第353話 お薦めはサラダサンドだ

「よし。これで鉄壁に入ったな」


 オレは風呂に入り直した際に色欲を解消した!

 完璧だぜ、オイ。今ならショウコさんと再度混浴しても全てを完全にコントロール出来る程に澄んだ精神状態だ。

 ステータス画面が見えるなら、精神状態『大賢者』と言った所か。エロ耐性+++(12時間の制限あり)。


 居間に戻るとショウコさんは雑誌を読んでいた。夏のリンカとヒカリちゃんが主体で写った特別号である。


「ケンゴさんはこの雑誌だけ持ってるんだな」

「それ、知り合いが出ててたからさ」

「谷高社長の娘さんの事か?」

「そっちも知り合いだけど、どっちかと言うと髪の短いの方」


 オレが言うとショウコさんは、ふむ、と雑誌に写るリンカを一目見る。


「今から一年程前だったか。彼女に会った事がある」

「本当?」


 

 恐らく、最初の撮影の時だろう。ショウコさんを看板とする雑誌である以上、関わらない方が難しいだろうし。


「その時は髪も長かったし、殆んど笑わなかった。どこか暗い……とても危うい子だったよ」


 オレは中学の頃のリンカを知らない。しかし、相当に危険な状況だったのだと察せる。

 当時は、リンカがオレの事に好意を抱いている様子は無かったし、あの頃の日々は間違いなく兄妹としての距離感だった。リンカもオレの事を兄の様に慕ってくれていたハズだ。おにいちゃんって言ってたし……


 帰ってきて初めて共に過ごした夜で、さらけ出すように告白してくれた。その時に“悪夢”と言う言葉が出てくる程に辛い日々だったと口にしたのを覚えている。


「そうなんだ……」


 今だから解る。きっと、リンカは昔からオレの事を好きでいてくれたのだ。それは、家族としての気持ちではなく、隣に居て欲しい異性として。

 自覚していたのかまでは解らないが、オレが消えて、第三者から見ても酷い様子だったのはそれだけ鳳健吾の存在が精神的支柱だったのだろう。


「……ケンゴさん」

「なに?」

「この子は君にとって、どんな意味がある?」


 ショウコさんの質問にオレは迷い無く答える。


「家族だよ」

「家族?」


 オレは座りながら身の上をショウコさんに語る。


「オレって一人っ子だけど、田舎暮らしで周りには親戚の子が沢山いたんだ。まぁ、田舎なら良くある横の繋がりってヤツ。大人が集会をやってる時に、オレの役目は下のチビ共を取りまとめる事でさ。彼女は田舎とは関係ないけど、それと同じ様なものだったんだよ」


 田舎の生活で培った、年下の扱い、は今の人間関係にも活かされている。最初にリンカに声をかけ、今の関係になる事が出来たのも、その時の経験があったからだ。

 ただし、反抗期は範囲外。


「なら、都会に出てきたのは何か目的が?」

「何でそう思うの?」

「田舎の事を話すケンゴさんは本当に嬉しそうだからだ」


 ショウコさん、細かいところまで良く見てるなぁ。

 嬉しそう……か。やっぱり、猟銃ジジィや、ジョーク婆さん、シズカに竜二、楓叔母さん、他の村人達との関係はオレにとっては心から必要な“縁”なのだろう。ゲンじぃは、ほぼ毎日会社で顔を合わせてるから論外として。


“もし、この記録を読む者が息子以外であったのなら伝えて欲しい”


 だからこそ……オレは田舎を出た。出なければならなかった。

 あの船から持ち帰った父の遺品であるUSB。そのパスワードを解除し、幼かった当時のオレでは理解出来なかった……あの船で起こった事を全て知ったからそこ、田舎に留まり続けるワケにはいかなかった。


「ケンゴさん?」

「ん? ああ、ごめんごめん。やっぱりさ、田舎の見映えのしない森とか川とかばっかり見てると、コンクリートジャングルってのが如何に素晴らしいかわかるんだよね~」

「私は多くの家族を想える君が羨ましい」


 そう言いつつショウコさんは雑誌を閉じる。






「女郎花教理の一件があって以降、父と母は離れて暮らさざる得なかった。そして、私は母と共に日本を出た」


 ショウコさんが改めて当時の状態を話してくれた。

 女郎花のヤロォ。当時、オレがその場に居れば間違いなく悪質タックルを決めていたぞ。そして、そのままショウコさんの手を取ってダッシュ。シミュレートまで出来てるぜ。


「母は実家ではあまり良い扱いではなかった。演舞の仕事も最低限しか回され無かったし、私の世話もあっただろう。父からは仕送りがあったと言っていたが、それでも大変だったと思う」

「やっぱり、流雲の家柄は由緒正しい感じ?」

「ああ。だが、母の実家はそれだけで食べてるだけじゃないぞ?」

「へー、何してるの?」

「大きな土地で農業をやってる。穀物が主流で流雲印のパンは結構評判が良いらしい」

「うわー。食べてみたいな」

「ネット展開もしているぞ」

「マジ?」

「ほら、これ」


 ショウコさんはスマホを操作して、中国語のサイトを開く。グーグル先生の翻訳機能は本当に偉大だ。

 “流雲露店”と書かれたサイトには、一般から業務用までパンの配送に対応している。結構、大手との取引もやっている会社のようだ。


「流石に厄祓いだけじゃ食べては行けない時代だからな。ちなみに、お薦めはサラダサンドだ」

「わぁ油分0%で美味しそー。ちなみに興味本位で聞いて良い?」

「どうぞ」

「ショウコさんのお母さんの方の実家ってさ、仮面と武器持つと、みんな弾丸を避けるの?」

「私は母以外は直接見たことはないが、頭目のファン伯父さんは素手で虎を殺す」

「……タイガー?」

「タイガー」

「……殺せるの?」

「実家に剥製があった」


 あらやだ。しれっと冗談みたいな事をショウコ様が言っておられるわ。おほほ。


「それで、昼間に無事を母に連絡したときに聞いたんだ。実家の方で母は許されたのだと」

「そうなんだ。ちなみショウコさんは、ファン伯父さんと仲良いの?」

「ああ。当時は次期頭目と言う立場もあって、他の目がある場では距離を置かれていたが、二人きりの時は良く肩車や出来たパンを食べさせて貰ってたな。お薦めはサラダサンドだ」

「へー」


 つまり、ショウコさんを傷物にすると、社会的には名倉課長に殺され、肉体的にはファン伯父さんに殺される、とね。

 よし、魂に彫刻刀で削り込んだぞ。絶対に忘れるな、オレ。


「お薦めはサラダサンドだ」


 取りあえず、ショウコさんが三回も薦めてくるサラダサンドを10個ほど頼んだ。送料込みで一万円ほどしたけど……まぁ、少しずつね。

 決して媚を売ってるわけではないからね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る