第434話 ケンゴ様の許嫁です

 オレは階段を降りると赤羽さんと和風美女の前へ。


「あの……祖父の件と言うのは?」

「その事は彼女が説明してくれるだろう。じゃあね」


 赤羽さんはそう言うと部屋に戻り、和風美女は前に出て丁寧にお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。私は白鷺綾しらさぎあやと申します」

「どうも……鳳健吾です。……白鷺……綾さん?」

「はい。父は白鷺圭介です」


 あーうん。それは一発でわかった。白鷺でオレに用なんて、圭介おじさんの身内くらいだ。しかし、彼女とは初対面だが……白鷺綾……どっかで聞き覚えが……


“アンタ、超絶美人の許嫁とか居る?”


 あっ、熱を出したリンカを迎えに行った時の夜にカレンさんとの会話で出た名前だ。


「私は貴方様の許嫁でございます」

「……」


 やべぇ、思考が追い付かないぜぇ? 圭介おじさんに娘が産まれたって話しは、海外に居たときに聞いた事がある。しかし……許嫁とか、そんな事は全然聞いてないし、オレは歳の近い幼馴染みなんかも居ないのだ。


 こう言うのは昔に少しでも接点があって、今も想い続けて会いに来ました! 好き! っていうパターンなんだろうけど……オレの幼少期の思い出は、ワンコロどもと山や川で蝉とかクワガタを追っかけた記憶しかない。

 その後、竜二やシズカが現れたら兄貴分として世話したくらいだ。

 こんな、空前絶後の絶滅危惧種たる大和撫子100%な美女とは接点など欠片もないぞぅ。


「……人違いじゃない?」

「いいえ。父は確かに貴方様の元へ嫁ぐ様に私を教育なさいました」


 圭介おじさん……ちょっと後で連絡しないとなぁ。同姓同名で人違いしてますよ、って。


「まぁ……その話しは一旦置いておこう」

「はい」

「それで、ウチのジィさん……何かやらかしたの?」

「……お話致します。今現在、『神ノ木の里』がどの様な状態なのかを」


 そう言って綾さんは説明をし始め、それを聞いていくオレは思わず目を見開く。

 そして、彼女と共に里へ帰らなければならないと決心した。






「……」


 文化祭の準備で少し遅くなったけど、夕飯の準備には問題ない。それに、このくらいの時間なら彼も帰ってきてるだろうし。


「さて……どのタイミングで渡そうかな」


 あたしは鞄に入った文化祭の来客チケットを意識する。すれ違うかもしれないから、顔を合わせたら……いや、夕飯に誘おう。それなら確実に渡せ――


「……ん?」


 アパートの入り口に一台の乗用車がエンジンをかけた状態で止まり、その横に和服の女の人が立っていた。

 すると、あたしの視線に気がついた女の人は微笑むと会釈してくる。


「こんばんは」

「……こんばんは」


 物腰柔らかそうなイメージと気品ある雰囲気から、お姫様、と言う表現がしっくり来る。

 明らかにウチのアパートに用がある感じ。赤羽さんのお客さんかな?


「こちらにお住まいの方でしょうか?」

「え……はい……」


 口調まで気品に溢れている。何て言うか……オーラが凄い。住む世界の違うって感じる人間って本当に居るんだなぁ。


「お騒がせして申し訳ありません。もう間も無く、出立致しますので」

「お構い無く」


 あたしが気にする事じゃないか。今は彼にチケットを渡すためにどうするかを――


「あ、お帰りリンカちゃん」


 階段から降りてくる彼と鉢合わせた。直ぐにチケットの話をしようと思ったが、私服で少し大きめのバッグを持っていたので、言葉が止まる。


「ちょっとこれから田舎に帰らないといけなくなってさ」

「そう……なんだ……」

「ごめん。ちょっと急いでるから」


 そう言うと彼はエンジンのかかっている車のトランクを開けるとバッグを入れる。


「……あの」

「はい?」


 その車に乗ろうとする和服の女の人へあたしは何とか声をかけた。


「これは……いや……貴女は……」


 心の中でかつての不安が甦る。彼が急に海外転勤になったと言った時の……あの不安が――


「失礼しました。私は白鷺綾と申します。ケンゴ様の許嫁です」

「――――」


 丁寧にそう告げる彼女。あたしは持っている鞄を落とし、何も言えずにただ佇んでしまった。


「リンカちゃん、後で連絡するから――」


 彼が何か言っていたが、そんな言葉も聞こえない程に……あの時の……彼の居ない三年間が甦る――

 彼を乗せた乗用車はアパートから発進して行く。






 少し残業をしたセナは街灯が道を照らす時間帯にアパートへ帰宅する。


「ただいま~リンちゃん~」

「――おかえりなさい、お母さん」


 台所では、トントントンと夕飯を作っていたリンカが一度手を止めて母を迎える。

 いつもと変わらない声と微笑み。しかし、


「……リンちゃん」

「お母さん。服、着替えて来て。シワになるよ」

「……ええ。そうね」


 何とか外側を作り出していた、中学の頃の娘が目の前に居た。

 マナーモードになっているリンカのスマホにはケンゴからの三度の着信履歴が残っている――

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