第4話 初めての戦い

「今日は本当に運が良い」


 これはゲームとは違い現実だ。

 ターン制の攻撃があるわけでも、コマンド一つで回避や攻撃が出来るわけでもない。

 紛れもない現実……


 ただスライムの動きに関しては動画がかなりの量拡散されており、ある程度知っている。

 奴は相手を認識した瞬間一瞬体が大きく震え、見つけた相手に向かって勢い良く飛んでくる。


 注意する点があるとすればスライムには打撃系の攻撃が効かず、現状では刃物等で徐々にスライムの体を削っていき、露出した核となる石を砕く以外に倒す方法は無い。

 

 俺がそんな事を考えていると、スライムが突然全身を大きく震わせた。


「来る!」


 俺がそう呟いた次の瞬間、スラムが凄まじい速度で俺に向かって飛んできた。

 俺はあまりの速度に驚きながらも、咄嗟に右に飛び飛んできたスライムを躱す。


「実際に体感するとこんなに速いのか!?」


 俺はそう言いながら飛んで行ったスライムの方に視線をやる。

 するとスライムは既にこちらに向かって飛んできており、躱した後の体勢では既によけられない所まで飛んできていた。


 これは流石に躱せない!

 そう思った俺は全身に力を入れ衝撃に備える。

 

「うっ!!」


 直後まるで背中にトラックがぶつかってきたかのような衝撃に、思わず言葉が漏れる。

 そしてあまりの衝撃で俺はその場で踏ん張ることが出来ず、軽く体が吹き飛ばされる。


「くっ……嘘だろ。これで本当に打撃耐性と痛覚耐性が発動してるのか? 滅茶苦茶痛いぞ」


 とはいえ痛みにはチュートリアルみたいなダンジョンで嫌って程慣れてる。

 それよりも問題なのは、あの速度だ。

 あんな速度で飛んでくる奴の体をどうやって削っていけばいいって言うんだよ!


 俺は心の中でそう毒づきながら追撃に備え立ち上げり、スライムを見すえる。


「追撃はしてこないみたいだが、本当にどうやって倒せばいいんだよ。動画ではナイフでいとも簡単に削ってたのに……というか、絶対にここまで早くは無かった!」


 クッソ!

 どうする?

 戦闘経験が皆無の俺では無理があったのか?


 そんな負の考えが俺を襲い、負けた先を考えさせる。

 負けた先……つまりはだ。

 その思考はすぐさま体へと伝わり、ナイフを持つ両手が僅かに震え始めた。


 今ならまだ簡単にダンジョンの入り口まで戻れる。

 ただここで諦めたら次は無いかもしれない。

 けれど諦めなくても次は無いかもしれない。


 そもそも諦めなければ明日すら無いかもしれない。

 諦めればまた挑むことは出来る。

 ……でもこれからもダンジョンに挑戦するなら、こういった場面には頻繁に遭遇するはずだ。


 中には強い魔物から逃れられない状況に直面することだってあるはず。

 そんな時に俺は勝てないからと逃げる思考にはなりたくない!

 何とかして勝とうと思考する人間になりたい!


「……なら答えは出てるよな、俺」


 俺はそう言ったと同時にナイフの底で両腿を叩く。

 覚悟を決めたつもりだったが、それは命の危機を感じ揺らぐ程度の軽いもの。

 ただそれを早いうちに知れてよかった。


 命取りになる前に真の覚悟を決めることが出来たんだから。

 思考しろ、体を動かせ、足を止めるな。

 勝つために行動しろ!


 この先どんな世界になっていくにせよ、力は絶対に必要だ。

 大切なものを守りきる為には、それこそ冗談ではなく世界最強の力が必要だ。

 その為に、行動しろ……俺!


 俺は心の中でそう誓い、力強くスライムを見据える。

 スライムはまるで俺のそんな視線が気に食わないと言わんばかりに、急に俺に向かって飛んできた。


 俺はそれを体を前にひねるように横に躱し、同時に体の向きを前後入れ替え飛んで行ったスライムの方向に向ける。


「悪いが、さっきまでの俺とは違うぞ」


 俺はそう呟きながら、スライムの追撃を同じようにして躱す。

 ……ってカッコよく言ったもののこれではじり貧なんだよな。

 何せ躱すことは出来ても反撃できなければ、スタミナが尽きていつかは躱せなくなってしまう。


 そうなればただの的でしかない。

 いくら痛みに耐えられても、それは無効化しているわけじゃないからな。

 何とか策を考えないと。


 そんなことを考えながらスライムの突撃を回避していると、ふとスライムが着地した地面が衝撃で凹んでいるのが目に入る。


 ……待てよ。

 スライムに打撃は効かないとしても、物理法則はある程度適応されてるってことだよな。


 あの速度であの衝撃だ。

 かなりの破壊力があるはず。

 ……もしかしていけるか?


 いや、挑戦してみる価値は十分にある!

 俺はそう思ったと同時にスライムの突撃をサイドステップで回避し、すぐさま走り出す。


「スライムは……ついてきてるな」


 ぴょんぴょんと跳ねながら後ろをついて来るスライムを確認しながら俺はある場所へと向かう。

 そして辿り着いたのは、この洞窟のような空間の壁。


 俺はそれを背にし、スライムを見据える。

 スライムはまるで逃げ場のなくなった俺に対してとどめと言わんばかりに、今まで以上に力を込めて俺に向かって飛んで来ようとしているのが分かる。


「良いぜ、来いよ! 全力でな!」


 俺がそう言った直後、スライムは先程までの突進よりも速い速度で飛んできた。

 俺はそれをギリギリの所で躱し、飛んできたスライムの方に視線をやる。


「ハハハハ。ざまぁみろ、クソが!」


 俺は脱力しながらそう言い、その場に座り込む。

 俺の視線の先ではスライムが壁に埋まり、壁から抜け出そうとプルプルと動いている。


 壁にぶつかったダメージは無くても、流石に壁にぶつかる衝撃までは消せないからな。

 これが俺の考えた対抗策。


 上手くいくかは半信半疑だったが、上手くいって本当に良かった。

 とはいえ、まだ終わりじゃないんだよな。

 俺は緩んだ気持ちを引き締め、乱れていた呼吸を整えてから立ち上がりスライムに近づく。


「抜け出される前に、とりあえず真ん中を切ってみるか」


 俺はそう言いながらスライムの真ん中辺りに両手のナイフをそれぞれ突き刺す。

 すると先程までプルプルとしきりに動いていたスライムの動きが止まった。

 俺はそんなことは気にも留めずナイフをそのまま左右に動かし半分に切り裂く。


「……うん?」


 半分に切り裂いてから動かなくなった事に気づいた俺は、恐る恐るナイフの先でスライムを突いてみる。

 だがスライムは全く反応が無く、まるでゲル状の物質のような雰囲気だ。


「もしかして倒した? いや、そう決めつけるべきじゃないな。もし生きてた場合、同じ手は通じないかもしれないしな」


 俺はそう自問自答すると、即座にスライムを千切りにする勢いで切り裂いていく。


ーーー


「流石にもういいか?」


 切り裂く事数分。

 俺は額の汗を拭いながらそう呟き両手のナイフを指輪に仕舞う。


 初めての戦闘なんだ。

 用心するに越したことは無いだろう。

 俺はそんな事を考えながら、恐る恐る切り刻まれたスライムに対して手を伸ばす。


 だが俺の手がスライムに触れる直前、急にスライムが光りだしたかと思うとまるで光の粒子のようになって消え、その場に透明な小さなガラス玉のようなものと、こぶし大程のゲル状の何かが現れ地面に落ちた。


「……最初の攻撃で倒してたって事か?」


 俺は冷静にそう呟きながら、地面に落ちた二つのアイテムを手に取る。

 そして小さく「フレーバーバーテキスト」とつぶやく。


[魔石(スライム)]


 スライムがドロップした魔石。

 大きさも小さく、純度も極めて低いため単体で活用するには難しい。


[スライムジェル]


 スライムがドロップするアイテム。

 打撃を軽減する効果があるが、かなり心もとない。

 加工すれば更に活用できるかもしれない……


 やはりスライムのドロップアイテムだ。

 魔物は基本的に倒してから数分程で今みたいに光の粒子になって消え、アイテムをドロップする。


 つまりは最初の攻撃で動かなくなった時に既に倒しており、そこからの攻撃はほぼ無意味だったということか?


「…………」


 なんだか急にどっと疲れた気がする。

 とりあえずは初めての戦いは無事終わったんだ。

 それで良しとしよう。


「……ステータス」


 俺はスライムが埋まっていた壁にもたれかかるようにその場に座り込み、そう呟く。


「お! 今の戦いでレベルが上がった!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る