第96話 ブランド物
リンカと大宮司は、駅を降りると商店街へと足を向けていた。
「こんな所に商店街があったんですね」
「鮫島はあまりここには来ないのか?」
立ち並ぶ店は目移りしそうな程の賑やかさを感じる。
「あたしの生活圏は学校から二駅上った範囲ですから。あ……このトマト。あっちよりも安い――」
八百屋の道に面した商品で、普段買う所よりも安い商品を見つけて思わず買い物モードに。
「あ、すみません!」
「鮫島は料理とかするのか?」
「はい。母が忙しいので、家事全般はあたしがやっているんです」
大宮司はその事実を初めて知った。
「俺に付き合わせてしまってすまない。やることは沢山あっただろうに」
「あぁ、気にしないでください。母も料理は出来るんですよ。だから、今日は先輩に時間を使っても平気です」
ニッと笑うリンカに大宮司は、ありがとう、と改めて礼を言う。
「でも口惜しい……距離が近かったら色々買って帰るのに……」
と、目の前の割安な品々を今回は見送る事にした。
「それと先輩。アレは何ですか?」
リンカは商店街に入ってから視界の端にちらちら移るユニコ君の事を尋ねる。
「あれは、ユニコ君。まぁ……商店街のゆるキャラだ」
「モデルはユニコーンですか?」
「多分な。俺も詳しくは知らないんだが……怒らすとあんまり良い事は起こらないらしい」
どういう設定だろう? とリンカが謎の生物に疑問詞を抱いていると、大宮司のスマホに連絡が入る。
「……はい。そうですか。わかりました」
「例のお友達さんですか?」
「ああ。用事で待ち合わせに遅れるらしい」
「それなら、丁度良かった」
手を合わせるリンカは大宮司に提案する。
「今のうちに色々と情報交換しましょうか。一応は付き合ってる設定なのでその辺りの事を知らないと怪しまれますよ」
「あ、ああ……そうだな」
二人は商店街を歩きながら各々の事を話した。
大宮司の家は武技の家系で、道場を営んでいる事。
リンカは片親と言う事意外、他に話す事はなかった。
「母子家庭だったのか……」
「はい。でも先輩が心配するような事は何もありませんよ。お節介なお隣さんが居るので」
お節介なお隣さん。と言う言葉を口にした時のリンカはどこか嬉しそうだった。
無論、大宮司はソレが彼である事は知っている。
「……そうか。重ね重ね、付き合わせてすまなかった」
「それはもう良いですって。先輩って何かと謝るのが趣味だったりしますか?」
「あ、いや……ここ何ヵ月かは色々な人に迷惑をかけたから、謝るのが癖になったみたいだ」
大きな身体が小さく見える様に萎縮する大宮司に、リンカはクスっと笑う。
「先輩はとても良い人ですよ。誤解される事もあるかもしれないですけど、きっと皆が理解してくれます」
リンカの優しい笑顔に、君だけで十分なんだけどな、と大宮司は心の中で思ったが口には出さなかった。
「今度は先輩の道場の事を教えてください。やっぱり流派とかあるんですか?」
「あまり家の歴史とかは詳しくはないんだが、先祖は傭兵として戦場を転々としていたらしい」
より実戦的な戦技を先祖は磨き、長物よりも咄嗟に使える小太刀などの技術の方が優れていたと言う。
「名乗るような流派は無い。ただひたすら、単純な技術を極め続けたと――」
そこまで喋っているとリンカの微笑ましい視線に気がついた。
「先輩が自分の家の事が何よりも好きなのがわかりました」
「つまらない話をしたな……」
「いえ。先輩の強さの秘密がわかりましたし。駿くんが先輩に強く懐くのも納得です」
大宮司は警察病院に来た家族の事を思い出した。父には一発殴られ、母にはビンタをもらい、弟はわんわん泣いた。しかし、その誰もが、何で一人で全部やろうとした? と、彼の振るった拳を責めてはいなかった。
「……ありがとう」
「それは何のお礼ですか」
変ですね、とリンカは笑う。それに釣られて大宮司も笑った。
「後は……その……スリーサイズとか聞きます?」
どこまで情報を開示すれば良いか。こう言った経験の無いリンカはその様な事まで提案する。
「え? あ……いや、それは……いいんじゃないか」
思わす、彼女の胸を見てしまった大宮司は咄嗟に眼をそらす。
「そ、そうですよねー! あはは! あたし、何言ってんだろなー!」
リンカも顔を赤くして誤魔化す様に笑った。
「あ! 先輩! クレープありますよ! 食べましょう!」
「お、おお」
初々しさを周囲に放つ二人は、端から見れば普通にデートを楽しんでいる学生カップルである。
「仮屋のアニキ。大宮司が商店街に来たそうです」
商店街にある雑居ビルの一つ。外から見れば印刷会社の看板を上げているが、その内部は闇金業者であった。
「さっき連絡がしたよ。ちょっと時間をくれてやった」
そのソファーで横になる、刈り上げた側頭部と首元まで見える刺青が特徴の男――仮屋は鍛え上げられた身体を持つ、組でも屈指の武闘派である。
「意図は?」
「品定め。これを見てみろ」
と、仮屋はこの事務所を取り仕切っている部下に自分の携帯を投げて送られてきた画像を見せた。
「普通の娘ですね。体型は受けが良さそうですが」
「その巨乳ちゃんはブランドだよ」
「ブランド?」
「8月に出た隣街の雑誌に載ってた子だ。お客様の中にはヤリたいって人も多くてね」
「仮屋のアニキ。まだ、例の商売やってるんですか? カシラから止められて――」
「おい、工藤。テメェの目の前に今いるのは誰だ?」
起き上がる仮屋はソファーに座って圧を放つ。
「仮屋のアニキです」
「なら、グダグダ言うな。カシラにもオヤジにもバレなきゃやってないのと同じなんだよ。まさか、お前がチクる訳もねぇしなぁ」
「……そりゃ、アニキの事はリスペクトしてますよ」
工藤は仮屋にスマホを返した。
「前に駅でランクS越えの中学生を逃がした間抜け共とはお前は違う」
「……ありがとうございます」
「引き続き、こっちに資金を回してくれや。こっちも稼いだらちゃんと返してやるからよ」
仮屋は商店街に配置させた部下から送られた大宮司とリンカの写真を再度見る。
仮屋は7月の頭に大宮司と正面から戦りあって、肋骨を折られていた。
その時に仮屋は大宮司の片腕と肋骨を折るなどの負傷を与えたが、警察と上からのストップがかかり、勝負はお預け。大宮司への苛立ちと恨みをどうやって清算しようかと考えていた矢先である。
「大宮司君の評価は変えてやらんといかんねぇ」
仮屋はニヤリと笑う。
顧客の最新のニーズに名の上がった二人は、雑誌の中の女子高生。そして、その二人は大宮司と同じ高校に通っていると言う事だった。
正直、女子高生なら誰でも良かったが、まさか、ブランドを連れて来るとは思わなかった。
「そろそろ行くか」
仮屋は立ち上がると大宮司へ連絡する。
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