第103話 狂った獣

「はぁ……はぁ……」

「ガキ……が……」


 三ヶ月前。仮屋と大宮司は衝突した。

 組でも指折りの戦闘員である仮屋は、折れた片腕でも立ち上がる大宮司を見る。アバラも折れ激痛が絶えず襲ってるハズだ。

 しかし、大宮司の闘志は微塵も衰えていない。


「……ちっ」


 周りで倒れている舎弟の手前、仮屋も立ち上がるしかない。こう言うヤツは心底ムカつくが、相手をするのは面倒なのだ。しかし、こういうヤツほど搦め手が効く――


「派手にやったな」

「!」

「武藤のカシラ……」


 そこに現れたのはスーツ姿の武藤だった。礼式の帰りで正装姿である。


「……ここらにしとけ坊主。死ぬぞ」


 その後、警察と武藤の采配でこの勝負は流れる事になった。

 しかし、仮屋は納得出来なかった。

 俺が、二十歳にもならないガキと引き分けただと?

 力は勿論、社会的なコネも金を稼ぐ力も、こちらが上だ。しかし、カシラは大宮司の方を気にかける。


 自惚れんじゃねぇぞ。


 仮屋は大宮司に己のと格の違いを見せつける為に今回の事を起こしたのだ。お前は俺の言葉には逆らえない、と。


「大宮司よ。お前の事はずっと殺そうと思ってたんだぜ。今までは機会がなかったが……」


 大宮司の弟をさらうのも、ヤツに女を連れて来させるのも、お前じゃ俺には勝てないと言う事の証明だった。


「けど………組の奴らに手を出しちまったなぁ。ここを凌いでもお前は終わりだよ」


 本田とボブに手を出した事実はオヤジとカシラも黙って無いだろう。

 本来の計画とは大きく外れたが、結果として大宮司を終わらせる事が出来た。


「後は……俺の借りを返したら終わりだ」


 あの時、折れた肋骨は治ったが古傷のように雨が降ると痛む。まるで身体がヤツに負けたと認めた様に億劫だった。


「仮屋。俺から言うことは一つだ」


 大宮司は仮屋を見据えて告げる。


「俺の大切な人たちに手を出すなら容赦はしない」

「上等だよ……」


 あの時と変わらない眼。その眼をしていた偽善者どもは何度か戦ったのが最終的には全員、情けなく命乞いした。


「命乞いしてみろや! 大宮司ぃ!」


 向かってくる仮屋に大宮司は、


「ここまで救えないヤツは始めてだ」


 闘志は消さず哀れむ眼を向けた。






 仮屋って人と大宮司先輩がケンカを始めた。

 二人は体格的には同じくらい。正直、どちらが勝つかは素人目では全くわからない。

 その時、スマホが鳴る。ヒカリからLINE連絡だ。


“今すぐ逃げなさい”


 リアルタイムなメッセージにあたしは周囲を見回すと、不自然に飛ぶドローンを発見。


「まったく……」


 やっぱりつけてたのか。しかも、ヒカリはドローンなんて持ってないから、誰か知り合いをそそのかしてこちらを映しているのだろう。

 あたしはメッセージを返す。


“観てるでしょ?”

“観てるわよ! 今のうちに逃げなさい!”

“なら、一緒に見届けて”

“何をよ!”


 あたしは、戦う大宮司先輩を見る。彼の眼は最初に出会った時から一度も嘘をついた事はなかった。


“先輩は悪い人じゃないって事を”






 仮屋は勢い良く大宮司に接近すると、大きく手を突き出した。

 隙だらけの動きに大宮司は逆に困惑する。そのまま、ドンっと押された。


「オラ!」


 再び押してくる。何が狙いだ? 大宮司は仮屋が武器を持っている可能性を考慮し、されるがままに再び押された。


「どうしたよ、大宮司! やり返してみろや!」

「……」


 仮屋は笑っている。明らかに何かを狙ってると察し、大宮司はガードを意識し押されるがままに――


「――!」


 いつの間にか屋上のフェンスを背後に感じる。追い詰められた。

 仮屋のヤクザキックが炸裂し、フェンスが大きく歪む。


「――」


 だが、大宮司は身体を横に倒す様にかわしていた。そのまま入れ違う様に移動すると仮屋の背後を取る。

 大宮司は拳に力を入れる。その体躯から繰り出される拳打を受けて無事だった者はいない。

 しかし、仮屋がまだ笑っている様が見えコンマ数秒、拳を出すのを戸惑う。


「シャァ!」


 ソレが功を奏した。仮屋は大宮司へ向き直ると隠し持っていたナイフを振るって来たのだ。僅かに制服のシャツが斬れる。


「馬鹿みてぇに殴り合うと思ったかぁ? あの時は手加減してたんだぜ」


 仮屋は素手の中に武器を混ぜた軽武器術が主なスタイルだ。我流ではあるものの、実戦経験の中で磨かれた動きは達人と大差ない程に洗練されている。


「……手加減……か」


 相手が武器に精通しているかどうかを大宮司は見切る眼を持っている。故に仮屋のケンカスタイルは武器を交えたモノであることは一見に見抜いていた。


「ビビったか? 今更土下座しても遅い――」

「俺もだ」

「あぁ?!」


 大宮司はナイフを持つ仮屋を見ても戸惑いはない。


「前は、お前と戦う前からアバラは折れてて連戦で体力も殆んど尽きてた」


 次々に来る闇討ちに業を煮やした大宮司は自分から攻め上がったのだ。その最後に戦ったのが仮屋だったのである。


「だが今は、お前くらいなら問題なく倒せる」


 指導してくれた姉弟子。組手に付き合ってくれた親友。いつの日か訪れる因縁を確実に絶つ為に大宮司は備えていたのである。


「クソガキがぁ……」


 仮屋はナイフの先をうねうねと動かし、初動を見切られない様にジリジリと近づく。

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