第6話 目覚ましの神様

「ありえねぇ。別々に変えた目覚ましの電池が、何故同時に止まる!?」


 休み明け。

 オレはどたどたしながらワイシャツを着てスラックスを穿くと、スーツの上着を小脇にネクタイを肩にかける。

 朝飯を食ってる暇はない。忘れ物が無いかだけ確認して鞄を持つと部屋から飛び出した。


「おはよ」


 すると偶然にもリンカも隣室から出て来た。夏の制服姿は紺色のスーツに包まれたオレよりも涼しげだ。


「ああ、おはようさん」

「なに、寝坊?」

「目覚ましの神に嫌われた」


 部屋に鍵をかけ急いで駅へ向かおうとすると、リンカが寄って来たので止まる。


「ネクタイくらいしっかりしろよ」


 と、肩に垂れるネクタイを取ると少し背伸びして、首に回して結び始める。


「制服ってネクタイなのか?」

「別に」

「じゃあ、なんで結び方知って――」

「あら。若いわねぇ~」


 背後からそんな声が聞こえた瞬間、ネクタイが絞首刑の縄の如く締まった。

 一瞬、天国が見えたがリンカがすぐに手を放したので咽るだけで現世に戻ってくれた。


「ゴホッ! ゴホッ!」

「あたしは、も、もう行くからな!」


 オレを殺しかけた事によるコメントは無しか。リンカは慌てて階段を駆け下りて行った。

 その背に、いってらっしゃ~い、と声がかかる。


「久しぶり~。ケンゴ君」


 息を整えて視線を戻すと、リンカの代わりに手を振っていたのは、彼女の母親である鮫島瀬奈さめじませなさんである。

 リンカと同じように強調のある胸が少し乱れたスーツに包まれている。常に働きづめで隈の濃い目元。出張帰りの疲れが目に見えてわかった。


「コホッ。おはようございます」


 体質なのか子供のように笑う仕草からまだまだ若々しさを感じるセナさん。彼女に年齢の事を聞くのは合衆国大統領を殴る事と同罪であるのだ。


「積もる話もあるけど、急いでるんじゃないの~?」


 そうだった。


「すんません! また時間のある時に!」

「今夜時間があるならご飯でも食べにいらっしゃい」

「考えときます!」


 せわしなく去って行く若者たちにセナは頬に手を当てて微笑むと、また賑やかになるわね~、と自室の扉を開けた。






「ふぅ」


 リンカの高校は最寄りから三駅下り、そこから歩いて三十分程、都内から外れた住宅街の中にある。

 夏も本番になって、日差しも刺すようになってきた季節。

 駅を出て三十分の徒歩でも薄く汗を掻くほどに暑さも本格的になっている。


 ちなみにケンゴの会社とは上下が逆であるため、駅は一緒でも時間と路線は全く違った。


「リン~、おっはよー」


 教室の席に着いて、少しだけ汗を拭っていると幼馴染みの谷高光やたかひかりが話し掛けてきた。

 ハーフアップの髪型が特徴で自他共に美少女である事を認めている。


「おはよ、ヒカリ」


 日焼けと暑さを気にして、太陽の光が通学路を照らす前に登校する親友に挨拶し、鞄から教科書を机に移す。


「相変わらず早いんだ」

「なーにを言っとるか。この日差しを見なさい!」


 ヒカリは校庭の一部を照らし始めた太陽の光を指差す。


「宇宙から人間を焼く為に向けられる兵器よ! 兵器! あんな害しかない赤外線によく肌をさらせるわね」

「大袈裟な」

「皮膚がん! 日焼けによる肌荒れ! ああ~神様……なんで地球を闇の世界にしなかったのですか」

「日焼け止め塗ればいいじゃん」


 自身の名前を全否定する様な発言のヒカリに真っ当な対策を提案する。


「ま、いいわ。宇宙の謎はNASAに任せて、前の話は考えてくれた?」


 ヒカリはリンカの前の席に座って足を組む。


「やっぱり、あたしはいい。ヒカリには悪いけど」


 それはヒカリの親が経営している雑誌デザインの読者モデルの話だった。


「そ。でも勿体ないわね。前にリンが出た雑誌はアホ程売れたのに」


 前に読者モデルの子が欠員し急遽誰かを撮る事になった際、リンカは親友に協力する形で一度だけ雑誌に載った事があった。


「ママもリンの事は“原石なんてレベルじゃない。ダイヤがそのまま転がってた!”とか言ってたし」

「あはは」

「そして、この胸よ! これから夏になってより視線に晒される暴力! 薄着と言うコンボを前に思春期の男どもの妄想には毎夜、常連間違い無しよ!」

「ちょ、止めてって!」


 雑誌モデルとして名を上げ始めているヒカリと学年でも密かに狙っている男子が多いリンカの組み合わせは、他が距離を置くレベルで高嶺の花であった。


「そう言えば、ケン兄とは連絡取ってるの? 電話は無理でも手紙くらいは出せるでしょ?」


 ケンゴの話題がヒカリから振られ、リンカは少し沈黙すると歯切れ悪く回答する。


「えーっと……帰ってきた」

「え? それ本当?!」


 ヒカリは目を輝かせた。

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