第251話 応援してます!
「残念だ。目の前に世界の真理の一つが存在していたと言うのに!」
肝試しから戻った社長は、名残惜しそうに山道を見ていた。今すぐにでも飛び込みそうな勢いである。
「やっぱりヤバいじゃないですか。どうします? 中止します?」
「皆に聞こうか! 中止にしたいかね!」
社長が残りの面子に問いかける。すると、意外にも辞退するペアは居なかった。
「やっぱり……遭遇するかしないかでの落差が大きいなぁ」
「私は何往復でも行けるよ!」
「そりゃ社長は異世界に引きずり込まれても普通に帰って来そうですし……」
「よく解ってるじゃないか、鳳君! だが、今はこの欲求を暫し抑え、後陣に解明を託そう!」
次の人! と、社長が言うと真鍋課長と佐藤が前に出る。
「真鍋!」
「……社長。期待の眼差しで見ても、何もしないですよ」
「見たこと、聞いた事をそのまま教えてくれれば良い! 期待してるよ!」
「……」
懐中電灯を渡された真鍋課長は淡々と動作チェックを行う。
「佐藤……大丈夫なのか?」
「鳳。俺はこの肝試しで確かめねばならぬ事がある」
「なんで武人風味なんだよ」
すると、佐藤は寄って来ると俺だけに聞こえる様に話し出した。
「鬼灯さんと真鍋さんの関係を把握して置かなきゃならん」
「あぁそうですか」
「お前は何か噂とか知らねぇのか? 鬼灯さんは直近の先輩だろ?」
「直近のオレからしても私生活は良く知らないんだ。聞くのも失礼だろ?」
「て、事は……フリーの可能性もあるんだな!」
「まぁ……本人は何も公言してないしな」
社内では大分落ち着いてはいるものの、派遣で共に顧客の案件に言ったときは色んな人に食事に誘われたりする場面を見ていた。
昼も基本的に食堂を利用する人なので一人で食べていても誰かが必ず相席している程に社内でも人気な方だ。
美しい容姿に性格まで女神で仕事も卒なく片付けるスーパー才女な鬼灯先輩。
世の中の男が放って置くハズもないが、当人は誰かと付き合っていると言う事も言わない。
「ここだけの話し、男に興味が無いって噂もある」
「だが、俺はこの旅行で観測したぜ。真鍋さんと鬼灯さんは何かある! 距離と雰囲気が他より近いんだよ」
良く見てるな、コイツ。
確かに……肝試し前にローレライを見た時の会話から、真鍋課長と鬼灯先輩は距離が近い雰囲気を感じた。
後でそれとなく聞こうとは思っていたが、佐藤が先に踏み込んでくれるなら任せるか。
「佐藤君……行こうか?」
「はい! 行っきまーす!」
そう言って佐藤は真鍋課長と共に闇の山道へ。さてさて……どうなることやら。
佐藤のヤツが忘れてない事を祈る。真鍋課長は弁護士だと言うことを。
5組目、真鍋聖×佐藤タケルの場合。
「真鍋さん。一つ聞いても良いですか?」
「何か?」
河川敷が見えなくなってすぐに佐藤は問いた出す。
会話を出来るのは道中の往復のみ。故に無駄な時間は一切使えないのだ。
「真鍋さんと鬼灯さんってどんな関係なんですか?」
「……アイツは人当りが良いな」
佐藤は背中越しでも真鍋が喜んでいるのを察せた。
「鬼灯詩織とは幼馴染みだ」
「ど、どれくらいの頃から?」
「そうだな……小学生の頃だったか。最初の出会いは良く覚えていない」
「ほ、鬼灯さんって昔から――」
「君の想像通り、多くの異性からは好意を向けられていた。しかし、習い事が多かったからな。放課後に皆で遊ぶ用な事は全く――どうした?」
佐藤は知らず内に項垂れていた。真鍋は懐中電灯で照らし、片膝をついて話しかける。
「大丈夫か?」
「割り込む余地がない! 末永くお幸せに!」
嬉しそうに話す真鍋の様子から全てを察した佐藤はそう告げる。すると、
「佐藤君。私は別に彼女を独り占めしているつもりはない。付き合っている訳でもないからね」
「え?」
意外な事実に顔を上げる。
「人を人が好きになる事は自由だ。そして、好意を告白することも。問題は当人達がそれを受け入れるかどうかによる」
「真鍋さん……」
「私は彼女の事を護りたいと思っている。しかし、彼女がソレを受け入れないのであれば私に器量が足りなかったと言う事だ」
「け、けど鬼灯さんは真鍋さんにとっても魅力的じゃ――」
「そうだね。しかし、隣に誰を立たせるかを選ぶのは彼女だ。私は彼女が笑っている日常が何よりも大切だと思っている」
“コウ君……ごめんなさい……私……私は……欠陥品なの……”
再会して肌を重ねた時に彼女はずっと謝っていた。
その時、真鍋は優しい言葉をかけても聡い鬼灯からすれば逆に気を使わせていると察して心を閉ざすと思った。その時は、側に居る、とだけ伝えている。
「この旅行中、彼女はずっと楽しそうだった。他社の参加者でもある君たちの影響も強いだろう。ありがとう」
真鍋の言葉に佐藤は自分の行いが恥ずかしくなった。
「――――真鍋さん! 俺は……応援してます! 鬼灯さんには真鍋さんが必要です!」
「……そう言ってくれるのは嬉しいが、私もそんなに立派な人間ではないからね」
真鍋は、進もうか、と佐藤に言うと二人は歩みを再開する。
「真鍋さん。鬼灯さんは真鍋さんの事は他とは別のように見てますよ!」
「それは昔から親しみがあるからだろう」
「それだけじゃないですって! 絶対!」
「……君は少し落ち着きなさい」
そんな話をしていると、霊碑を発見。急に冷えるような感覚に佐藤は内側から熱が冷えていく。
「近寄りがたいが……社長に煽られるのも面倒だな」
真鍋は少し戸惑いながらも霊碑に近づき、“敗訴”と書かれたキットカットを一つ取る。
「……当て付けか」
若干、黒船の悪戯心にイラッと来た真鍋の横から佐藤も“悟り”と書かれたキットカットを取った。
「後は折り返しですね!」
「ああ。……佐藤君」
「はい!」
「……さっきの話しはあまり他言は控えてくれると助かる」
「わかりました! 帰りましょう! 鬼灯さんの元へ!」
「……」
変な関係になってしまったか、と真鍋は自分の落ち度を考えながら帰り道に懐中電灯を向けると、
「ん?」
「え?」
懐中電灯が不意に光を失った。視界は暗転し闇に包まれる。
「な! なんだ!? 急に!」
「佐藤君。大丈夫だ――」
と、ぽぅ……と正面に淡い光のソレが立っていた。暗闇でも不思議と視認できる。
背が高く、近くの木と比較しても目測で二メートルを越える長身でありながら、顔は無くスーツを着たナニかだ。
「な、な、あ、あれは……スレンダーマン!?」
佐藤は海外の都市伝説でしか聞いたことのないソレが目の前に現れた事に金縛りの様に動けなくなる。
「……」
すると、真鍋は臆すること無くスレンダーマンへ歩いていく。近づけば、なおのことソレの異質さが理解できた。
「……お前の事は祖母さんから聞いている。私に取り憑かなければ何も意味はないぞ?」
と、スレンダーマンは佐藤を指差す。すると、佐藤は途端に真鍋の背へ襲いかかった。
「意味はないと言っただろう?」
しかし、真鍋は容易く佐藤を地面に押さえつけて鎮圧した。
「私には取り憑けない。昔から胡散臭い老婆に鍛えられたのでな。そして、お前は――」
闇よりも更に漆黒の羽がスレンダーマンの頭上から舞い降ちる。
「運がない」
「あ! 戻ってきました!」
懐中電灯を着けずに真鍋は気を失った佐藤を背負って帰ってきた。
「お帰り真鍋! 状況を説明してくれたまえ!」
「懐中電灯が壊れました。佐藤君はそれに驚いて気を失ったようです」
佐藤をケンゴと田中に任せて真鍋は懐中電灯を黒船へ渡す。
「ふむ……着くよ?」
カチカチ、とスイッチをオンオフするが問題なく機能していた。
「真鍋。山の安全性はどうかな?」
「……お勧めはしません。最低限の安全は確保されていますが」
「だろう? 君も知っての彼の事はスイレンさんからお墨付きを貰っているからね!」
「一体何を対価にしたんだか……」
「よし! じゃあ次! 行ってみようか!」
「……」
真鍋は夜の山を見上げる。
念のため、俺も動けるようにしておくか。
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