第138話 どっちガ上?

 最初は別の部屋を見つけるまで妹達には世話をかけると思った。

 しかし、日を重ねる内に、共に過ごす内に、一緒に並んで歩く内に、彼の存在はそこに居るのが当たり前になっていた。


「ワタシはニックスがスキ」


 心の空虚を埋める事が出来るのは彼の存在だけだ。それほどに彼の存在はワタシにとって――


「ダイヤ。お前が好きなのはオレじゃないよ」


 その言葉に思わず振り返る。彼は少し困った様に微笑んでいた。


「ニックス……」

「お前は“家族”が好きなんだ」






 オレがアメリカで過ごした三年間は浅くなかった。体感的には10年は居たんじゃないかってくらい、忘れられない事ばかり起こった。

 もちろん、フォスター家にも大いに世話になった。いや……きっと彼女達がオレを“家族”として迎え入れてくれなかったら、オレは日本には戻れなかっただろう。


「オレはお前達に受け入れて貰えた。だからだと思う。オレの存在はお前にとっては家族になったんだ」


 ダイヤは“家族”を何よりも大事にしていた。悩んでいれば相談に乗り、困っていれば駆けつけ、泣いていれば側に寄り添った。

 そんな、彼女自身を助ける存在もまた頼ってくれる家族なのだ。

 一番近い妹達。彼女達を助け、頼られる事がダイヤにとっては何よりも幸福なのである。そして、オレもその輪の中に入っていたのだろう。


 そんなある日、家族の一人が消えてしまったら彼女はどう感じるだろうか?


「きっと、今までにない事だったから少し混乱してるだけだ」

「デモ……ニックスはもう戻らないネ……ワタシは……」

「お前達はオレと違って一人じゃない」


 オレが家族から欠けた事で空いた穴は、きっと妹達が埋めてくれる。

 その証拠にスカイプで席を譲る時のダイヤは誰に会うよりも嬉しそうな顔をしていたのだから。


「ニックス……」


 オレはまだ表情の曇るダイヤを抱きしめた。


「お前たちの絆は誰よりも強い。だから、オレ一人くらい居なくても大丈夫だ」

「……」


 驚いていたダイヤは、オレの気持ちを理解してくれたのか抱きしめ返す。


「貴方は……ワタシの家族ファミリーダヨ。ケンゴ」

「――ハハ。そいつは光栄だな」


 どんなに絆が強くてもいつかは別れの時が来る。けど、そこで絆が消える訳じゃない。


「ソレナラ……一つハッキリさせる事があるネ」


 ダイヤが力を緩めたので、オレも彼女から離れる。


「まだ何かあるのか?」

「どっちガ上?」


 ダイヤの年齢はオレの一つ下。


「まぁ、オレが上でいいだろ」

「フッ」


 コイツ鼻で笑いやがった。


「だらしないブラザーネ。下の方がイイワケタクサン出来るヨ」

「言うじゃねぇか。そこまで言うなら白黒つけるか」


 オレは片付けたコントローラーをダイヤに放って渡すとスマ○ラを起動する。


「手加減はNoネ」

「妹にしてくれる!」


 寝落ちするまでやった。






「本当に急ですね」

「今回はサプラーイズだったカラネ」


 次の日、ダイヤは駅にある空港へ向かうリムジンバス乗り場でオレとリンカに見送られていた。

 午後の国際便に席を用意して貰ったダイヤは急遽、帰ることになったのだ。あまりに急な事なので見送りはオレらだけである。


「くそ……オレは納得してねぇからな! 運ゲーで勝ち取った王座は嬉しいか!」

「口の聞き方が成ってないブラザーデース。ダイヤお姉様って言いナー」

「くぅっ!」

「……何言ってんだ?」


 リンカは、いまいち状況が理解できていない様子だった。


「ダイヤさん。英語教えてくれたのに、何もお礼が出来なくてごめんなさい」

「気にしなくてイイヨー。リンカのラブレシピをシスターズに披露しマース」

「べ、別にラブじゃないからっ! 変な風に広めないでね!」

「フフ」


 そんなリンカとダイヤのやり取りは、姉妹の様に見えなくもない。

 本当に……そう言う雰囲気を作るのが得意なヤツなのだ。人類皆、妹弟にする勢いだな。


「テスト、ガンバッテネ」

「ありがとう」

「ケンゴも。いつでもホームカミングネ」

「ありがとよ」


 すると、ダイヤはリンカに抱きついた。


「危なっかしいヒトだから、ちゃんと手を繋いでアゲテネ」

「はい……」


 弟認定はダイヤお姉様にとって屁でもねぇって事か。すると、オレに手招き。別れと出会いのハグはお前の専売特許だったな。


「――――」


 しかし、ダイヤは少し身を乗り出すとハグではなくオレにキスをしてきた。

 油断していた。意識の外から飛んできたソレを避けることは出来ず唇と唇が重なる。

 一秒程の短いキスでダイヤは離れる。


「最後の最後でやってくれたな、オイ」


 なんやかんやで三年間かわしつづけて来た一撃を貰ってしまった。


「ウーン、ケンゴの言う通りネ。このドキドキは家族ファミリーのモノヨ」


 してやったり、と笑うダイヤにオレは、やれやれ、と嘆息を吐く。コイツの挨拶キッスは適当にスルーが推奨である。


「ケンゴ、リンカ、See you」


 そう言ってダイヤ・フォスターは故郷の家族の下へ帰って行った。

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