第448話 ホイホイついて来るわい
「ここまで来れば大丈夫そうだな」
「ですね」
七海と天月は公民館が見えてきた所でようやく警戒心を解いた。
「ケイ……もう大丈夫」
抱えられているユウヒは七海にそう言うと下ろしてもらった。不安そうにしている彼女を安心させる為に七海はその頭に手を置く。
「コエは大丈夫だ。絶対に助けに行くからな」
「……うん」
「ユウヒちゃん。安心してくれ」
天月は何でもない様子で微笑む。
「俺がここに居る。天月家でも最高到達点と言われているこの俺が、もう誰の涙も流させはしないよ」
「う……うん……」
天月のイケメンムーヴに対して恥ずかしそうに顔を伏せるユウヒ。
よく、そんな台詞がペラペラと出るもんだな。と七海は毎度の様子で呆れた。
「ボサっとせず、公民館に入れお前ら」
その背後から追い抜く様に飛龍が駆け、ボタボタと血を垂らすジョージが三人へ告げる。
すると、公民館の方からアヤとハジメが、七海達が戻ってきた様子を出迎えた。
「お帰りさないま――! お爺様!? その怪我はどうなされたので!?」
「! トキさん! 来てくれ! トキさん――」
「仰々しく騒ぐな」
ジョージの片腕の負傷具合を見て、アヤは駆け寄り、ハジメはトキを呼びに行く。
「新次郎。疲れてるとこすまんが、ロク達を呼んできてくれ」
「わかりました」
「ケイ、状況の説明を面子に頼む」
「あ、ああ。それは構わねぇけど……」
止血はしているものの、相当深い傷を負ったジョージが平然としている様子に流石の七海も狼狽える。
「じぃ様……」
「コエはすぐに助けに行く。ちと待て」
「……うん」
「あーあー、やっちまったなぁ! じっ様よ」
公民館から出てきたトキは負傷したジョージを見て開口一番にそう言う。ヨミも自身の仕事道具を持って現れた。
「ジョー、何やったの?
「熊にやられた。感染症の危険もある。抗生物質と縫合を頼む」
ヨミは即座にモルヒネを打ち、上腕部を縛って血を止め、吸引器で傷回りの血を綺麗にして、慣れた様に縫合を始める。
そこにゲンもやってきた。
「熊吉か?」
「その取り巻きだ。ワシも歳だな」
「顔色から血も相当持ってかれたのぅ。二日は安静じゃ」
「そんな暇はない。コエが孤立した」
ジョージはコエが取り残されている事を簡単に場の皆へ告げる。
「詳しくはケイに聞け。ワシはロク達を指揮して、助けに――」
「ヨミ、麻酔だ」
「おっけ」
ゲンの指示に、プスリ、と麻酔を打たれてジョージは瞬時にカクンっと意識を失った。
「まったくよ。真っ青な顔で今にも倒れそうなクセに動こうとすんなっての」
「全くじゃ。それにしても……里の中に現れるとはな」
ジョージの負傷に取り残されたコエ。珍しくトキも頭をひねった。
その後、手当てを済ませたジョージを布団で寝かせて、ロクたち銃士隊によってコエの救出が行われる。
しかし、熊吉たちは母屋の回りをウロついており手が出せなかった。
「母屋にコエが居る以上、銃は使えない」
コエは補聴器を落として、こちらの声が聞こえない状態だ。母屋の中に隠れてはいるだろうが……銃を使って怪我をする可能性が1%でもあるのなら絶対に使用は出来ない。
偵察から戻ったロクは現状で打てる手は即断で思い付かなかった。
「奴らは腹を空かしとる。仕留めた熊肉で釣るのはどうじゃ?」
「それができるなら山の罠にも熊は引っ掛かってる。ジョーの話だと熊吉が取り巻きに制限をかけてるらしい」
「銃なし、ジョー無し、で行くのは危険すぎるぜ」
「ジョーの容態は?」
「倒れる寸前まで血を失ってたから。今はぐっすりしてる」
「下手したら丸一日は起きん。しかし、ジョーが起きるまでコエは放置できんぞ」
「まぁ、まずは飯を食うか。腹を満たさんと、良い考えも浮かばんわい」
こちらが万全でなければ二次被害が生まれる可能性は高い。それ程に現状は難しい盤面だった。
「トキ」
「なんじゃ? ヨミ」
「抗生物質は持ってきてなかったから、公民館の救急セットから使ったから」
「……開けたんか?」
「? まずかった?」
「いや、別に構わんよ」
ジョージには内緒にしているが、母屋と公民館にある救急セットは開けると特別な信号が発信される仕様になっている。それを知るのはトキと楓だけで、ソレの届き先は政府の執務室だった。
「まぁ、こんな状況じゃしのぅ」
「……」
「アヤ。飯が出来たで。熊肉のBBQじゃ」
「……お婆様。私は自分を歯痒く思います」
アヤは公民館から路上に出て、七海達が逃げ帰ってきた道を見据えていた。
「コエさんは今も不安であるハズです。皆さんはやれることを精一杯考えているにも関わらず……私は何も出来ません」
私は……コエさんを助ける為に何が出来ると言うのだろうか……
「ええ経験をもらっとるなぁ」
「え?」
「アヤは物事を苦に感じた事は殆んどないじゃろ? じゃから現状を噛み締めるとええ。『神島』はずっとこんな感じじゃからな」
「…………」
アヤが里に永住する事を考えているのなら、今も“己は無力”だと思い込む事は間違いであると自身で気づかなければならない。
「……お婆様」
「ん?」
「あの方なら……この状況を動かせますか?」
アヤの言う“あの方”が誰なのかトキはすぐに察した。
「うーん……どうじゃろなぁ。まぁ、これからタツヤも来るし、居ないよりはマシじゃな。拉致してくるか?」
「拉致……はしませんが。必ず説得しお連れ致します」
「まぁ、アヤが声を掛ければホイホイついて来るわい。それくらい単純じゃからな、ワシらの孫は」
行って参ります。とアヤはトキに一礼すると、ハジメと蓮斗に送迎を頼み、ケンゴの元へ向かった。
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