第2話
20時40分。天候は晴れ時々曇り。半舷の月。キリストが生まれてから4500年目の初夏の夜。スーツ姿のヴィランは、灯台から目標の施設を見下ろし、ニヤニヤ笑っていた。このあたりの島々は、まるでなべ底に張り付いた焦げ付きのようで醜い。今の地球は海面上昇でほとんど水浸しに近い。なのに、人類はここまで惨めにも陸に棲みたいのかね?ヴィランは、赤と黒のストライプスーツに、シックなソフト帽を被っている。赤いチョッキの下にはワイシャツとブラックタイ。ま、赤黒白は趣味なんだ。頭を隠す覆面の上に、白く美しい仮面を被っているヴィラン。果たしてその正体は? 『私』だよ、諸君。
自己紹介しよう。私はゼット。はるかな昔、宇宙から降ってきた原始機械。かっこよくエイリアンエンジンともいう。まあ、宇宙人の造った機械だよ。人間からは昔、神様と呼ばれたこともある。そして、人間の身体を借りた状態はテンペストという。かつて私は、風の神として古代世界で暴れ回ったものだ。
私は懐中時計の上蓋を閉じて、ソフト帽を傾けた。第二ボタンから垂れ下がった、懐中時計の鎖紐が揺れる。月明かりに照らされて、金色の瞳が輝きを放つ。空に浮いている月は私の記憶と違って、正方形がびっしり張り付けられたモザイク柄になっている。五千年も経つと、色々と変わってんのねー。解放感が痺れになり、ワイヤーチューブに駆け巡る。これは喜びだ。秩序を破壊し、宇宙に爪痕を残す。それこそ、私たち機械の歓びだ。 世界の在りようを自分の力で捻じ曲げて、変形させる。そのために我らエイリアンエンジンは生み出されたのだ。……あー。悪役ゴッコも飽きてきた。では行くかな。私はこれから、監政島の外れにある施設から、妻を失敬する。監政島という一つの島が、今の世の中を牛耳っているのだとか。私の片割れであり、宿敵でもあるエイリアンエンジンの一柱。あいつはこんな辺鄙なところで、囚われの身になっているという。
「世話の焼ける女だこと」
独り言を言い残し、ヴィランは灯台の屋根を蹴った。
私はテンペスト。今、非常ランプが回る廊下を歩いてるの。靴音を鳴らしながら、がらんどうの建物を歩くのも気分がいい。古代の神殿を思い出す。ガラス板の向こうには、私の見知らぬ美術品が並べられている。どうもこの施設は博物館らしい。火伏ちゃんが言うには、監政島のレーダーは誤作動を起こし、今や大混乱になっているとか。そのおかげでレンジャー軍は誤情報に騙されて監政島の心臓部へ集結しており、この重要ではない地下施設には誰も居ない。けれど監視カメラまでは、排除できなかったようだ。天井に張り付く監視カメラが、私をじっと睨んでいた。さてさて、私のスゴイ能力――ガジェットについてご説明しよう。ガジェットとは、一握りのテレマエンジンが持つ、環境を変化させる能力の事だ。私のガジェットは、風圧の操作。気体の圧力を変化させ、天候まで操れる能力。だから私は嵐の神様として、古代人に崇められたわけだ。そして、音速を超える風で衝撃波の刃を作ったり、気圧の砲弾をぶち込むこともできる。
「そよ風でおねんねしな。虫けらめ」
私の右指先から、ズバッと『圧撃鎌』が迸り、カメラは真っ二つに割れた。圧力による鎌。カマイタチという現象も、元々は私の攻撃が由来なのだ。特許取ればよかった。私はホールを抜けて、狭く真っ暗な廊下へと足を進める。ホントなら台風を三つくらい作って、こんな館はぶっ壊してる所だ。けれども、私が本気を出してしまうと、私の生贄である末広君はたちまち飢え死にするだろな。そんなことを考えているうちに、私の両脚は目当ての扉まで辿り着いた。最上階のフロアには、ここしか扉が無い。
「さーて、ごたいめーん。助けたご褒美に、ご奉仕してもらえるかな?」
白手袋を嵌めた両手で、私は手もみする。その時だった。突然、長剣の切っ先が青白い光と共に、目の前に現れる。
「ほおっ⁉」
私は咄嗟のバク転で、長剣の切っ先を避けた。青白く光る丸い円から、剣先だけが突き出ていた。この円は……空間転移ガジェットだな。空間を繋ぐ次元トンネルを産み出せるガジェット。どこでもドア的なヤツだね。一拍置いて、その次元トンネルをぴょんと飛び越えて、戦闘服姿の美女が現れた。軍服のようなそれには、ごてごてした装甲板が縫い付けてある。
「あー。せっかく仕立てた一張羅が台無しだあ」
スーツから、埃を払いのけて私は立ち上がる。次元トンネルからは、東京内海の潮風が吹き込んでくる。彼女の淡い桜色の長髪が、夜風に揺れて絹糸のように流れた。彼女の両手には、ごつい手甲と西洋長剣(レイピア)が握られていた。
ふむ。あのレイピアが、人間の造ったテレマエンジンだな。私がこの女性と会うのは初めてだ。だけど、末広くんの記憶から名前は知っている。仲町カオリちゃん。世間的には新世代のエースレンジャー。そして、末広くんの恩師だそうだ。
強い意志を感じさせる丸い瞳と細い眉、すうっと通った鼻目立ちに、きっと結んだ淡い色の唇。ふむ、確かにすばらしい。性格は融通効かなそうだが。しかし困ったな。私の予想より、人類側の対応が速い。ぬぬ。今のヘボい肉体では、嵐も洪水も起こせない。ならば圧力が溜まるまで、口先で時間を稼ごう。なあに大丈夫! かつての私はこの弁舌を使い、数えきれない女の子達を、手当たり次第に孕ませて……
突然、カオリちゃんはレイピアを突き出してきた。うおっと! 私は帽子を押さえて、身体をかがめた。右手の甲のすぐ数センチ上を、レイピアの刃先が掠め通る。
「見かけに違わず武闘派だ、レディ? このヴィランめに何用ですかな」
私は距離を取り、取り繕った。カオリは、なんだその態度、といった感じで強く睨み付けてくる。いいね。強気な女は嫌いじゃない。
「貴方を殺す。そのために、第八レンジャー師団大隊長の私が動員されたのだ」
「殺すだなんて物騒な。鉄拳で歓迎されるより、柔肌で制裁される方が好きだね」
極度の緊張からか、彼女の首筋に汗が張り付いていた。神と対峙するのだから、その緊張もわからなくはない。しかし……その表情は、そそるな?
「貴方が女たらしだという事は知っている。神話で暴れたトリックスター……挙句の果てにテレマを欲しがるなんて、機械の考えることじゃない」
ヒューウ。私は口笛を吹いてみせた。
「ご名答。私はテレマエンジンの動力源、魂(テレマ)を我が物にしたいと欲している。はて、君に話した覚えはないんだがね。君のように可憐な女性を一度見たなら、二度と忘れるはずはないんだが」
「お前らエイリアンエンジンを監視する存在が、我々レンジャーだ。悪事は、正義に通用しない!」
「そりゃあご苦労様。しかし、だ。幕の開いた芝居は、最後までやらせてくれよ」
カオリちゃんは、再びレイピアを構えた。おお、怖い。ただ……もう遅いナ。私は圧力の充填を済ませたよ。大きく踏み込んで、カオリは一直線に突進してきた。
「今度はそよ風とは行かないぞ!」
私は両手を突き出した。指先のジェットノズルから、圧縮された衝撃波の刃が放たれる。が、彼女は突進方向へ次元トンネルを作り、姿を消した。彼女はどこへ消えた? それは。
「上だな!」
「キャッ!」
私は天井に両手をかかげ、もう一度衝撃波を放つ。カオリちゃんは衝撃波で、次元トンネルの中へと弾き戻されてしまう。
次元トンネルから脱出したカオリは、キッと私を睨み付ける。
「貴方は復活したばかりで、エンジンを十分に使えないはず。覚悟しろ!」
あっはっは。私は思わず、手を叩いた。彼女は、自分の異変に気付いていないようだぞ?
「おっとその前に。自分の姿を見たまえ。レディ?」
小躍りする私は、彼女の華奢な肢体を指さした。月明かりに暴かれた、カオリの裸体がそこにあった。首についているステンレスの首輪は剥がれなかったものの、鍛えられて引き締まった肢体が、露にされていた。
「へ。ああ⁉」
そゆこと。衝撃波の刃は、カオリちゃんの軍服をすっぱりと切り刻んでいたのだ。自分が素っ裸だと気付いた瞬間から、カオリちゃんの顔はみるみると朱色に染まる。彼女はレイピアを取り落とし、その場にしゃがみこんだ。
「絶対破れないはずの、バトルドレスが!」
カオリちゃんは顔を真っ赤にしてしゃがんでしまった
「んーきれいだね。このまま、たべちゃおっかなー」
恐怖と屈辱で、かおりちゃんの瞳に涙が浮かんだ。あ。ちょっと不憫かな。
「そ、それは覚悟していた……やれ」
「でもねー、それはしない。今はもっと大事な用があるんでね」
私は、片目でにっかりと笑い、彼女の両肩をバシバシ叩いて励ましてあげた。理由は他にある。末広君の意思が、彼女を抱くことを良しとしなかったのだ。過去の思い出が、そうさせたのかもしれないね。末広君は、カオリちゃんのことを尊敬しているそうだ。それじゃあ、先『立つモノ』も立たないんだよ。残念ながら。
「ならば、こ、殺せ」
と、カオリちゃんは言う。強がりだね。
「あっはっは。可憐な淑女を苛めるのは好きだが、殺す趣味までは持ってないよ」
私は笑い飛ばしながら、ストライプスーツを彼女の頭にかぶせてやった。スーツの赤い直線は、輝きを失いくすんでいる。
「私が、生贄好きの神様じゃなくて良かったよ。幸運を噛みしめてくれたまえ」
懐中時計の時針を見ながら私は続ける。テレマの残量計が、底を尽きそうだ。
「レンジャーが、エイリアン製ロボットの跳梁を赦すと思うな」
「なら、もう一度くらい君と会えるかな? じゃあね」
突き刺さるような視線に背を向けて、私は固く閉ざされた鉄扉を抉じ開けた。そこは、コンクリートで囲われた小さな部屋だった。その真ん中に、大理石の石棺が無造作に置かれていた。棺をのぞき込み、私は笑った。
「久しぶりだな、我が妻よ」
横たわっていたのは、青銅製の錆びついた骸骨。彼女はこの姿のまま、五千年の間ずっと眠っていたのだ。記憶領域に、在りし日の彼女を思い描く。私は夢見る機械だ。お前の力なくして、私の任務は果たせない。だから起きてくれ。私の最も忠実な武器、ティーよ。
「はぇ」
間抜けな声を出して、『俺』は目を覚ました。
まず目に飛び込んできたのは、低い天井。見知った俺の隠れ家、難破船の船倉だ。いや、んなことはどうでもいい。俺は、混乱しきっていた。あの記憶は夢だったのだろうか? 領主の娘と会ったばかりに俺はヴィランに変身して、あのカオリ先生を裸にして……そんな夢だった。少し考えて、頭を振る。バカバカしい。今更になってあの先生へ、執着心が湧いてきたってのかよ。あの人とは会えないし、多分今後も会えないっていうのに。後味の悪い夢だ、情けねえ。俺はふらつきながら、ベットから身を起こす。俺は、ウェットスーツと長靴のまま、眠りこけていたらしい。そこであるものがないことに気付く。上着のライフジャケットはどこだ? あのジャケットについている免許腕章がないと、俺はパッセンジャーとして働けないのに……いや、他にもおかしい。俺はいつから、夢を見ていたんだ? 噂話を同僚のパッセンジャーから聞いたときか? それとも、もっと前か? ウェットスーツのポケットに仕舞っていた耐水メモを取り出した。そこには、廃港の座標と、『レトロアイテムの受け渡場、報酬可能性大』との俺の走り書きが書いてあった。とすると、あれは夢ではない……?
「いい夢みれたあ?」
「わっ、ひ、火伏⁉」
にっこりと笑う火伏が、ベット脇に座っていた。心臓が飛び出るかと思った。
なんでコイツが俺の住処にいるんだ。ベットから跳び退って、俺は火伏と向き合う。
「昨日はごめんね。ああするしかなかったんだけど、上手くいってよかったよ」
と、火伏はぱちぱち手を叩く。うまくいった? なるほど、もしかするとだ。火伏はきっと、テレマエンジンのガジェットを使ったのだ 幻影を見せるエンジンというものも存在する。それに執政家の一族は魂を見透かせると聞く。それで俺に幻覚を見せたに違いない……いや、そう思いたい。
「どんな催眠術を使ったのか知らないがね、もうあんな夢を見るのは懲り懲りだ」
「ゆめ? そんなわけないよぉ」
火伏はきょとんとした顔で、ベッドの下を指さした。ベッドの下? そこになにがあるんだ。おそるおそる、俺はベッドの下をのぞき込み……失神しかけた。青銅の骸骨が、ベッドの下に押し込められていた。ティーだ。息も絶え絶えに、俺は自問した。
「嘘ォ?」
「夢でも嘘でもなくホントだよ。よろしくねー。貴方はこれからヴィランになって、悪事に走ってもらいます」
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