第522話 電話してくれー!

「これにて、荒谷蓮斗は帰る事とするぜ!」


 アヤが夜の便で帰る事になり、蓮斗とハジメも帰り支度を行っていた。

 ハジメは一足先に里の世話になった者達へ挨拶を行い、車を取りに行く。

 蓮斗も熊殺しの武勇伝を聞かれたり、常人を遥かに越えるパワーを見せたりと、お祭り気質な彼は里の者達からも好印象だった。

 そして、最後にユウヒとコエに声をかける。


「ちび助二人に寂しい思いをさせちまうと思うと、俺様も心苦しい。しかし、わかってくれ。この荒谷蓮斗を求める人間は沢山居やがるんだ。そいつらの為にも俺は帰らなきゃならねぇ」

「壮大な事を言ってるけどね。別にワタシ達は寂しくないから」

「なんか、蓮斗さんって呼んだらすぐ来そうな感じだし」

「中々に達観してやがるな、ちび助共。なら、コイツを取っときな!」


 と、蓮斗は自分の名刺を二人に渡した。


「ソイツは俺様への直通番号だ。困った事があったらいつでも連絡してくれや」

「蓮斗、これ二枚目よ」

「初日で貰ったよね」

「なに!? 完璧に決まったと思ったら、どうやら外しちまった様だな!」


 まぁ、引っ込めるのも何だから取っててくれ。と蓮斗は二枚目の名刺もあげる事にした。

 するとスマホが鳴り、ハジメから荷物を積み込む様に告げられる。






「アヤはもう帰るんだ」

「はい。この里で見聞きした事を父に報告したいのです」


 カレンはアヤが夜の便で帰る事を聞く。元々彼女は国外の人間だ。こうして直接話す機会は多くないのかもしれない。


「ケンゴとは結婚は無くなったけどさ。実は良い人とか居たりする?」

「善き殿方は沢山いらっしゃいます。ですが……今は考えておりません。それに、お兄様と比べる事になりそうですし」

「それならすぐに恋人が出来そうだね」


 ケンゴはちょっと元気な兄貴分だ。アヤの住む世界には見た目も性格も格上がゴロゴロ居るだろう。


「そんな事はありません。今までの社交関係でも……お兄様以上の方に心当たりはありませんから」


 ありゃ、がっつり吊り橋効果乗ってんねぇ。ホントにケンゴは罪作りなヤツだな。

 すると、公民館の前に乗用車が止まる。それに向かって蓮斗が荷物を運び始めた。


「もう、時間です。名残惜しいですが」

「最後に話すのが私で良かったの? 身内とかケンゴじゃなくて」

「カレンさんとの関わりをもっと深めたかったのです。改めて、素晴らしい方だと言うことがわかりました」


 ホントに良いだなぁ。息子に好きな子が居なかったら一番に紹介しただろう。


「私があんたに教えられるのは人生観だけだけどさ。何かあったらいつでも連絡しなよ」

「ありがとうございます」

「アヤの姉ちゃん! 行こうぜ!」


 車の前に待つ、蓮斗とハジメの元へアヤは歩き出す。


「それでは、次の再会を楽しみに致します」


 アヤは、カレンとBBQを楽しむ里の面々に一度深く頭を下げて車に乗り込んで行った。






 乗せるモノを全て乗せた乗用車はエンジンがかかり、発進する。

 その様子をギリギリまでユウヒとコエも見送った。


「……」

「蓮斗さーん! ハジメさーん! 綾さーん! また来てねー!」


 寂しそうな顔を隠すように言葉を閉じる姉の横でコエが珍しく大声を出す。


「蓮斗ー! 絶対にまた来なさいよー!」


 助手席から顔を出して振り返って手を振る蓮斗は、電話してくれー! と叫び返した。






「うーむ」


 シズカはケンゴが座っていた縁側で足をパタパタさせていた。三匹はケンゴを待つように門と山の方面を見ている。


 ゴ兄とリンカさんは山に行っちまったのぅ。懐中電灯と熊避けの鈴は持って行ったが……もう日が暮れてもうた。

 多分、ゴ兄の好きなトコじゃ。迎えに行った方がええか。

 ぴょん、と縁側から飛び降りる。


「よし、行くかのぅ」

「座っとけ」


 すると、その場に腕を三角巾で吊ったジョージが母屋から現れた。三匹は三犬豪と成り、ジョージの前におすわりする。


「じっ様。ゴ兄もリンカさんも帰って来ん。何かあったのかもしれん」

「しばらくしたら戻ってくる。もう少し待っとけ」

「そうかのぅ」


 夜の山は危険だ。懐中電灯があるとはいえ捜しに行って二重遭難の危険もある。

 その時、三犬豪が何かに反応する。しかし、耳を動かしただけで、ジョージの命令があるまではその場から動かない。


「迎えに行け」


 その言葉に三犬豪は門の方へ、たー、と走って行った。その後にシズカも、ゴ兄ー、リンカさーん、と続く。


「…………」


 アキラの好きなあの場所はケンゴにとっては特別な場所だ。

 そこへ外から来た者を連れて行く意味を知ってるジョージは、孫がどんな選択をしたのか、縁側に座って待つことにした。

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