第9話 そこまでだ!

 リンカが初めて恋を自覚したのは、ケンゴが転勤すると言った時だった。

 いつも隣に居て、困ったときにはいつも心配して駆けつけてくれる。

 だからなのか……一度離れてから強く自覚したのだ。


“オレ怪しい人じゃないから! ほら鍵! 隣の部屋の番号書いてあるでしょ?!”


「先輩はとても眩しいから、隣に立つのはあたしより、もっと相応しい人がいると思います」


 そう言ってリンカは笑顔を向ける。

 爽やか先輩はその笑顔は自分のために作られたモノではないとわかった。


「……参ったなぁ。ずっと恋をしてる君を振り向かせるのは無理みたいだね」


 恥ずかしい事をさらっと言う爽やか先輩。

 夕焼けの背景効果も相まって他の女子であれば、トゥクン、と心が動く場面である。


「先輩の勇気はとても素敵でした。けど、あたしは先輩とは付き合えません」


 ハッキリとその言葉を告げるのは告白してくれた者への礼儀だ。

 爽やか先輩は、そっか、と言って背を向ける。


「部活に戻るよ。急なことに時間をとってくれてありがとう」


 と、爽やか先輩は去って行った。

 最後まで爽やかであったが、誰もいない校舎裏まで行くと、生まれて初めて本気で泣いた。

 事情を知っている同級生が迎えに来て、今日は帰るか、なんか奢ってやるよ、と肩を叩かれながら、うん……と返事をしたのは彼らだけの秘密だった。






「やっぱり、男はこれに引き寄せられるのかしら?」


 帰宅ラッシュのずれたJRで席に座るヒカリは隣に座ってスマホを見るリンカの胸を見ていた。


「ヒカリ……何だかおっさん臭いよ」


 怪訝そうな顔をするリンカを他所にヒカリは自分の胸を持ち上げる。


「わたしも小さい方じゃ無いんだけどなぁ。多分、胸は撒き餌ね。リンって結構気配り出来るし、色んな人に進んで話しかけるじゃん」

「そうかな?」


 それは困っていれば見知らぬ人にも声をかけていたケンゴの影響もあるのだろう。

 その背中ばかり見ていたので知らずうちにそれが当然だと感じていたらしい。


「入学当初からクラスの男子とかに普通に話しかけるし、URキャラから早速告白されるし、夏休みまで一週間だけど一線を越えようとする獣共のラッシュが来るわよ」

「一体、なんの」


 そうこう話していると最寄りの駅に到着。二人は降りると改札を抜けた。


「ヒカリはラブレターの返事どうするの?」

「わたしは、仕事が恋人っていう鉄板の言い訳があるから。ついでに雑誌の事も宣伝しておくわよ」


 小学生の頃から何度も異性に告白されていたヒカリはそのあしらいにも慣れていた。


「リン~正直に教えてよ」

「なに? 急に」

「佐々木先輩に告白されてドキッ、てした?」


 あの爽やか先輩の天然な甘いマスクに当てられて心が動かない女子はいない。

 ヒカリも初めて爽やか先輩を体育のマスゲームで見たときはドキッとしたのだ。


「そんな事は無かったかな」


 リンカは特に悩む様子なく言い放つ。


「恐ろしい……初恋とはハートを一途と言う名の牢獄に閉じ込めてしまうのか……」


 ヒカリはリンカがケンゴの事を好きだと知っている。

 それはケンゴが転勤してから、恋を自覚して最初に相談したのが彼女だったからだ。


「で、ケン兄はかっこよくなってたの?」


 話題はリンカの心を独り占めしている男へと移る。

 するとリンカは柔らかい表情が険しくなった。


「何も変わってない。相変わらず適当だし、子供っぽいし、こっちのこと何も理解してないし、後先考えずに突っ走るし」

「ほほー」

「それで何の恥ずかしげもなく仮面ラ○ダーとか言ってポーズ決めるし。本当にこっちの気も知らないで……」


 と、そこまで言ってニヤニヤしているヒカリの視線に気づいてハッとする。


「はいはい、大好きって事ね」

「……ちょっとトイレ!」


 そう言って逃げるようにリンカはヒカリから離れて行った。


「恋する乙女は無敵ね」


 このネタで、暫くからかえるわね、とヒカリは駅に着いた旨を母親に連絡すると迎えをお願いする。


「ねぇ、君。谷高光やたかひかりでしょ?」






 ヒカリは話しかけられると同時に写真を撮られた。


「ちょっと! なに?!」


 それはピアスとロン毛とタトゥーの三人組。駅内の散髪屋で用を済ませた帰りである。ロン毛は首に包帯を巻いていた。


「おおー、スゲー!」

「がんちゃんツーショットじゃん!」

「これ合成したら売れんじゃね?」


 雑誌モデルの谷高光は、地方では有名な存在である。

 その為、いつもなら送迎をしてもらうのだが、今日はリンカへの告白とケンゴの事もあり、それに花を咲かせる為に駅から連絡することにしたのだ。

 それが裏目に出た。


「ちょっと! それ消しなさいよ!」

「おーおー怒った顔も可愛いじゃん」

「シャッターチャーンス」


 男たちは回りの事など考えずにヒカリを撮りまくる。

 ヒカリは必死にそれを阻止しようとするも、逆にタトゥーの男に腕を掴まれた。


「人に見られるのが嫌ならよ、俺らと撮影会しようぜ。最近金欠でよ」


 下卑た笑みを向けられ強気だったヒカリは一気に熱が引いていく。


「嫌……」


 強引に引っ張られようとした時、


「そこまでだ!」


 その声に男たちがビクッと反応する。

 そして、慌てて周囲を見渡すと声を発した者が前に出てくる。


「お前らかよ……て言うか、女子高校生ばっか狙うとか脳ミソどうなってんだ?」


 仕事帰りのケンゴが周囲の注目を集めた。

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