第10話 愛妻家

 JRを降りたオレはいつもの改札がやたら騒がしい事に野次馬根性で覗きに行った。

 だが、そこには女子高生が何やら嫌がっている感じだった。


「すみません、ちょっと通りまーす」


 なんで誰も助けないんだよ、と思いつつ人混みを分けて前に出る。


「そこまでだ!」


 その声に反応する男三人はオレの姿を見つけた。オレも奴らを見た。

 祭りの時のピアス、ロン毛、タトゥーである。


「お前らかよ……て言うか、女子高校生ばっか狙うとか脳ミソどうなってんだ?」

「は? 何だ……お前――」


 と、ピアスが何かに気がついた様子だ。


「まさか……お前、仮面野郎か」


 流石にバレるか。一昨日の話だし、あれだけ強烈な経験は数ヵ月は忘れないだろう。


「さぁな。だが、状況は同じかもな」


 オレが強者の風格でそう言うと、ピアスとロン毛はたじろぐ。そしてタトゥーは何かを思い出し、女子高生の手を離すと、サッと股を閉じた。


「こっちこっち」


 オレが手招きすると女子高生は、とと、と走ってオレの後ろに隠れた。

 タトゥーは、あっ! と遅れて声を出す。


「どうやら、だいぶ深くまで刷り込まれてるようだな!」

「テメェ……」


 タトゥーの怒りメーターが上がるのが解る。

 ここからどうしよう。

 オレは最低限、女子高生を助けると言うミッションをやり遂げた。

 しかしここからはノープラン。早く駅員さんとか来てくれないかなぁ。


「ふざけやがって……」


 周りから聞こえる、クスクスという嘲笑にタトゥーの怒りは周囲などお構い無しのレベルまで上がっていた。

 向けられるのはオレだろう。マジでどうしよ……あ――


「ぶっ殺す――」

「クスクス、物騒だねぇ」


 その時、どすん、と重たくタトゥーに肩を組む影!


「み、箕輪みのわさん! クスクスって声に出してますよ!」


 集中線で強調されそうな登場をしたのは、明らかにヴィランサイドの風貌をした箕輪さんだった。


おおとりィ。昼間、俺の話を聞いてたかぁ?」

「緊急事態って事で見逃してくれませんか?」


 箕輪さんの視線はオレの影に隠れる女子高生に向く。


「明日、食堂でなんか奢れよぉ」

「はい」

「コラぁ! なに人の肩で喋ってんだぁ?!」


 キレるタトゥー。箕輪さんを引き剥がそうと駆けつけるピアスとロン毛。

 しかし箕輪さんは、

 あそこにカメラあるだろぉ? とカメラを指して。

 皆も見てるよなぁ? と視線を周囲に送り。

 暴行、誘拐未遂、肖像権って知ってるかぁ? と指を折って数を数え。

 俺は弁護士でなぁ? と嘘のようなホントの事を口にする。

 ネチネチと一つずつ考えられるだけの罪状を読み上げると、三人の戦意は完全に消えていた。


 すると駅員がようやく登場。

 弁護士なんでぇ、と飴みたいにポケットからバッチを取り出すのは箕輪さんらしいや。

 詳しい話を、と言うことで箕輪さんと男たちは事務所へ向かうことになった。


「箕輪さん」

「あ~?」


 彼が行く前にオレは解かねばならぬ疑問を投げ掛ける。


「なんでここに?」

「カミさんのなぁ~。誕生日のケーキを予約に来たんだぁ。けけけ、じゃあなぁ」


 と、気だるそうに手を上げて彼はクールに去っていく。

 オレはその背中を見て、無茶苦茶カッケーって思った。






「えっと……ケン兄だよね?」


 一通りの騒ぎが終息し、隅に寄ったヒカリは確認の意味で助けてくれた社会人の男に問う。


「――もしかしてヒカリちゃん?」


 ヒカリは三年ぶりに会っても変わらないケンゴはリンカの言った通りであったと嬉しくなった。


「えー、わたしだから助けてくれたんでしょ?」

「そこまで見てなかったなぁ」

「相変わらず行動が先なんだね……」


 ケンゴは昔から厄介ごとに首を突っ込む事が多かった。しかし、小さかった自分たちにはソレが魅力的に映ったのも事実だ。


「あ、でもヒカリちゃんの事は知ってたよ。雑誌によく載ってるでしょ?」


 帰ってきた時に一番最初に驚いたのがそれだった。リンカの友達という事でよく一緒に遊んだのだ。


「ふふーん。頑張ってますから」


 ヒカリは嬉しそうに胸を張る。褒められれば誰だって嬉しい。


「ほんと、びっくりしたよ。すごく綺麗になってたからさ」

「……ほえ?」


 思いがけない言葉にヒカリは変な声が出た。

 ヒカリにとって容姿を褒められる言葉は“可愛い”だけだった。故に“可愛い”と褒められればいくらでも耐性がある。

 しかし、ド天然で思った事を口に出すケンゴから出た言葉は一歩進んでいた。


「雑誌の写真集、撮る人の技量もあると思うけど、やっぱりヒカリちゃんだから目を引いたんだと思う。昔よりもずっと綺麗になってて――あれ? なんかオレ変なこと言った?」


 ケンゴが疑問視を浮かべている目の前でヒカリは固まり、彼からの言葉を理解するだけで精一杯だった。

 そして、理解が完了すると――


「あ……う、うん……ありがと――」


 途端に恥ずかしくなって顔が真っ赤になり、ケンゴの顔を直視できなくなった。


「何やってんだお前」


 その時、知った声が背後から聞こえた。それはトイレから戻ったリンカだった。

 リンカはヒカリの様子がおかしい事を感じ取り、その原因がケンゴである事も理解する。


「あ、リンカちゃん。そっか二人って同じ高校――」

「お前、ヒカリに何したんだよ」


 ケンゴのネクタイを引っ張るリンカの眼は心底怒っていた。誤解だー、とケンゴはここに至る道中を説明する。


「……」


 ヒカリは追及するリンカと弁明するケンゴの二人を見る。その時、母から駅に着いたと連絡が入った。


「二人とも、わたしもう行くから」

「ヒカリ?」

「あ、ちょっとヒカリちゃん――」


 そんな声が聞こえたが、ヒカリは振り返ることなく駅を飛び出した。

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