい。ケンちゃんがEDになってたと思って各方面に手を回す所じゃった。あの未成熟な身体に搭載されたおっぱいのおかげじゃろ? 年末にはリンカ嬢とその家族を連れて来るんじゃろ? 子供であれとは……母親はどれ程のモノなんじゃろな? ケンちゃんや」

「一回の発言で三回もおっぱいって言いやがって……」


 しかも、殆ど胸の事しか言ってねぇ。

 なんだか……年末にリンカとセナさんを連れてくるのが不安になってきた。


「ほっほっほ。何にせよ、後に家族になるんじゃろ?」

「それは……」

「なんじゃい。まだ、足りないのか? おっぱいが足りんのか!?」

「そう言う事じゃないって! こっちにはこっちの覚悟がいるんじゃ!」


 弱いところを見せちゃったし、リンカにとっての頼れるお兄さん枠を少し外れてしまった可能性がある。

 文化祭までに状況を修正し、年上としてきちんと告白に対する解答せねば!


「リンカ嬢は良い子じゃ」

「知ってるよ」

「離すなんて阿保な真似はするなよ」

「……解ってる」


 オレの解答は里に来た時とは違うモノに変わった。ソレをキチンと伝えるとしよう。

 すると、コピーが終わった。オレはPCからUSBを取り外す。


「父さんの日誌じゃ。オレが黙ってた事が全部載ってる。これを見て――」

「ケンゴ」


 珍しく名前を呼び捨てするばっ様は微笑みながら、縁側へ視線を向ける。


「行くならジョーへ挨拶をして行け」

「――わかってるよ。祖母ばあちゃん」


 オレは縁側に座るジジィの背中へ歩み寄る。

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