第90話 でぃーぶいじゃ! でぃーぶい!

 オレはリンカとのキスの件を相談する為に田舎に電話していた。


『ほー、ケン君もヤルのぅ。そんでデカイか?』

「え?」

『いや、じゃから。相手のちちはデカイかのう?』

「……それ関係ある?」

『男は乳と尻を追い求める生物なんじゃ。はっ! まさか……ケン君や……渡米して男色思考に――』

「デカイよ! デカイ! ちなみに女の子な! これ重要!」


 なんじゃつまらん、と、どこまで本気にしていたのか……変な噂を田舎に流されてると本格的に帰れなくなるので、マジで止めて欲しい。


『よし、キスの件を詳しく』


 なんか、ばっさまにここから先を言って良いものかと疑問が浮かぶ。しかし、出だしを語った手前、突き進む事にした。


「まぁ、なんと言うか。妹みたいに思ってた女の子からキスされて……」

『ほほん。隣のじゃろ?』

「え? 何で知ってるん?」


 まさか、オレの部屋に隠しカメラでも仕込まれてるのか? オレはキョロキョロと部屋を見回す。ジャックが壁にかけたネクタイを猫じゃらしの様に叩いてた。こらこら、止めなさい。


『ふふふ。ケン君には黙っとたが……ばっさまはなぁ千里眼が使えるんじゃよ』

「……じゃあ、彼女の名前は?」

『鮫島凛香ちゃんじゃろ?』


 うお?! マジか!? オレの私生活は全部監視されて――


『まぁ、シズカの土産話なんじゃけどな』

「……」


 盆休みにシズカが来たとき、雑誌のリンカとヒカリちゃんの事は一通り説明していたのだ。

 電話越しでも笑ってるばっさまの顔が目に浮かぶ。


『姿も知っておる。良い娘じゃ。もう一人も捨てがたいが、ウチはリンカ嬢の方がええの』

「ばっさまの好みは聞いとらん……」

『ケン君、大きいの好きじゃろ?』

「……」

『なんか言わんかい』

「いや……まぁ……」

『うほほ。白状したか』

「もう、本当に話進まんから!」


 人をからかう事とブラックジョークに人生を費やしているバァさんだ。まぁ、それくらいの爛漫じゃないと、ジジィの隣に60年以上も居座れないだろう。


『そんな、ケン君もようやく許せる相手を見つけたか』

「……多分そうじゃない」


 オレの返答にばっさまも、からかうような口調を止めた。


『ほーか』

「ばっさま。オレはおかしい。他人を好きになると言うことも解る。守るときの優先順位もつけられる。けど――」


 前から違和感はあった。性欲はある。嫌われたくないと言う感情もある。しかし――


「あの子からの恋に何も心が反応しない」


 リンカはオレの事を好いてくれている。今までの近い距離のスキンシップは仲の良い兄妹の延長線なのだと思っていた。

 しかし、あのキスは明らかに違った感情を彼女から感じた。


「オレじゃ駄目だ。今は良くてもコレに彼女が気づいたら不幸にしてしまう」


 キスをされたあの時、一番に感じたのは驚きだった。オレの中では小さい頃のリンカがそのまま大人になっただけだと思っていたから。


『ケン君や。一度時間を見つけて帰って――』

『トキ代われ』


 すると電話口が強制的に代わる。


『だから言っただろ、マヌケ』

「ジジィ……」

『ここから出て行くからそうなった。ここに居れば全てを理解した上でお前を支える相手もあてがえる』

「そんなの……普通じゃねぇ……」

『何、上等な事言ってやがる。お前は元々ぶっ壊れてんだよ。今も腹ん中に船の事を隠してんのがその証拠だ』


“ケンゴ……これから父さんの言うことをよく聞きなさい――”


「……口にしても誰も救われねぇだろ」

『それなら一生口を閉じとけ。お前は誰も愛せない』


 と、通話は強制的に切られた。






 ジジィの最後の言葉はオレが田舎を出ると言った時に、返された言葉と同じだった。

 あの時は、ただの捨て台詞だと思った。しかし、それは違ったのだ。

 オレはその場で寝転がると、額を押さえる。


「……くそ。結局……全部ジジィの言うとおりかよ」


 すると、ジャックが近寄ってくるとオレの頭をネコパンチしてくる。


「…………」


 無視してもネコパンチは止まない。次にゴンゴンと頭をすり寄せてくる。


「んにゃろ」


 オレは起き上がると、そんなジャックの頭を撫でてやった。そのまま気持ち良さそうに腹を出すジャック。もふもふの刑だ。コノヤロー。


 ゴロゴロと喉を鳴らすジャックと戯れてていると少しだけ、心のもやもやが消えていた。


「我ながら単純」


 あまりに短絡思考な自分に良くも悪くもこのままで行くしかないと言う結論に至る。

 リンカの事は好きだ。しかしそれは“Love”ではなく“Like”の方。その事はちゃんと伝えて置かなければならない。


「彼女もオレばかり見て前に進めないからな」


 オレはジャックを撫でながら結論を出す。

 佐々木君にも大見得切ったのだから、彼女がまともな相手に恋をするまでしっかりと見守る事にしよう。


 いつの日か、彼女が隣に彼氏を連れてきた時に、お前はその娘を幸せにできるのか!? と言う台詞をズバッと言える様にイメトレしておかねば。






「もー、じっさま」

「文句あるんならかけ直せ」


 黒電話を置いた老人は老婆の視線を尻目に縁側に戻る。

 そして、整備を終えた銃を持ち、一度構えて空撃ちで感触を確かめた。


「そんなに心配なら、シズカ迎えに行った時に話せば良かったじゃろ」

「アイツは俺の敷いたレールを自分から降りた。ベソかいて帰ってくる様に鍛えてはおらん」


 あの船で起こった事は老人もある程度は推測しているものの真意はケンゴの中にしかない。


「『大鷲おおわし』は死んだ。死人が口を開いてもそれは過去の話だ」


 必要なのはソレをどう受け取るかだ。結局は――


「ケンゴがどれだけ過去を振り払えるかだ」

「じっさま、今のもっかいくれや」


 と、老人は老婆を見る。スマホの録音機能をオンにしていた。


「おい」

「今のケン君に伝えればじっさまの事を尊敬し直すと思うで」

「その機械をたたこわされたくなかったら、今すぐ仕舞え」


 でぃーぶいじゃ! でぃーぶい! と叫ぶ老婆を慣れたように老人はあしらった。

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