ブラッドコントラクト

荻野

第1章

第1話


「……て、……起きて……いいかげんに起きてよ〜」


 う……うぅ、……若い女性の声が男の一人暮らしの家で聞こえてくる。俺はゆっくりと瞼を開けた。


 閉めてから寝たはずのカーテンは開けられており、部屋の中はすっかり明るくなっている。そして、ベッドの横には年若い女性が手にお玉と菜箸を持って立っていた。


「なんだ、あやか。俺、もう少し寝ていたんだよ。じゃ……」


 また布団に潜ろうと掛ふとんをかぶろうとすると、反対側から思いっきり引っ張られ、剥がされてしまった。


「なんだじゃないんだからっ、起きてよ、お兄ちゃん。朝ごはん冷めちゃうんだから! 真夜姉ぇも待ってるんだよ!」


「朝ごはん?」


 俺は掛ふとんが無くなってもその場から動かずに返事をする。


「えぇ、お兄ちゃんのことだから、どうせまともな食事もとってないんでしょう? もうすぐ出来るから、起きてね。それから顔を洗って歯も磨いてね」


「おかんか? いつから綾がおかんになったんだ?」


「私がお母さんなワケないじゃん。もう、お兄ちゃんったら」


「せっかく一人暮らしになったってのに、これじゃ家にいたときと変わらないじゃないか」


「お兄ちゃんが一人できちんと生活できるなら、私も安心できるんだけどね」


 俺はあきらめて体を起こした。目の前には黒髪をキラリと輝かせた清楚を絵に描いたような美少女が立っている。


 彼女は 神城かみしろ あや。一応、俺の妹だ。


 長く艶のある黒色の髪はツインテールにまとめており、腰までまっすぐに伸びている。大きな目が卵型の小さな顔にキレイにまとまっており、男から見ると美人というより可愛いと言う人のほうが圧倒的に多いタイプだろう。


 身長は150センチくらいなのだが、胸には巨大な双丘が動くたびにユサッと揺れていた。


「あっ、あれ? ……焦げてるようなにおいが、って、いけないっきゃー!」


 綾は漫画でしかみないような両手を挙げたポーズで台所へ走っていってしまった。


 まったく騒がしい妹だ。いつもなら二度寝したいところだけど、しっかりした朝飯は久しぶりだから食べておきたいしな……。


 そんなことを考えながら、着替えをはじめた。


 俺の名前は 神城かみしろ きょう


 学園に通う身でありながら、親から一人暮らしを勧められ、この母の実家だった家に一人で住んでいる。


 あぁ、本当なら彼女を作って一緒にご飯食べたい……いや、彼女にご飯を作ってもらいたい! そして”あーん”と開けた口にご飯を食べさせてもらいたい!


 そう思って一人暮らしを機会に彼女をつくるべく、奮起だけはしたものの‥‥。


 来てくれる女性といえば姉と妹だけ。現実はホントに甘くなかった。


   *


「さ、召し上がれ」


「「いただきまーす」」


 俺と姉の真夜まやがそろって口を開いた。


 俺の隣には肩口まで黒い髪を伸ばした、美人が座っている。今日も髪が朝日に当たってキラキラと輝く。


 真夜は優しく見守ってくれそうな目、スッと通った鼻筋に小さめの口が小顔に収まっている。モデルのように長い手足とそれに似合わないほどの大きな胸を持っており、天は彼女に二物も三物も与えたことを思い知らされる。


 俺の姉妹はなぜこうもハイスペックなんだろうか?


 俺だけ見た目平凡、学力平凡、体力平凡以下と全く取り柄らしい取り柄がない。


 クラスでもモブ街道まっしぐらだ。


 まぁそんな悲しい現実は放っておいて、今は目の前のご飯をありがたくいただくとしよう。


 テーブルにはご飯、味噌汁、しゃけが一切れに卵焼きとキャベツの千切り、ほうれん草のおひたしまで並んでいた。


 久しぶりのまともな食事に、思わずがっつくように食べてしまう。


 本来であれば、妹に「ありがとう」の一言をいうべきなのだろうが、ちょっと気恥ずかしくて言い出せなかった。


「んぐっ……、ちょ、ちょっと……」


「もう、お兄ちゃんったら、そんなに急いで食べなくてもいいじゃない。はい、お水」


「ゴクゴクっ。……ふぅ。あぁ、助かったよ」


「ふふっ今日も京ちゃんは元気ですね」


 その後もどんどん口へおかずを放り込んていく。久しぶりの手作りのご飯はたまらなく美味かった。


「今日は二人ともこっち来たんだね。父さんは一人か」


「そうね、綾ちゃんがね、今日は京ちゃんと朝ごはん食べたいって言い出しちゃって、急いで準備してきたのよ」


「わっ、真夜姉ぇそんなこと言わなくていいからっ」


 あわてて真夜姉ぇの言葉を遮る綾。あいかわらず仲の良い姉妹で心の底から安心する。


「それにしても全くお兄ちゃんったら、私がいないとご飯もろくに食べられないんだから。また作りにきてあげるからね」


「……あぁ、助かるよ」


 全く、学園一カワイイ美少女でありながらスタイル抜群、手料理まで上手いときたもんだ。


 まぁ、男からすれば、でかい胸をユサっと揺らしながら作る料理がマズイワケがない。その様子だけでオカズには困らない。


 しかしながら、これほどの美少女でありががら、なぜか男と付き合う所を見たことがない。ラブレターは山のようにもらっており、処分に困っているのを何度も見かけてきたのだ。


 兄として、変な男と付き合わないようそれとなく様子をみてはいるのだけど‥全く男の気配すらないってのはどういうことなんだろうか?


「ふふっ、あっ、もうこんな時間!今日は日直だから早く行かないといけないんだった。先に学園いってるね」


 そう言って綾は席を立った。


「それとも、一緒に学園に行く?」なんて振り向きざまに笑顔を向けてくる。


 ぶほぉっ、いきなりの不意打ちに飯を吹き出してしまった。


 中等部の頃、綾と一緒に学園に行ったら大騒ぎになったのだ。”学園一の美少女と一緒に歩く男”というのは嫌でも話題になってしまった。兄妹だと何度説明しても納得のいかない男ばっかりでウンザリしたことがある。ホント勘弁してほしいよ。


「なんてね、冗談に決まってるじゃない」


「おまえな〜」


「ふふっ、お兄ちゃん。ほら、ご飯粒ついてるよ?」


 綾の白く細い手が僕の頬に当たる。俺は動けなくなり、ぼーっとしてしまった。


「じゃ、学園に遅れないでね。真夜姉ぇもゆっくりしすぎちゃだめだよ?」


 綾は爽やかな香りを残して行ってしまった。俺のチキンハートはドキドキと鳴ったまま平静を装うのが大変になってしまった。


 結局、”ありがとう”って言えなかったな……。ま、少しづつ慣れてくれば言えるチャンスもあるか。


 嵐のように過ぎ去った妹とは違い、静かに食べるのが姉の真夜だ。


 一つ一つの動作がどうにもゆっくりとしていて遅く、いつもご飯を食べ終わるまでかなりの時間がかかっている。


 俺は自分の分をすっかり食べ終わり、食器も片付けて真夜姉ぇの食べ終わるのを待っていた。


「あの、真夜姉ぇ」


「どうしたの?」


「あ、箸は動かしながらでいいんだけど……。俺さ、9時から学校なんだよね」


「あらあら、忙しいのね。でもしっかり噛んで食べないとだめよ?京ちゃんはせっかちさんなんだからね」


 真夜姉ぇはニッコリと微笑みながらそんなことを言った。しかし、手や口を動かすスピードはちっとも変わらない。


「あの、真夜姉ぇ。そろそろ時間を気にしてほしいころかなぁって思うんだけど……」


 時計はすでに八時四十分を指していた。もう急いで走って行かなければ間に合わないのだ。そしてここは俺の家で一人暮らしをしているので、真夜姉ぇを残して学園に行くわけにもいかない。


「あらあら、もうそんな時間なのね。京ちゃん、もっと早起きしないといけませんよ?」


 真夜姉ぇは全く意に介さずゆっくり食べている。


 そう、この真夜姉ぇという女性ははおっとりしすぎてるのだ。


「俺はほら、早く食べればなんとかなるからさ。真夜姉ぇも急ごうよ?」


 しかたなしに真夜姉ぇのおかずを箸でつまみ俺が食べてしまった。


「めっ、京ちゃん。めっだよ? せっかく綾が作ってくれた美味しいご飯なのに、味わって食べたいんだからっ、取っちゃダメよ?」


「う、うん。ゴメンよ。でもさ、見てるとどうしても食べたくなっちゃって……」


 口を高速で動かして飲み込む。俺の噛む速度は通常の3倍だ。


「京ちゃん、そんな食べ方してると綾が悲しむと思うの‥お姉ちゃん悲しいな」


 真夜姉ぇの目が潤んできた。しかも俺の顔を見上げるように下から上目遣いに言ってくるのだ。美人にこんな頼み方されては1X歳童貞にはあまりにも刺激が強すぎる。こりゃいかん、一旦撤退だ。やりすぎたか。


「ごめんごめん、ほら、ゆっくり食べていいからさ。ん〜今日も綾の料理はおいしいなぁ!」


 俺はとぼけながらも半分諦めの気持ちが沸き起こってくる。


「京ちゃん、ありがとう。わかってくれてお姉ちゃん嬉しいわ」


 真夜姉ぇはにこやかに微笑む。


 これで今日は遅刻が確定だ。ま、真夜姉ぇが来た時点でこうなるだろうなとは思っていたのだが……。


「ねぇ、真夜姉ぇは急がなくてもいいの?」


「私? 私はもう境内の掃除も終わってるし、10時からおみくじを売るくらいかしら?」


「そ、そっか」


 俺の実家は神社なのだ。真夜姉ぇは実家の”神城神社”でのんびり働いている。というか他の仕事を任せられないので、父さんがしかたなくおみくじ売り場にずっと座らせておいているのだ。


 しかし、真夜姉ぇの超絶美貌はこんな所でも凄まじい効果を発揮し、連日のように真夜姉ぇからおみくじを買うべく男供が行列を成すのだ。その行列は100段ある石階段を埋め尽くし、山のふもとまで続くのだ。


 真夜姉ぇは毎日のように大量のラブレターやら土産の品やら貢物やらをもらっているが、こちらも彼氏の噂はさっぱり聞かない。誰か付き合う人がいれば、すぐにわかりそうなものなんだけど。


「でも真夜姉ぇはさ、そんなにのんびりしてて、彼氏とか作ったりしないの?」


「あら、京ちゃんてばおませさんなんだから。私は大丈夫よ!」


 真夜姉ぇは大きい胸をさらに張った。ブルンっと胸を揺らしながら真夜姉ぇは自信を持って答えた。


「いつも大丈夫ってそればっかじゃん。具体的な話しを聞いたことがないよ」


「そうだったかしら?私は、京ちゃんに養ってもらうから大丈夫なの」


「へ?」


「京ちゃんが頑張ってくれるから、私は大丈夫って言ってるのよ」


 真夜姉ぇは腰に手を当ててフンスと行きました。でかい胸がまたポヨンと揺れた。


「いや、ちょっとまって、俺たちは姉弟じゃない。養うって……」


「えっ、きょ、京ちゃんは……私のこと、もしかしてキライなの…?」


 またしても目を潤ませて下から見上げるように見てくる真夜姉ぇ。


 こんな美人に涙ながらに訴えられては断れない。


「ままま、真夜姉ぇのことは大好きだよ!変なこと聞いちゃってごめん」


「ふふっ良かった」


にっこりと笑う真夜姉ぇはとても綺麗で……俺はハッと気づくまでボーッとして返事に困ってしまった。

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