第365話 現行犯

「ありがとうございました。お二人様」

「いえ。当然の事をしたまでです」


 ハジメと蓮斗は、女性の勧めで空港のカフェに寄った。そして、先程の件を丁寧に礼されたのである。


「私は白鷺綾しらさぎあやと申します」

久岐一くきはじめです。マスク越しですみません。見苦しい傷があるもので」

荒谷蓮斗あらたにれんとだぜ!」

「久岐様に荒谷様ですね」


 一つ一つの所作に気品に溢れ、それでいて親しみやすさを感じる優しい瞳。美人……と言うよりも本当に別世界の人間と思わせる最上位を彼女は内包していた。

 『白鷺の姫君』。海外で呼ばれているアヤを現す称号である。それは決して比喩ではなく、本物の王族を思わせる雰囲気を彼女は纏っている。


「様づけなど……気軽にハジメとお呼びください」

「俺はな敬語を使われるとケツが痒くなっちまうんだ。荒谷蓮斗! そう呼んでくれりゃいい――痛て」


 ハジメはテーブルの下で蓮斗の足を踏む。そして、下品な言い回しをするな、と笑顔で凄む。


「ふふ。それでは、ハジメさん、蓮斗さんとお呼びしますね」

「よろしくお願いします。白鷺様」

「よろしくな! 白鷺の姉ちゃんよ!」


 するとアヤは、ふむ、と頬を手を当てて首をかしげる。


「どうかしましたか?」

「私だけ敬称をつけられるのは、少々寂しい気持ちです。よろしければ、アヤとお呼びください」

「! そんな。我々は貴女様の付き人です。烏間様からも丁重に扱う様にと……」

「実は私って歳の近い友達が少ないんです。この様な立場ですし。貴女の付き人としての責務は強く尊重します。ですが、お二方と友達になりたいと思う事は贅沢な事でしょうか?」

「……しかし」

「ハジメ」


 すると、コーヒーを飲んだ蓮斗が神妙な雰囲気で告げる。


「俺様はコーヒーってヤツは苦い飲み物だと思って今まで手をつけなかった。けど、こいつは旨いぜ! 痛て」

「“コレ”の言うことは無視してください」

「ふふふ」


 さっきから足を踏むなよ。うるさい。と蓮斗とハジメのコントを見ながらアヤは口元を隠す様に笑う。


「わかりました。では、アヤ様とお呼びします」

「アヤちゃん、でも良いですよ」

「……アヤさん……で」

「ハジメ――」

「喋るな」

「ふふふ」


 壁のようなモノが薄れた所で、ハジメは本題に入る。


「それでは『神ノ木の里』へお連れします」


 アヤがどの様な事情で日本に来たのか。その辺りの詳細な情報はハジメや蓮斗は知らなかった。

 烏間からは、日本にいる間は丁寧にお迎えして『神ノ木の里』へ連れていく様に言われているだけである。


「その前に1つだけ寄り道をしたいのですが。宜しいでしょうか?」

「構いません。お送り致しますよ。どちらへ?」

「この住所へ」


 アヤは自分の手帳を取り出し、最近メモされたページを見せられる。


「アパートですか?」

「はい」

「んん?」


 蓮斗はその住所と書かれたアパート名は見覚えがあった。


「御身内様ですか?」

「そうですね。そうなれば良いと思っている殿方です」


 アヤはどこか使命を帯びた様な真剣な表情でそう行った。






「4280円ね」

「あ、ピッタリあります」


 アパートの前に止まったタクシーからリンカはフラフラと降りる。オレは先に支払いを済ませるとリンカの学生鞄を持って降り、去っていくタクシーを見送った。


 リンカは、階段を上がれず一番下の段で座り込んでいる。どこからか現れたジャックが心配そうにすり寄っていた。


「大丈夫?」

「……あたま……がんがんする……」


 もはや受け答えもつらそうだ。オレはリンカに断ってから鞄の中を漁る。底敷の下に隠してある鍵を見つけ先に二階へ上がり、部屋のロックを解除。鞄を中へ入れてから最後にリンカを運ぶ。


「リンカちゃん、立てる?」

「……ん……」


 と、リンカは座ったまま両手を広げた。


「……ん」


 どうやら、このまま抱き抱えろ、と言う事らしい。昔、おにいちゃん、と慕ってくれた頃を思い出した。


「立ち上がる力は入れてね? 3、2、1――」


 タイミングを合わせて抱き抱える。リンカも手伝ってくれてスムーズに起き上がると、肩を貸しつつ、階段を登り、部屋の扉を開ける。


「……たらいま……」


 癖なのか、部屋に入るとリンカはその様に言った。オレもそれに習って、ただいま、と口にする。


「リンカちゃん、布団を敷くから着替えてて」

「……うん」


 リンカはフラフラと脱衣所へ。オレは部屋の隅に畳んであるパジャマを見つけると、ソレを脱衣所の入り口に置いて戸を閉める。


「さてと」


 オレは押入れを開けて、そこに見える下着の棚は見ない様に布団を取り出す。誰も見てなくてもプライバシーは守らないとね!

 最近、下がりまくった“徳”はこう言うところで積んで行かなくては。神様はきっちりカウントしてくれるハズ。

 布団を敷き終わり、リンカの様子を見に行く。


「リンカちゃん。着替え終わった?」


 脱衣所の扉越しに声をかけるが返事は無い。耳を澄ますが動いている気配もない。


「リンカちゃん?」


 やっぱり返事は無し。


「開けるよ?」


 これは緊急事態なので、色々とノーカンで良いだろ。きゃあ! エッチ! とかなっても自分の中で正当に出来る!


 ガラララ、と開けるとそこにはシャツのボタンを外している途中で力尽きたリンカの姿があった。


「リンカちゃん!?」


 やはり、一人では無理だったか! しかし……制服ってのもそれなりにクるモノがあるなぁ……イカンイカン!!


「あ……」

「大丈夫? 起きれる?」

「服……着替えるから……」

「無理したらダメだよ。布団は敷いたから取りあえず、そのまま横になろう?」

「……脱がせて」

「え?」


 普段のリンカからは絶対に出てこない言葉に思わず聞き返す。


「服……シワになるから……」

「……」


 こう言ったらなんだけど、そう言うリンカは随分と色っぽい。

 病人に、なに欲情してんだと思う。オレも自分の事はクソ野郎だと思う。でもさ……オレも男なワケよ!

 制服。半脱ぎ。火照った身体。巨乳。今の状況にそう言う感情を僅かにでも抱かないヤツはホモだと思ってもいい。オレはホモじゃないから正常だもんねー。


「じゃ、じゃあ失礼して――」


 これは緊急事態なのですよ。さっさと脱がせて、さっさと着替えさせて、布団へ寝かしつけなければならないのだ!


 カシャリ――


 オレがリンカのシャツへ手を伸ばそうとした所で背後からシャッター音が聞こえた。


「カシャリ?」


 振り向くと、そこには金髪ショートで片目隠れの口咥えた飴の棒がトレードマークの――


「久しぶりに会ったと思ったら、結構な犯罪者になったみたいだね。ケンゴ」

「か、カレンさんんん!!?」


 ダイキの母親――音無歌恋おとなしかれんさんがスマホでオレの未成年脱衣現場の現行犯を撮影していた。

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