12章 大切な人だから

第139話 ぱわーあっぷ、しとるハズじゃ

 ダイヤの乗ったリムジンバスが消え去るまで、オレとリンカは見送っていた。


「まったく……嵐みたいなヤツだったぜ」


 手間のかかるお姉様の世話は妹達に任せるとしよう。今度行くときは仕事ではなく、プライベートで訪問しようか。


「……」

「えっと……ずっと睨んでらっしゃるけど……どうかした? リンカちゃん」

「あたしの時と随分反応が違うな」


 たぶん、キッスの事……


「あ、いや! ダイヤにとって、キスとハグは挨拶みたいなものだからね! これでもファーストは護り通したんだよ!」

「……そっか」


 ぷいっ、と歩き出すリンカ。ファーストキスの意味合いは人によって違ってくる。


「――するぞ」

「え?」

「お前の部屋でゲーム……する」

「テスト勉強は……?」

「今日くらいはいい。昼、食べたいものあるなら作ってやる」


 なんだろう。凄く微笑ましく感じるなぁ。


「なにニヤニヤしてんだ」

「そ、そんなことはありませんよ!」


 危ねぇ……キリッと行くかキリッと。


「そう言えば、何で“ニックス”って呼ばれてたんだ?」


 並んで駅を歩いているとリンカが素朴な疑問を口にする。確かに、オレの名前からは想像しずらいニックネームだ。


「単純なことだよ。鳳は不死の鳥で、向こうだとフェニックスでしょ? それで、フェニックスは長いから、頭を取って“ニックス”」

「適当だな」

「ニックネームなんてそんなモノだよ」


 元はサンがオレの名前を直接呼びたくないと言う話から始まった呼び名だ。オレとしては結構気に入っていたりする。何せ――


「この世には存在しない“生き返った鳥”だからね」

「?」


 オレの小声はリンカには聞き取れなかった様だった。






 銃声が響く。

 田舎の山道を自転車で走る美少女は一度、キキッと自転車を止めて耳を済ました。

 遅れて獣の絶叫。しかし、絶命時のモノではない。


「……今のは熊け? しかも相当デカイのぅ」


 彼女の名前は小鳥遊静夏たかなししずか。心に少し問題を抱えつつも、元気に男前を目指す普通の女子中学生である。

 坂道を少し汗ばみながら登りきると、シャツで額の汗を拭きつつ母屋へたどり着く。


「ばっさまー」


 パタパタとシャツの中に空気を循環させながら母屋へ。しかし、建物から反応はなく、静まり返っている。

 銃声は聞こえたのでじっさまは山に居る。ばっさまも一緒に行くとはちょっと考え辛い。


「どうした? シズカ」


 すると母屋ではなく、横の山道から血の滴る鎌と返り血を浴びた老婆が姿を見せる。知らぬ人が見れば卒倒して逃げ出すホラーさながらな格好であった。

 シズカは、そんな老婆を見て、


「……ついにじっさまと殺し合いでもしたんか?」

「なかなかしぶとかったで。あのジジィ」

「……え? 本当?」

「この山はワシの方が付き合いあるからのう。銃は当たらんのじゃ」

「また阿保アホウな事を言いよってからに」


 シズカが老婆の話を信じ込んでいると、入り口の方に軽トラが止まり、運転手の老人が悪態をついた。


「じ、じっさま! 生きとったんか!?」


 老婆が真剣にやり遂げた表情で答えるモノだから本気で信じてしまった。


「そんなババァに殺されるか」

「言いよるわ、ワシの花子がなけりゃ、熊吉に殺されておったくせに」


 熊吉(命名はシズカ)は七年前にこの山に現れた巨大な熊の事であった。

 当時、村の農作物に被害が出た為に、村の男が総出で捜索し、仕留めるまでは行かなかったものの、老人とケンゴによって撃退した。


「え? じっさま、熊吉出たんか?」

「片目は抉った」

「花子でな」


 花子とは老婆の持つ鎌の名前である。他にはジェイソンとクリークの二つが控えている。


「戻ってくるとはな。相当、キレていた」


 あの時、無理にでも追って仕留めるべきだったか、と老人は悪態をつく。

 七年前の撃退劇を脅威に感じず、再度現れた所を見るとだいぶ脳は肥大化してるのだろう。放って置くと、ここ以外にも被害を出すかも知れない。


「今日から夜は外歩き禁止だ。昼間も子供だけは極力避ける様にせんとな」

「警察に行った方がええちゃう?」

「どうせ大した事はしてくれん。変に指揮権を取られるよりも男衆を集めてケリをつける」

「ゲンを呼ばんとな」

「え? ゲンじぃ来る!?」


 老婆の言葉にシズカは目を輝かせる。この村出身で老人の古馴染の一人である獅子堂玄ししどうげんはシズカも腕車をして貰った豪快な人だ。


「武器を使えん木偶の坊は何ぞ役に立たん」

「ゲンは七年前、熊吉投げたで」

「え?」


 しっれと口にする老婆の発言にまたシズカは驚きの眼を向ける。


「……ふん。盾くらいにはなるか」

「可愛い孫娘も産まれて心身共に、ぱわーあっぷ、しとるハズじゃ。柔術じゃじっさま全敗やろ?」

「いちいち、やかましい。相手は熊吉ぞ。人間相手の技なんぞ役に立つか」

「じゃあ、ケンちゃんが必須やな」

「ゴ兄呼ぶんか?!」


 更に嬉しそうなシズカ。最強のラインナップに目を輝かせる。

 対して老人はその言葉に否定する事も肯定する事もなく、ただしかめっ面で口ごもる。

 誰を呼ぶかは全ての決定権を持つ老人のさじ加減なのだ。


「……」


 熊吉との交戦経験もあり、そう言う場面でしか役に立たない技量も深く持っている。人材としてはこの上ない。

 老婆は、ほれ言え、折れろ、と目線で煽る。


「シズカ、お前は何用でここに来た?」

「逃げよったわ」


 話題を変えた事に老婆は、ほっほ、と笑う。老人は無視してシズカを見た。


「え? ああ、何か。村に大道芸のヒト来とるんよ。めっちゃ風船とかお菓子配ってるわ」

「……何じゃて?」

「うは。じっさま、見に行こうや」

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