第450話 そこは……アドリブでなんとか
「私も同行させて頂きたく存じます」
そう言ってアヤさんは刀を持って現れた。
昼間のきっちりとした帯の着物ではなく、浴衣の用な軽い印象を受ける着物と帯に、タスキで腕回りを捲り上げている。白足袋に草鞋も完全にマッチし、彼女だけ江戸時代からタイムスリップして来たと思わせた。
それでいて、気品と美しさも感じられるが、身に纏う気迫は武者のソレ。完全に討ち入りスタイルだ。
「私に出来る事を考えていました。そして……ケンゴ様、貴方様を無事に帰す事。それが私の成す使命であると悟ったのです」
強く決意した瞳。それは純粋な気高い心でなければ作る事が出来ない程に美しいものだった。
ユウヒちゃんなんて、かっこよさから惚けてるし。
「えーっと……って事は、君は命を賭してオレを助けてくれるってこと?」
「はい。その覚悟は出来ております」
「じゃあ、お留守番で」
「え!?」
え!? じゃ無いんだよなぁ……
「な、何故ですか!」
「いやいや……本当に命をかけそうなんだもん。君」
「その気概で行かなければ……」
「君に何かあったら圭介おじさんと奏恵おばさんに顔向け出来ないからさ」
「それは……ち、父が居れば、共に行く様に背を押すハズです!」
「それなら圭介おじさんの方がついてくるよ。いや、そもそも……おじさん一人で全部解決出来ると思う」
「うぅ……」
アヤさんは刀を持ってしょぼくれる。
圭介おじさんの実力をオレよりも知る彼女には決定的な事実だろう。
「て、ですが! 貴方はこの里に必要です!」
「里の人間に優劣は無い。皆、横並びの家族だよ。無論、君もね」
「……」
お、やっぱりか。この手の真面目な性格には“家族”と言うワードは結構刺さるのである。
無論、オレも熊吉との戦闘を考えていないワケではない。その為に、防刃ベストと外の倉庫に眠ってた古い小手、ファブリーズを持ってきているのだ。
「って、事でオレらは行くからね。皆には適当に言いワケしといてちょうだい」
「あっ……」
これ以上、時間を取られるのも良くないし、まごまごしてると他に気取られる可能性もあるからね。
「おーい、アヤの姉ちゃん。どこに行くんだよ」
すると、公民館から声がかかる。例の超人クンこと、荒谷蓮斗が靴を履いて出てきた。
「ん? 鳳の旦那じゃねぇか。それにちび助も。コンビニでも行くのか?」
オレらの雰囲気と装いを見て、コンビニへの外出だと思えるコイツは中々に大物だな。いや……まてよ……
「なぁ、荒谷クン」
「俺の事は蓮斗って呼び捨てで呼んでくれ旦那。あんたから君付けされる程に俺は立派じゃねぇ」
ふむ。単純かと思いきやショウコさんの一件で中々に協力的な様子だ。
「蓮斗、力を貸してくれないか?」
オレはコエちゃんの救出作戦に蓮斗をメンバーに入れる事を考えた。
この二メートルに届く体格は隠密には不向きだが、そのデメリットを打ち消す程の身体能力を彼は持つ。
失敗したとはいえショウコさんを、あのストーカー野郎から一時的に逃がし、数人の『処刑人』もどきを足止めするなど、並大抵の事ではない。
利用できるモノは利用する。社会人になってからついた悪知恵だ。無論、アフターケアはきちんとしますよ。
「よくわかんねぇが。旦那にはデカイ借りがあるからなぁ。勿論、オーケーだぜ! って言いたい所だが、俺は今依頼を受けてる最中でな」
「依頼?」
「ハジメと一緒にアヤの姉ちゃんの警護だ」
あー、それで送迎とかに二人で来ていたのか。
「『何でも屋“荒谷”』は依頼を股がりはしねぇ! 受けたモノから優先的に終わらせて次を受ける! それが、この荒谷蓮斗の生き様よ!」
「むむむ」
中々に正論を言いよるわい。確かに横入りは社会にとっては最大級のタブー。関係者全員が納得出来る形ならば問題は無いのだが。
「ケンゴ様」
アヤさんが再び前に出てくる。
「やはり……此度の作戦はお二方だけでは不安要素が多いと思います。この用な言い方は大変心苦しいのですが、私を側に置いて頂ければ、蓮斗さんも歩みを共にしてくれるでしょう」
アヤさんの言葉はどこか懇願する様だった。
当初の予定通りにユウヒちゃんと二人で発っても良い。しかし、不測の事態に陥った時に、オレ一人でユウヒちゃんとコエちゃんを護れるかと言われると確実な事は言えない。
一度、断った手前、少し気まずいが……
「わかったよ。アヤさん、一緒に来て」
「! はい!」
ここ一番の嬉しそうな彼女の笑顔。滅茶苦茶可愛いじゃねーか!
「なんか、よくわかんねぇが。俺様も着いていく形で良いんだよな?」
「それは勿論」
「蓮斗さん。頼りにしてます」
「蓮斗。もう本気を! 本気! 負けたら駄目なんだからね!」
「ガーハッハ! 安心しな、ちび助。この俺、荒谷蓮斗は常に成長してんだ! 二日前よりも更にパワーアップしてるぜ! もう、獅子堂の爺さんには遅れは取らねぇ!」
「そいつは聞き捨てならねぇな」
すると、ぬぅ、と現れたゲンじぃにオレたち四人は各々で身構えた。
オレは、やー! と適当に構えて、アヤさんは刀を握り、蓮斗は驚いて、ユウヒちゃんはサッとオレの影に隠れる。
気配が無かった!? いくら会話に集中していたとは言え、声をかけられるまで全く気がつかなかった。
二メートルの体躯でその隠密力……やっぱり、ジジィの世代は化け物か!
「おう、お前ら。もう寝るんだろ? 何を外でギャーギャー騒いでやがる」
「ゲンじぃ……ちょっとコンビニ行ってくるよ」
「この里にコンビニはねぇぞ、ケンゴ」
まだ出来て無いのかよ!
「ゲンお爺様……私達は夜風を当たりに行こうと思います」
「風は全く吹いてねぇけどな。後、刀は必要ねぇだろ、アヤ」
うぅ……と流石のアヤさんも咄嗟に辻褄の合う言い訳は出てこなかった。
「獅子堂の爺さんよ……あれだ……俺達はコンビニに――」
「だから、コンビニはねぇって、蓮斗」
まぁ、蓮斗は言い訳する様な性格じゃ無さそうだからな。
「ゲ、ゲンお爺ちゃん! 私達はコエを助けに行くの!」
するとユウヒちゃんだけが前に出ると本音で訴えた。
あぁ……オレたち成人組は何かと言い訳する生物になっちまったんだなぁ、と彼女の純真な様を見せられるとズキリとする。
「ケンゴ」
「へい!」
「プランは?」
「こっそり救出」
「熊吉らに捕捉された場合はどうする?」
「そこは……アドリブでなんとか」
「……」
ゲンじぃは腕を組んで考える。くっ! もしNoを出されたらオレらでゲンじぃを制圧できるか!?
「わかった。やるだけやってみろ」
すると思った以上に上振れた回答が帰ってきた。
「危険度はかなりあるが、奴らも昼間で消耗してるからな。それにコエがどこまで耐えられるかわからん以上、なるべく早い方が良い」
「わかった。じゃあ、もう行くよ」
「待て」
まだ何か?
「誰がガキ共だけで行かせるって言った? 俺も行くぞ」
凄まじく頼もしい台詞と共にゲンじぃはニカッと笑った。
なーんか、生徒だけで行く卒業旅行に友達の親もついて来た様な感覚だなぁ……とオレは感じる。まぁ、何はともあれ――
獅子堂玄、参戦ッッ!!
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