第252話 お、おあー!

 懐中電灯をチェック。

 靴紐問題なし。


「後は……」


 度胸だけが必要だった。

 6組目である加賀は、帰って来た者達と、山道の入り口を交互に見て思わずしり込みしていた。


「……姫さん」

「何? 加賀君」

「棄権しません?」

「ふっふーん。大丈夫。お姉さんに任せなさいな」


 少し戸惑った様子だった姫野は加賀も同じであると見抜き、懐中電灯をつけると、行くぞー、と山道へ歩いて行く。

 流石に一人で行かせるのは良心が痛むので加賀も慌てて後に続いた。


「加賀君! 姫野君! これまでの参加者達の有り様を見ても尚、行くことに抵抗はないか! なんと言う胆力だ! 若さゆえに怖いものなど無いと言うわけだね! 私も甘奈君と夜道をランデブーと行きたいものだが、今となっては取り返せないその若さは羨ましいよ! 何かあったら呼びたまえ! 速効で駆けつけると約束しよう! 親愛なる社長より! まる!」

「姫さん、社長が何か言ってますけど……」

「多分、どうでも良い事だから無視で良いよ」


 この旅行で姫野も黒船の扱いに慣れて来ていた。






 6組目、姫野雫×加賀拓真の場合。

 どこに居たのか、ほーほーと聞こえる梟の鳴き声が妙に耳に入る山道を懐中電灯を持つ姫野が先行する。

 時折、がさがさと動く茂みに加賀はいちいち反応していた。


「……もー、やだなぁ……絶対何かいるよぉ」

「ふっふっふ。加賀君、怖いと感じると何でもない事が余計に怖く感じちゃうんだよ?」

「姫さんは感じないんですか? 視線やら茂みの動きやらを」

「大丈夫だって。お姉さんに任せなさい」


 そう言って臆する事無く前を歩く姫野の後に、情けないなぁ俺、と怖いものは怖い加賀が続く。すると、


 オオオオオオアアアァ!!!


「! 姫さん……今の」

「んー、聞こえない聞こえない」

「いや……今明らかに人外の叫び声が聞こえましたって!」


 何か起こる前に引き返しましょう! と加賀は姫野の手を取ると来た道へ踵を返す。


「え、あ……お、おあー!」

「……姫さん、今の真似ですか?」


 図星を突かれた姫野は顔を赤くして一度、コホン、と咳払いをする。


「ほら、声も遠かったし、熊が縄張り争いしてるだけだよ」

「……熊って夜にナワバリバトルするんですか?」

「大丈夫、大丈夫。姫ちゃんが居るんだから――」


 ゲハハハ!

 オオオガァアアア!!


「……帰りましょう」


 先程よりも激しさを増した様子の声に今度こそと、加賀は踵を返す。


「あ、ちょっと――」


 そんな加賀の手を両手で持つと姫野は力の限り抵抗した。


「……姫さん?」

「ヤダ」

「え? 何がヤダって……」

「ヤダよ! だって加賀君! 仕事終わりに誘ってもそそくさと帰っちゃうし! 何かと二人になるの避けようとするし! 休日にデートに誘っても断られちゃうし! 折角クジ運が上振れて二人ペアになれたのに! 帰るのヤダ!」


 呼吸も忘れて溜め込んで居た想いを一気に吐き出した姫野は、はぁ、はぁ、と肩で息をする。


「……加賀君、女の子で辛い目に合ったのに……私、いつもお弁当を美味しいって言ってくれたから勘違いしちゃった……ごめんね……もう帰ろうか……」


 そう言って姫野は手を離すと、少しぐすってそう言った。


「…………」


 加賀はそんな姫野の手を引っ張り、帰る道ではなく、進む方へ歩みを向けた。


「加賀君?」

「……何て言うか……照れくさかったんですよ。姫さんって……ほら、凄く可愛いですし……俺が好きとか言ってもからかわれるだけ……かなって」


 その返答に姫野は驚いて彼の背を見る。


「姫さんの事、好きですよ。て言うか……あんだけ構われれば誰だってそうなりますって」

「う……うおおお……」


 姫野は嬉しさのあまり、そんな声が出た。


「加賀君、加賀君。今のもう一回言ってよ~。今度はちゃんと記録するからさ」


 姫野は正面に回り込むと、自分のスマホの録画機能で加賀を中心に捉える。


「記録って何のですか。止めてくださいよ。恥ずかしい」

「二人きりだから問題ないよ~。ほらほら、目線をこっちにどうぞ~」


 ギャハハハ!!

 オオオオゴオアアア!!!


「…………」


 狂った殺し合いにも聞こえる声に二人の恋熱は強制的に冷まされた。


「取りあえず……続きは河川敷に戻ってからにしません?」

「そうだね……」


 と、姫野から懐中電灯を受け取った加賀は前を照らすと霊碑が闇に浮かぶ。

 まるで霊碑の近くだけ温度が10℃ほど低く感じられる。あまり近づきたくないと本能的に思わせた。


「……七海課長、キットカット嫌いにならないと良いですけど」

「うん……」


 加賀と姫野はそれぞれキットカットを取った。


「加賀君、加賀君。ほらこれ」


 と、姫野は嬉しそうにキットカットに書かれた“成就”と言う単語を見せる。


「あー、良かったっすね」

「ついさっきの事だよ! 加賀君は何を取ったの?」

「俺は……別に見なくても良いでしょ……」

「ふっふーん。姫ちゃんの機嫌は取って置いた方がいいよ~」


 姫野の言葉に加賀は顔を背けたまま、“姫”と書かれたキットカットを見せる。


「お……おふぅ……」

「……帰りましょう」

「う、うん……」


 見事なカウンターを貰った姫野と、やっぱり別のにすれば良かった、と恥ずかしがる加賀の二人は、互いに顔を赤くして無言で帰路へ。


「……加賀君」

「なんです?」

「これからも宜しくね」

「……そうっすね……どうします? 皆には言います? 俺らの事」

「うーん……暫くは伏せとこうか。七海課長とかに、からかわれそだし……」

「手遅れだとは思いますけどね……」


 姫野のアプローチは傍から見てもわかりやすかったので、やっとかお前ら、みたいな眼を向けられるのは明白である。


 ちなみに帰り道には、例の心霊登山者が棒立ちしていたが、加賀と姫野の二人は互いに意識を向けていた為に、全く気づかずスルーしていた。


「あ、戻ってきた」

「足はあるな」


 茨木とケンゴは、特に問題なく戻った二人を出迎える。


「大した事はなかったよ~。ね、加賀君」

「いや……大した事はあったでしょ。ヤバい獣の声がガンガン聞こえてましたし」

「マジ? 河川敷では何も聞こえなかったけど」

「うわぁ……」


 加賀は改めて背筋が冷える。姫野は、もう大丈夫大丈夫、とその背中を優しく叩いていた。


「姫」

「なに? カズ」


 茨木はボディタッチする距離まで近い二人にズバリと聞く。


「加賀と進んだ?」

「……ノーコメント!」


 姫野は腕を×字にクロスするが、茨木はイジルおもちゃを見つけた様にニヤリ。


「そいつぁ、肯定だよ~お姫様」

「何だ姫野! 怖いもの知らずか! お前の我欲は底なしか!」

「七海課長まで止めてくださいよ~」


 いつもならムキになって否定する姫野が嬉しそうにしている様を見て、やっとか、お前ら、と自社の面々は呆れた。


「なるほど……やはり、元の関係では帰ってはこれないか! この肝試し! 容易くは行かないな!」


 と、黒船は腕を組んで叫ぶと漆黒の闇山を見上げる。


「社長」

「次は君たちか!」


 7組目である鬼灯と田中が準備を整えた。

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