第104話 スロースターター

 雑居ビルの一階入口で大暴れするユニコ君(ケンゴ)にヤクザ達は苦戦していた。


「こいつ!」


 一人が小刀ドスを取り出す。こんなふざけた場面を後に到着する武藤に見られたら怒鳴られるだけでは済まない。


「オラァ!」


 隙をついて、中の人がいる位置に小刀を突き刺した。体重を乗せた刺突は着ぐるみに根本まで入り込む。


「ふざけた真似しやがっ――」

「ユニコォォン」


 刺さったドスを意に返さずユニコ君は、パンッ、と彼は顔面を殴ると、そのまま回転飛び蹴りで吹き飛ばす。


「バカ野郎! 刃物使うんじゃねぇ! カシラの指示を忘れたのか!」


 カタギには手を出すな。武器は最後の手段なのだ。

 ユニコ君は一度、腕部分の着ぐるみを取ると、自分の身体に刺さったドスを抜き、ビルの鍵付きのポストに入れてまた腕を装着する。


「野郎……不死身か!?」

「ユニコォォン!!」


 着ぐるみの質量を利用したヒップアタックでヤクザ達は、うわぁ! と吹き飛ばされる。






 あ、あっぶねぇぇぇ!!

 いきなり突き刺さったドスは間違いなくオレに届いていた。念のため、テツに着せられていた防刃ベストがソレ止めたのである。


「刃物は禁止」


 オレは片腕だけユニコ君を解除すると、ドスを引き抜き近くの鍵ポストへ。後で回収してください。そして、再び腕を装着。


「時間かけるとやべぇな」


 たじろいでいる所に鳴き声と共に突撃。ヒップアタックで吹き飛ばし、一人をボディプレスで黙らせる。後……五人か。

 段々、ユニコ君の操作にも慣れてきた。倒れても横に転がって反動で簡単に起き上がれる。


「くっ……」


 残ったヤクザ達は予想以上の動きを見せるオレ(ユニコ君)を警戒して距離を保った。通りから注目を集め始めた事もあってか、攻めあぐねていた。

 子供も笑顔にする商店街のマスコットユニコ君。少しずつ、オレの身体に馴染んでいく……これが本当の人馬一体か……






 ナイフを持つ仮屋は大宮司へ詰める。

 軌道を見切られない様に先端をうねらせながらの突き。

 大宮司は顔ではなく身体を狙ってきたナイフを半身にてかわす。


「ハッ!」


 仮屋は一瞬ナイフを手放すと、逆手に持ち変えて横に逃げた大宮司を狙った。


 大宮司は手刀を仮屋の手に当ててナイフの軌道を反らすが、その手には既にナイフはない。


 仮屋はまたナイフを手放し反対の手に持ち替えていた。今度は顔面に切っ先が向かって行く。


「――」


 大宮司は斜め前に潜るようにかわす。そこへ仮屋の膝が浮き上がり大宮司の顔を打ち上げた。

 その膝には咄嗟に手の平を挟むが、それでも身体は羽根上がる。


 仮屋が詰める。熟達した近接戦闘CQCを使う者から、武器を奪うのはほぼ不可能と言ってもいい。

 意識はどうしても武器ナイフへ向かざる得ない。その意識の外から打撃が襲う。


 仮屋と大宮司のフィジカルは同じ。故に身構えない所に打ち込まれる打撃は徐々に大宮司へ効いてくる。


「阿呆が」


 仮屋の思考は冷静になっていた。ボディブローが大宮司の身体に突き刺さり、怯んだ所に逆手に持ったナイフが振り下ろされた。


「先輩!」


 リンカの声が響く。


“リョウ。それがお前の欠点だ”


 次の瞬間、刺さった。


「――あ?」


 大宮司はナイフを持つ仮屋の手首に肘を刺さして止める。そして、中に踏み込みつつ、もう片方の肘で仮屋の喉を打ち抜いた。


「がぁぁ?!」


 思わず仮屋は喉を押さえて、のたうち回る。大宮司は追撃せず、その場で構えを取った。


「ようやく、俺もギアが上がって来たみたいだ」


“スロースターターがお前の欠点だ。だが、大した事じゃない。ギアが最大になるまで凌げる技術を俺が叩き込んでやるよ”


「あぁ!?」


 早く起きろ、と見下ろしてくる大宮司の眼に仮屋の感情は再び怒りに染まる。しかし、喉を打たれたダメージは効いていた。


「お前は強いし、侮りはしない。覚悟しろ」

「大宮司ぃぃ……」






 踏み台ごときがぁぁ!

 仮屋は大宮司の眼を向けられ、見下されたと感じていた。


 殺す……殺す殺す殺す!


 CQC。かつて海外に逃げていた時に学んだ知識は今日まで目の前に立つ奴らを圧倒してきた。そこに武器を混ぜれば敵うヤツはいない。

 しかし、大宮司はその土俵に上がらない。


「意識がナイフに向くのはお互い様だ」


 肘。大柄でリーチもある大宮司は腕をコンパクトに纏め、肘による打撃で仮屋の動きの先を取って制していた。

 肘で弾き、肘で打つ。CQCよりも近い間合い。超近接におけるナイフは逆に不利となる。


「がぁ!?」


 仮屋は先ほど打たれた手首をもう一度打たれ、ついにナイフを手放した。そこへ、大宮司の速射砲が仮屋の身体に叩き込まれる。


「ぐぎぃぃ!?」


 正中線を真っ直ぐに三連打。ギアの上がり続ける大宮司の一撃は溜めが無くともコンクリートにヒビを入れる威力を生む。


「終わりだ」


 怯む仮屋へ大宮司は始めて距離を詰めた。だが、仮屋は笑う。


「馬鹿が」


 逆に仮屋も間合いを詰めて来たのだ。

 狙いは“組み”。備えていたのは大宮司だけではない。

 この日まで、仮屋は徹底的に組み技グラウンドの技術を磨いていた。大宮司が決めに来るその瞬間まで、切り札を隠していたのである。

 体格は互角。だが、組み技に持ち込めば技量が勝る方が必然に勝利する。まずは足の関節を破壊し、なぶり殺す――


「――」


 大宮司は組み付いてくる仮屋の腕を両肘を打ち下ろして弾く。その勢いで腕を持ち上げると親指で仮屋の顎関節を破壊した。


「はがぁ?!」


 顎を外された仮屋に膝を打ちつけて身体を浮かせる。

 仰向けに身体が宙を浮く仮屋の顔面に大宮司のコンクリートを砕く拳が打ち下ろされた。

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