第7話 美人先輩と会社のシステムと箕輪さん
JRの移動以外は走ったおかげで、オレは遅刻を間逃れた。
会社の自分の席に座ったのは朝礼五分前。
大型のクーラーの前で熱暴走寸前の身体をできる限りの冷やしていると、獅子堂課長が入ってくる。
「朝礼すっぞ!」
腕を組んで必要事項と仕事の進捗などを口頭で確認。
手が空いたら他を助けて、皆で定時で帰ろうぜ! と締めくくって本日の業務がスタートした。
「
土曜日にまとめていた作業を本格的に仕上げていると、
「どう? 新しい形は慣れた?」
鬼灯先輩は入社当時のオレの教育担当の人だった。
スラッとした体格ながらも凹凸はハッキリと解るボディスタイル。他の課にも顔が利く美人さんであり、男女ともに人当たりも良い。
その分、社内でも狙っている男は多く、他の課や支部の男が先輩を狙って転属を希望しているなんて噂もある。
入社当初はオレも直接の後輩だと言うことで意味不明な圧力を受けた事があった。
そんな時獅子堂課長が、ウチのエースと新人に何か用か? とご自慢の筋肉をムキらせた事で事なきを得た。
先輩を取り巻く魔性の渦に巻き込まれた一幕であった。
「まだ苦戦中です」
「そう。慣れたら今よりももっと効率良くなるから。それと、ここは――」
と、身を乗り出して指示を出してくる。ふわっとした良い匂いにドキっとした。
「こら、ちゃんと聞きなさい」
優しい声色で怒りの欠片も感じないが、不思議としっかりせねばと思わせる。
「すいません」
「とにかく、数をこなして慣れることが第一よ。慣れれば今の半分の時間で作業が出来るようになるから」
「はい」
仕事も出来て、美人で、性格も良い。
正直、何で平社員で留まっているのか不思議なくらい有能な人だ。
「鬼灯! ちょっといいか?」
「今行きます。鳳君、頑張ってね」
そう言って一度、オレの肩を軽く叩くと鬼灯先輩は獅子堂課長の元へ歩いて行った。
課長にも相談を受ける程のやり手。ほんと、何であの人平社員なんだろうな。オレの面接の時にも席に座ってたし……
会社に存在する七不思議の一つである。
昼休み。
オレはコンビニで弁当を買う時間が無かった為、社内の食堂で昼を済ませる事にした。
基本的にオフィスでの食事は禁止。物を食べる時は屋上のテラスか、食堂に限られていた。(喫煙所のみ飲み物は許容)
「よう」
「おう」
鯖味噌定食(400円)を持って席を探してウロウロしていると、知った顔が座っていたので、軽く挨拶をして正面に座る。
「三年ぶりだな、鳳。少しはアメリカンに染まってると思ったが、地味なオーラは全く変わってねぇな」
「うっせーよ、加賀。お前の方は……オレより普通だな」
「色物に囲まれたお前の課と一緒にすんな」
軽く笑い会いながら友情を再確認する。
正面に座っているのは
「会社で何か変わった事とかあったか?」
三年間の空白で変わった事をそれとなく聞く。
「一部のシステムが見直されて効率が上がったぞ。なんでも生産性は10%アップなんだと」
「ほんとかー?」
その辺りは各課に課長から説明があったらしいが、一年前の出来事なのでオレは詳しい説明を受けていない。
「お前も近いうちに詳しい説明があんだろ。特にお前の3課はそう言うのが出来ないと困るじゃん」
うちの会社に課は4つある。
老舗とされる会社の基礎を築いた1課。
1課から分離して営業が主体となった2課。
そして、1課と2課をヘルプするのが3課である。
新人はまず3課に配属され、そこから1課と2課の適正を得てからどちらかに配属される。
その為、獅子堂課長と鬼灯先輩のキャラクターは会社内でも周知であるのだ。
加賀は2課に配属され、オレはそのまま3課に留まることになった。
ちなみにこの形態が採用されているのは本社だけ。
他の支部には社長が度々視察に行っているものの、本社以外では人材不足から上手く機能していないらしい。
「ウチは今時珍しい、クリーンなノー残業がモットーだしな。入りたいって奴は多いらしいぞ」
加賀は新入社員の枠を打診できないかと母校の大学から毎年言われるらしい。
しかし、会社は上手く回っている様子で本社の採用枠はオレ達の代を最後に、ここ数年は空かないとの事。
「その話をしたら直接聞きたいって、社長と顔を合わせたからな」
「マジかよ。黒船社長と?」
政界と深い関わりがあるとか何とか噂をされる社長は雲の上どころか、末端のオレ達からすれば地球外生命体なのだ。
顔なんてHPでしか見たこと無いし、声なんて年に1回の忘年会のパーティー会場の壇上から頂く程度である。
たまに社内を徘徊しているらしく、まさに未知のと遭遇だ。
「ありゃ同じ人類じゃねぇわ。ああ言う人が会社を回せるんだと思ったね」
「オレならまともに喋れんかも」
「俺は返事をする度に噛んだよ」
情けねー、うるせー、と同期の特有の間柄に笑い会っていると食堂でつけっぱなしのテレビはニュース番組へ。
オレは会話で遅れた分の食事の処理に勤しむ。
「おい、鳳」
「なんだ?」
相変わらずうめー、と鯖味噌定食を頬張っていると加賀は珍しくニュースを見ていた。
「祭りに仮面ラ○ダーが出現だってよ」
「ぶっ!?」
思わず吹き出してむせた。急いで食い過ぎだろ、と加賀はナプキンを寄せてくれる。
「悪漢を一蹴だってよ。夏になるとぶっ飛んだヤツが出てくるなぁ」
「そ、そうだな」
それは地元のニュース。中央公園の夏祭りに現れた仮面ラ○ダーは絡まれていた女の子を助けてその場を去ったと報じられた。
「お、見ろよ。動画もあんぞ」
気になった加賀はYo○Tuberから『祭りに仮面ラ○ダー出現www』と言う動画をオレに見せてきた。
「にしても今時レアな組み合わせだな。どうした? 顔色悪いぞ」
「米が気管に入った……」
顔を伏せて誤魔化しつつ、さっさとこの場を去ろうと食事を再開した。
「よぉ。ここ良いかぁ?」
その時、ネチネチしたような声と共に第三者がオレらの席に現れた。
「箕輪さん」
加賀が反応し、オレは畏まる。
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