第366話 私の胸見て失礼な事を考えただろ?
「……ううん……」
眼を覚ますと今度は保健室ではなく、古い木目の天井だった。
頭には冷えピタ。そして布団の中。正常に働かない頭でもわかる。帰ってきたのだ。そして、少しずつ状況を思い出し――
「――」
敷き布団を捲って自分の姿を確認するとパジャマに着替えていた。自分で着替えた記憶はない。
まさか……彼がやってくれた? 制服を脱がせて意識の無いあたしにパジャマの上下を――
「着せたのは私だからね」
「! か、カレンさん!?」
横からスマホをいじる人物を見て声を上げた。
彼女はダイキの母親で、ママさんチームの一人である。若干のヤンキーな風貌は昔、色々とやんちゃしたとかしないとか。いつも何か咥えている印象だ。現に今も飴の棒が口から伸びている。
「熱はだいぶ下がったね」
カレンはリンカの額に手の平を当てて、大まかな温度を測る。
「頭痛は?」
「まだ少し……」
「喉は?」
「あんまり痛くない」
「吐き気は?」
「特に無い……」
「なら、横になって寝る」
額を、つん、と押されてリンカは布団へ倒れる。
「なんで……ここに?」
「セナから連絡をもらってね。帰ってくるまで居るから安心しなよ」
確かにまだ色々と考えるには少し苦しい。けれど、どうしても聞いておきたい事があった。
「あの……」
「ん?」
「彼は……?」
「ケンゴの事?」
「うん……」
「パンダに連行してもらったよ」
「……パンダ?」
「病人は余計な事は考えずに寝た寝た。次に目を覚ましたらフルーツでも用意しておくから」
「……うん」
そっと額に手を乗せて笑うカレンにリンカも微笑み返すと目を閉じて健やかな寝息を立てる。
「寝たよ」
「そうですか」
オレはアパートの外で柵を背に部屋から出てくるカレンさんからリンカの様子を聞いて一安心した。
「何か必要な物はありますか? 買ってきますよ?」
「私の方で買ってきたから別にいいよ」
そう言ってカレンさんは柵に寄りかかる様にオレの隣にやってくる。
ダイキが童顔な美形な事もあって、その血の大元であるカレンさんもまた、標準以上の顔立ちと年齢よりも幼い見た目をしている。
確実に30代なのだが、オレと同年代と言っても通じる若さがある。ちなみに胸はリンカの方が大きい。
「ケンゴ」
「はい」
「今、私の胸見て失礼な事を考えただろ?」
「はいぃぃぃぃ!!? そ、そんな事ありませんよぉ???」
「ふーん」
と、スマホをポチポチいじり出すカレンさん。通報は……通報だけは勘弁してくだちぃ!!
「か、カレンさん?」
「んー?」
「ど、どこかに連絡ですか?」
「谷高警視」
ヒェ……土下座したら許してくれるかな……
「まぁ、多忙だろうね。エイに振り回されるのが哲章の人生みたいなものだし」
すると、カレンさんはスマホの画面を見せつける。そこはママさんチームのLINE部屋。今着いた事と、リンカが無事な様を伝えていた。
「さっきのは執行猶予にしとく」
「……すみません」
「後でリンカにも聞くからね」
「その時は……何なりと法の裁きに委ねまする……」
「ぷっ」
そんなオレの様子を見てカレンさんは、あっはっはっ、と笑った。
「ごめんごめん。やっぱりさ。ケンゴって面白いわ」
「勘弁してくださいよ~」
オレからすればカレンさんは姉貴の様な存在だった。笑い顔はダイキの様な幼さが垣間見える。
「ほい」
すると、カレンさんは唐突に5000円札を手渡してくる。
「……何のお金です?」
「タクシー代。受け取っときな」
「別にいいですよ」
「ダメ。こう言うのはきっちりしておかないと、お金を出すのが当たり前の関係になるよ。気にしなくて良いよ。後からセナに請求するからさ」
リンカ達が小さい頃、一緒に遠出した時の旅費は後に全部セナさんから貰ったっけ。別にいいと言っても、セナさんが珍しく真剣だったので、後々も受け取るのは当たり前だった。
「それじゃ、お釣渡しますよ。確か……4200円くらいだったんで――」
「別にいいよ。全部あげる」
「いや、流石にそれは……」
「私からのおこづかいね」
おこづかい……いつまで経ってもママさんチームからはオレもリンカ達と同じ様に子供扱いされているのであった。
遠慮しつづけるのも堂々巡りなので、有り難く貰う事にする。
「アメリカに行ってたんだって?」
財布に5000円を直していると近況をカレンさんが聞いてくる。
「はい。三年ほどで戻って来れました」
「人懐っこいアンタの事だから心配はしてなかったけど、切り離せない関係とか出来たんじゃない?」
「まぁ……向こうでお世話になった人達はいますし」
「美人?」
「……あれ? 途中の会話をオレ聞き逃しました?」
「巨乳?」
「あれれ? またまた聞き逃したぞぅ……」
「セッ○スした?」
「そ、それ良いんですかぁ!? ぷ、プライバシー的なヤツで!」
「あっはっはっ! いやー、ホント面白いわ」
「カレンさん……ホント勘弁してくださいよ」
と、カレンさんはオレの機嫌を取る様に飴を一つくれた。鉄板のオレンジ味。
「なんか、カレンさんっていつも飴持ってません?」
「色々と楽なんだわ。子供をあやすのに」
「……」
カレンさんから見たらオレも子供かぁ……
折角なので袋を破いて飴を頂く。昔から変わらない味。
「カレンさんは、今どんな仕事を?」
「んー。24時間ファミレスの店長」
「前はフロアチーフでしたよね?」
「三年前はね」
と、カレンさんは二本目の飴を取り出すと口に咥える。
「ずっと世話になってた店長が退職してさ。違うヤツが本社から来て、ソイツがセクハラ野郎だったんだ」
「マジですか……」
「マジマジ。私も尻とか触られてさ」
なんてヤロウだ。カレンさんの……ママさんチームに手を出すとは! 谷高警視が黙ってねぇぞ!
「そんで、店員とバイトで一致団結して、証拠掴んで追い出した」
「おお」
「私が囮やったんだけどね」
「大丈夫だったんですか?」
「んー、まぁ。ちょっとヤられそうになったけどね。仲間の機転で未遂」
「ちょっ! なんでそんな危ない事を! 哲章さんにお願いすれば良かったでしょ!?」
「決定的な証拠があった方が、警察もすぐに動いてくれるからね。あのクソが手を出している中にはバイトの高校生も居たし」
くっ! オレがその場に居ればパワーボムを決めた後に『お尻調教師』に制裁を任せたものの!
「その後、哲章に証拠渡して即日逮捕ね。その後、代わりの店長が来るまで私が代理やっててさ。なーんか評価されたみたいで、そのまま店長やらないか? って」
そう話すカレンさんはどことなく嬉しそうだ。それだけ、思い入れのある職場を守れた事が嬉しいのだろう。
「好きにやって良いって話しだから。高校生のアルバイトが就職決まって辞めちゃうからさ。ケンゴの方でも誰か勧められそうな人いたらよろしくね」
「覚えておきます」
しかし、意外とカレンさんの条件に合う人は居ないなぁ。
リンカはバイト出来ないし、ヒカリちゃんは働いてる様なものだし、ダイキは野球戦士だし。
「そう言えば、ダイキの活躍は――」
「知ってるよ。恋も悩みも実に青春って感じ。ケンゴも、ダイキの事を気にかけてくれてありがとね」
カレンさんはダイキの事を話す時が一番嬉しそうだ。それは昔から変わらないモノで彼女がいかに息子を愛しているのかが解る一面である。
「そんで、そっちは今日は仕事休み? スーツ姿だけど」
「あ!」
しまった。久しぶりにカレンさんと出会ったのですっかり話し込んでしまった。
「リンカちゃんの事、よろしくお願いします!」
「んー」
手を振るカレンさんにそう言うと、オレは急いでアパートを後にした。
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