デュプレックス・ハートビート――マリオロイド1.0

野寺308

Chapter I “ ま、人生てのは自分じゃ選べないもんだしな”

 わが妹にいわく“自動ドアだってかつてはSFガジェットだったんだぜぇい?”とのことで。なるほど・・・・・・科学技術ってのは日進月歩、考えてみればライト兄弟の初飛行からわずか半世紀ちょいで、人類は月面を歩いてみせたのだからな。


 その点は、夜に染まりはじめたリオの街、そこを駆けぬけていく我が愛車67年式シェルビーGT500とて同じこと。瞬く間によちよち歩きの蒸気自動車から、V8エンジンをぶんまわす化け物へと進化を遂げみせた。


 “十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない”。つまり俺がなにを言いたいのかといえばだ――人間てのは、なんにでも慣れてしまう生き物らしい。





「では状況をご説明しますね、ラセル刑事」





 甘ったるいガーリッシュ・ボイスが、助手席から響き渡る。


 昨日まで大学生。いや、下手したら高校どころか中学生って童顔に、攻めすぎな薄紅色の前髪がさらりとかかる。


 警戒心ゼロなその柔和な笑みには、そこはかとなく知性ってやつが宿ってるようにも見えるし、単に何も考えてないだけのようにも見える。それは別にいい。


 政治的なお題目がなくとも、多様性ってのは警官仕事にはお得なのだ。ガキっぽい小娘でもやりようはある。だがしかし・・・・・・・現場仕事となると話は別。


 ギャングとおなじく、警察官ポリシアルもまた舐められたら終わりって商売なんだ。むやみにグラマーだが、基本は吹けば飛びそうな小柄な体躯。あれじゃ、ギャングどもに腹抱えてバカにされるのがオチだろう。


 そんな欠点を覆い隠すためか、その清楚なる小娘らしき存在は、いやに使いこまれた男物のトレンチコートを羽織っていた。


 誠に信じがたいことながら――“コレ”が俺の相棒であるらしい。





「それよりも、だ・・・・・・なんなんだその髪の毛」





「はい?」





 あざとく小首を傾げていった“コレ”は、断じて生命体なんかじゃない。


 人工筋肉ソフト・アクチュエータでもって駆動し、胸部に埋め込まれた量子うんたらで思考するただのマシン。特殊カーボンファイバー製の内骨格は培養皮膚でもってコーティングされ、この時点ですでに血管まで透けて見えるリアリズムを獲得している。


 だがの真骨頂はここからだ。


 解剖してみればすぐ分かることだが、奴らには肺なんか備わっちゃいない。なのに呼吸すれば胸がちゃんと上下するし、食事だってできる。


 仕草の99パーセントがただの擬態って、近代科学の粋を集めたヒトモドキ。


 最初は革新的だともてはやされ、次第に日常へと溶け込み、最後にはあって当然とみなされる。この街のみらず、世界中にこうした人型ロボットが溢れかえって久しかった。


 糸繰り人形マリオネット人型機械アンドロイド、両者を掛け合わせてマリオロイド・・・・・・ほんと雑な商品名だな。





「よりにもよってピンクだぞ、ピンク」





 よくいえば薄紅色、悪くいえば正気かソレ。えらく精巧に編み込まれた三つ編みってヘアスタイルもあいまり、ますますヤツの浮世離れ感を加速させていた。


 ポルトガル語で1月の川リオ・デ・ジャネイロというこの街は、三方を丘陵に囲まれている。


 丘、というかほとんど山だな。


 どの道も登ったり降りたりと忙しないが、俺はこの街で生まれ育ってきた。運転しながらでも、こう見えて電子レンジの従姉妹分って小娘と話すぐらい訳ないのだ。


 フロントガラスに投影されたARカーナビに合わせて、またぞろハンドルを切っていく。





「厳密にはカメリア色ですね」





「あのなぁ・・・・・・」





「カラーコードは#da536eとなっております」





 あーもう、だから嫌なんだ。言葉は通じてるのに会話は成立しないもどかしさ。まさに人工知能AIあるあるだ。





「仮にだがな? 髪の毛ピンク色の警察官がだ、不幸な事故によってご子息が亡くなりましたとか告げてきたら、遺族はどう反応すると思う?」





「当機の外観は、見るものの心理的影響まで考慮して設計されています」





「いきなり何言ってんだお前・・・・・・」





 警察仕事はペアが原則。厄介ごとに巻き込まれたら、どんなに反りの合わない相手だろうと、お互いだけが頼りになる。


 だからこうして、苦虫かみ殺してまで打ち解けようと努力してるってのに・・・・・・・本日の教訓は、努力はかならずしも実らないってあたりか。もはやため息しか出てこない。





「世間的には希少な髪色であることぐらい、重々承知しておりますとも」





「だったら改めろ」





「公的機関向けのマリオロイドは、もうちょっと機械ぽさを前面に押し出すべきであると、本社のほうで先ごろ決定が下されまして」





 マリオロイドの製造元であるモノリス.inkは、いまや世界最大のテック企業だった。ああまで巨大化すると私企業とはいえ、あらゆる判断が社会的影響を及ぼしてしまう。


 配慮につぐ配慮。顔色を伺わなきゃいけない相手が多いと、苦労するってことらしいな。





「当機はあくまで警察の備品ですから。うっかり生身の人間だと間違われても、困っちゃいますしねぇ」





 当機、ね。





「人間様に似すぎちまった弊害ってわけか」





「他にもあえてクローン化してみたり」





「クローン化?」





「同型機の容姿を双子よろしくあえてまったく同じに設定することで、暗に組織性を醸し出すんだそうです」





 ああ、黒衣の男たちメン・イン・ブラックとおなじ理屈か。ふと量産型ピンクヘアによる一大カーニバルを想像してしまう。こりゃ不気味だ。


 カスタマイズ機能を搭載したら街中ハリウッド俳優だらけになった反省で、市販品のマリオロイドは、みんなアトランダムな顔をしてる。あの仕様にはどうも、それ以外にも理由があったらしい。





「まったく・・・・・・警官一筋かれこれ10年としばし。そんな俺の経験から言わせてもらえば、やっぱどう考えたって百害あって一利なしだぞ、そのカラーリング」





「こだわりますね」





「こだわるさ。良くも悪くも一心同体、相棒ってのは泥をかぶる時も一緒だからな」





 遺族がツバ吐いてきたら、俺の顔面にだってひっかかるのだ。





「実はマーケティング部門からの要望なんです」





「はぁ? マーケティング?」





「桜田門ともいいますし・・・・・・統計学的にもジャポネーゼに受け入れやすいデザインを志向したはずなんですけどねぇ」





 などと、形のいい唇に人差し指を押し当て、うーんとわざとらしく思い悩んでいくお人形ポネカ。たいへんあざとい。


 ちなみにここは南米最大の大国。国土の九割方がジャングルに沈んだ、サッカー狂いどもの聖地だ。サクラダモンなんて影も形もない。





「お前・・・・・・もしかしなくとも、地球の反対側から送り込まれてきたのか?」





「ご明察のとおりです。かの国のさる警察機関に試験導入される予定だったんですが、ちょっとしたトラブルが起きまして」





「なんだ、欠陥でも見つかったのか?」





「“髪の毛ピンクとは聞いていない”と、クレームが・・・・・・」





 ほら見ろ。





「でもでも、3千時間にもおよぶリサーチの成果がコレでしてっ!!」





「時間を無駄にしたな。というかリサーチって、具体的に何したんだよ?」





「アニメをたくさん視聴したそうです」





 オタクめ。





「というわけでして、情緒面の最適化ローカライズにちょっと難があるかもしれません。当機の感性は、いささか日本びいきが過ぎる兆候がありまして、はい」





 給料増やすよりもピカピカの新装備のほうが大事ってあたり、いかにもウチらしい話ではあるがな。しかも納品拒否された新古品って、完ぺきなオチまでついてやがる。


 安月給で極悪ギャング団と長年やりやってきた己の過去を顧みると、だろうなって悟りすら開けそうな勢いだった。





「今のところ、お前が捜査で役に立つ未来がまるでイメージできないな」





「基本的なスキルパックはすでに導入済みですから、その点は心配には及びませんよ?」





 マリオロイドとは万能選手である。


 何百時間も勉強して、試験結果に一喜一憂する苦労を奴らは知らない。技能が欲しいなら、MARIO.netからダウンロードするだけでいい。


 伝説の料理人から達人級のスポーツ選手、はたまた古今東西のあらゆる機材の操作に至るまで・・・・・・・ともかくインスピレーションってやつが絡まない分野なら、この世はもはや人形どもの独壇場となっている。


 だったら最初から全技能をインストールしておけば、ダウンロードの手間が省けていいんじゃないか? そうは問屋が卸さないのが、かの悪名高きモノリスの分割商法というやつなのだった。


 やおら指折り数えだす、機械仕掛けのピンクヘア。





「捕縛術、ハッキング、リアルタイムの多言語翻訳、高速移動術パルクールにエル・キャピタンを単独制覇できるほどのクライミング・テクニック、剣道8段、書道10段、ミリタリー・シラットに戦術運転技能タクティカル・ドライビング、マインドリーディング・アルゴリズムからメモリア・プロトコルなどなど、警察活動に必要とされるスキルは一通りは」





 なにやら、聞き慣れない単語がちらほら混じってたような気もする。だがこれが事実なら、大したハイスペックぶりだな。


 機械相手に嫉妬心なんざ抱きはしないが・・・・・・ついついセコイこったなと、頬杖ぐらいはつきたくなる。こいつと同レベルに至るのは、まあ一生かけても無理だろう。


 スキルパックひとつひとつに値札を貼って、追加機能が欲しいなら課金しろって企業特有の守銭奴ぶりさえなければ、もっと手がつけられない存在に成り果てていたに違いない。



 


「ん? そういや射撃はどうした? 火器管制FCSは積んでないのか?」





「ラセル刑事は、日本の厳しい銃規制ガン・コントロール事情をご存知ないみたいですね?」





 そのラセル刑事として言わせてもらうが、俺でもそれぐらいは知っている。





「だとしても仮にも警察官なんだろ? 法律違反だからって、ヤクザもんが鉄砲持ち歩くのを躊躇すると思うか? 撃たれたらお前、どうやって反撃するつもりなんだ?」





「“人形は人を傷つけるべからず”。その大原則は揺るぎませんので」





 そんなお題目、戦争の主役が無人兵器とうつり変わった現代社会でどこまで通用するのやら。


 ここらへんも人形と人間の差か。法律の穴にホンネとタテマエ、そういった湾曲表現をやつらは絶対に解さない。





「警察官の発砲というだけでもナイーブな問題なのに、もしAIが人を傷つけようものなら・・・・・・」





「政治ね。ほとほと、まつりごとと面倒くさいってのはイコールの間柄だよな」





「ですがご安心ください!! 撃つのはダメですけど、ぶん殴る分にはとくに問題ないとの公式見解を得ましたので!! こう見えても、腕っぷしには自信がありますっ!!」





 そう言って、なにやら力こぶをこちらに見せつけてくるマリオロイド。小枝のように細いその腕じゃ、スプーンすら持ち上げられるかどうか怪しいところ。


 とはいえあの柔い上腕二頭筋の正体は、ゴリラも真っ青な最高出力をほこる人工筋肉ときてる。その気になれば、普通乗用車ぐらい片手でひっくり返せるに違いない。


 射殺と撲殺。どちらの方が世間体が良いのか、ふと思い悩む。





「あとは、鑑識CSIのお仕事とかもこなせちゃいますよ?」




 

「指紋照合?」





「もちろん」





「DNA鑑定?」





「初歩の初歩ですね」





「検視解剖」





「いつでもどこでも!!」





「絶対にやるなよ」





 コイツ、被害者をバラバラ死体に仕立て直すつもりか。





「まだまだ起動したてですからねぇ。経験情報が蓄積されれば、それだけ任務遂行能力もおのずと向上するはずです」





「怪しいもんだな」





「ご不満な点がおありなら、どうぞ遠慮なーくズバズバご指摘くださいね? 適時、修正致しますので」





「髪の毛がピンク色だ」





「そこがチャームポイントです」





 たくもう。


 いやまあ、ある意味では王道の組み合わせではあるか。うらぶられたベテランと、右も左もわからない脳みそ空っぽなド新人。バディものあるあるだ。


 教育係なんて柄じゃない。まして相手は空気の読めないAIときてる。とはいえ、苛立たしげにハンドルを指で叩いてみても埒が開かない、か。





「・・・・・・ところで何か忘れてないか?」





「状況説明ですね。おもわぬよもやま話で遠回りしちゃいましたが、やっと本分を果たせる時が来たようです!!」





「そうじゃなく、ごく一般的なマナーの話だ」





「はい?」





 とっぽい顔した人形が、しばし固まる。





「あの・・・・・・ご自身がどうしてここに居られるのか、疑問に感じたりしません?」





 いや全然。自分がどれほど場末の部署に籍を置いてるかぐらい、嫌ってほど理解しているさ。


 銃社会と名高い合衆国USAでの殺人件数が、年間ざっと2万ちょい。対してわが祖国ときたらなんと6万越えときてやがる。治安が悪いなんてもんじゃない。


 あちらの総人口が3億で、こちらが2億未満。そういった数字も加味すれば、ますますお先真っ暗って感じだな。

 

 どんなに真面目に捜査しようが、次から次へとひっきりなしに舞い込んでくる緊急通報のおかげで、犯人逮捕なんて夢のまた夢。慢性的な人手不足はもちろんのこと、そこに汚職問題なんかも絡んでくるから目も当てられない。


 10分ほど現場を歩きまわり、それから半日ばかし費やして書類作成。採取した証拠を倉庫の肥やしに溜め込んで、寝る間も惜しんで次なる現場へ。なんというか、もうやっていられない。


 それもコイツはあくまで殺人に限った数字で、俺が担当している窃盗事件にいたっては、実態すら誰も把握しちゃいないのだ。


 やるだけ無駄。事件の詳細なんて聞かされたころで、社会の歪みは俺の専門分野外。まさにお手上げ状態だ。





「良いことを教えてやろう。ロボット界隈じゃどうか知らないがな? 人間さまは初対面の相手とは、まず自己紹介から始めるのがスジってもんなんだよ」





「ロボット界隈の正確な定義をお願いします」





「ぶん殴るぞ」





 人工知能ってやつは本当にもう・・・・・・これからはずっとこの調子か、大いに腹立たしいこったな。





「ふむん・・・・・・たしかに、名乗り忘れていたかもしれませんね」





 狭い車内ながらもそれなりに居住まい正して、狂った髪色をしたヒトモドキが、おもむろにぺこりと首を垂れていく。





「お初ではありませんが、改めまして。わたしは第3世代マリオロイド、捜査支援用モデル101GI――愛称を“マリア”と申すものです。以後、お見知りおきを」





 はぁん、マリオロイドのマリアさん・・・・・・ねぇ。とりあえず語呂は良さげだが、日本でもこの名前で通そうとしてたのか気になるところではある。


 どれだけ似せようとも、マリオロイドと人間はあくまで別物だ。その最たるものがあの両目の輝きだろう。ロボット関連のあれこれを定めたアイザック国際法にいわく――“人型ロボットは、虹彩の色を緋色エスカラーチで統一すべし”。


 血のように赤い瞳。たったそれだけで、相手の本性を知ることができる。


 ふと、脳内を駆け抜けていく取り留めもない単語たち。血。混沌。生存競争。世界の終焉。デイワン・ウィルスにゼロデイ・クライシス・・・・・・謎の連想ゲームにふと目眩を覚えた。





「ラセル刑事、大丈夫ですか?」





「ん?」




 どうも、すこしばかり意識が異次元にすっ飛んでいたらしい。夢を見たが、それがどんな夢だったのかまるで思い出せない。そんなもどかしさを感じる。





「一瞬ですが、心拍数が異常な数値を記録しました。これはパニック発作に酷似した症状です」





「そんな訳あるかよ」





 人には向き不向きがある。その点、俺という男はとにかくストレス耐性だけはずば抜けているのだ。


 戦争帰りの兵隊は、その多くがPTSDという名のトラウマに悩まされるようになる。一部の統計によれば、その発症率はじつに全体の6割にも及ぶんだそうだ。


 全体の6割・・・・・・こいつは裏を返せば、残る4割はどんな修羅場をくぐり抜けようとも、悪夢フラッシュバックを引きずることなく任務を遂行できるって勘定になる。それを洒落もののさる科学者は、戦士の遺伝子などと呼んだんだそうだ。


 警察学校出たての16歳。腹をナイフで刺され、自分でこさえた血溜まりにへたり込みながら俺が考えていたのは、最愛の妹のことでも、迫りくる死への恐怖でもなく、逃げ去る犯人の背に9mmパラベラム弾をお見舞することだけだった。


 俺に才能があるとしたらこれだ。訓練された通り、いつでも冷徹に任務を遂行することができる。


 軍隊並みの装備を誇るギャングどもとやり合うことに、戸惑いを覚えたことなんて一度もない。だがまあ、この捜査活動てのはどうにも・・・・・・勝手が違うものなのだが。





「・・・・・・ま、人生てのは自分じゃ選べないもんだしな」





 マリアと名乗ったそのマリオロイドは、そう勝手に自己完結していった俺の横顔をしばし眺めたのち、これといった感想を漏らすこともなく、ウィンドウ越しに流れていく街の景色へと視線を転じていった。


 そろそろ宵の口。GT500のヘッドライトを灯しつつ俺は一路、現場めざして愛車のエンジンを吹かしていった。





††††††





 すくなくとも俺がガキだった頃には、すでに世間のトピックは海面上昇一色に染まっていた。


 南国のどこぞの島々が海に沈んだ。そんなニュースじゃ世間は小揺るぎもしないが、これがニューヨークだの東京だののメジャー都市となると話は別。


 ありがとう地球温暖化。お前らのおかげで崩落した棚氷が、なんといちどに数十メートルもの海面上昇を引き起こしてくれた。いまや世界の沿岸地帯はどこもかしこも波にさらわれ、新時代のアトランティス大陸と化している。


 その点はここ、俺の故郷にして名うての港湾都市、風光明媚なるリオの街とて例外じゃなかった。まあ、それでも他の地域よりずっと被害はマシだったらしいが。


 かの有名なコルバートの丘のキリスト像をはじめとして、そもそも標高高めな丘陵地帯に囲まれていたのが功を奏したらしい。


 レンガ造りのスラム街と、近代的なビルディングのマリアージュ。そういった伝統的なリオの風景は、高地に限ってではあるが今なお存続していた。


 ただし、グアナバラ湾に面した市の中心部はべつだ。


 かつてイパネマの娘が駆けまわり、この街を象徴した白い砂浜すらもあっさり飲み込まれた。


 市内のざっと65%あまりが水没。天をつかんばかりの高層ビルだろうと、生きるか死ぬかの分かれ目は海抜高度だけ。何もかも、すべて海の底へと沈んでしまった。


 もちろん、行き場を失った住民たちはすぐさま政府へと詰め寄った。新しい住処を寄越せ!! まあ、至極もっともな要求といえる。


 もとからこの街の住民は、なんというか血の気が多すぎる。内戦一歩手前って不穏な空気。世界遺産にも登録されてる森林地帯を宅地にすれば話は早いが、それじゃ貴重な観光資源がパーになってしまう。


 あちらを立てればこちらが立たずの板挟み。胃薬を手放せなくなった政治屋連中が、無名のベンチャー企業が持ってきた革新的なアイデアとやらにすぐさま飛びついたのも、無理のない話だったのかもしれないな。


 こうして建設された物件こそが、俺たちの目的地――水密ビルなるコンセプトだった。





「馬鹿だよなぁ・・・・・・」





「ラセル刑事はどうも、主語を省いて会話する癖がおありのようですね?」





 この野郎。人の気持ちを逆なでするのが上手すぎる。





「悪かったな、AI様よりも言語的センスが劣ってて・・・・・・それよか、この街はお前の目にはどう映る?」





 ふむんと、しばし考えこむピンク髪。わが妹にいわく、こういった細かな仕草こそが、ユーザーに親しみを感じさせる重要ポイントなんだそうだ。





「水の下に街が建ってますねぇ」





「まだまだ、AIに詩人の感性は備わらないか・・・・・・」





 より正確にいうと、水の上にも街が建ってやがる。


 件のベンチャー企業の提案。それは、沈んだ市街地を復活させるという気宇壮大すぎるアイデアだった。


 手順そのものは単純明快。湾内に消えていったかつてのビル群、いまや人工魚礁と化したそれらの隙間という隙間に特殊ジェルを注入して、文字どおり水も漏らさぬシーリングを施す。それから屋内の水を抜き、酸素循環システムを設置して居住環境を整える。


 かくして、世界最安の海底都市が誕生する。


 なんとも力任せなやり口だが、おかげで住居問題が一発で解決したのもまた事実。イチから作るんでなく、ありもので誤魔化すんだ。それはもう記録的な短期間で作業は完了したらしい。


 早いものでそれからもう数十年。そんな水密ビルをとっかかりに・・・・・・というか完全に基礎扱いして、いまや新たな建造物までもが水上に展開されていた。


 見た目だけならSFもびっくりな近未来都市だ。


 軽量化のために極限まで肉抜きされた巨塔たちが、かつてのリオの街を下敷きにその威容を見せつける。そのすぐ足元の水面を透かしてみれば、生活の明かりが窓から漏れる、昔ながらの街並みがお目見えときた。


 水中都市にして水上都市。これこそがリオの新たなる姿――ネオ・セントロの全景だった。


 埋め立てという選択肢が自然消滅したため、アスファルト張りの道路なるものはこの街には存在しない。変わって利用されているのは、ぷかぷか波間に揺れる浮き橋だった。


 潮の満ち引きによっては、建物への出入りすら出来なくなる。投身自殺した魚が路上に散乱してたり、街中で船酔いを起こした観光客がそこらで粗相したりと、見る分には良いのだろうが、暮らすには最低って路線をまさに地で行っていた。


 昔ながらの住民ほど、こんなの死んだ街に鞭打つ行為だと忌み嫌い。たいして政治家連中ときたら、ダイビング・ツアーを主軸に観光業もなんやかんやとV字回復したんだから良いんじゃないかと、自画自賛。


 ただあいにくと、俺はそのちょうど狭間の世代の出だった。


 薄ぼんやりと往年の姿を覚えてるような気もするが、生まれた時からこういうものなのだとごく自然に受け止めてもいる。良くも悪くも、ここが俺の故郷ってことなんだろう。


 センターラインが敷かれ、片隅にちょこなんと信号機が突っ立てる可動式の交差点。フロートで浮かんでるそんな場所に、ゆるゆる時代遅れにも程があるアメリカン・マッスルカーを停めていく。


 今は亡きヴェネツィアに代わり、この街はいまや世界最大の海運都市だった。


 道路とはすなわち運河でもあり、ウォータージェット推進で脇へとどいていった浮き橋の舳先をかすめるようにして、ケバいラテンの色彩をした屋形船がポテポテ通り過ぎていく。





自動運転オートノマスは使われないんですか?」





 対向“船”が通り過ぎるまでの信号待ち中、久々に口を開いたと思えばこれだ。





「使うわけないだろ。俺の愛車を、わけのわからん機械ごときに委ねてたまるか」




 などと、とうの機械へと言い募る。


 べつに人形忌避論者ネオ・ラッダイトってわけでもないのに、今日はイヤに虫の居所がわるいな。どうしてかツンケンした態度をとってしまう。





「機能そのものは搭載されてるみたいですけど」





 そう言って、いかにも後付け感満載でダッシュボードに鎮座している、ドライブレコーダー兼自動運転用のLiDARアレイをマリアがしげしげ覗き込んでいった。





「車検通らないからな」





 そうとも今どき、自動運転機能がなきゃ公道なんか走れない。


 レベル5の完全自動運転が標準化され、運転免許証すらも絶滅危惧種ってご時世なんだ。この浮き橋にしてたって、市の交通管理コンピューターによって遠隔操作されてるわけだし。もはやAIと日常生活は不可分な間柄ってわけらしい。


 なにやら真剣な顔して、マリアが深く深く考え込んでいく。





「・・・・・・マニュアル車なのに自動運転対応とは、これいかに?」





「あんまり揚げ足とるようなら、そこらに捨ててくぞ」





 やっと青か。これ見よがしにガコガコ、ギアチェンジかまして出発。そうとも、俺は時代遅れのアナログ至上主義者なんだよ。


 デジタル万歳ってこの世の中じゃ、肩身が狭いなんてもんじゃない。なにせ今だにスマホすら禄に扱いきれてないし、キータイプすらも一本指打法ときてる。


 だって仕方ないだろう、そういう風に生まれついたんだから。





「ほれ」





「これまた謎めいたジェスチャーですねぇ」





 片手運転でも咎められないのは、自動運転さまさまか。





「そんなに握手を求められたのが不可思議か?」





 まあ俺の右手の甲には、躊躇するには十分すぎる理由、厳ついタトゥーが刻まれてはいる。


 頭蓋骨に突き刺さったナイフなんて図柄は、おどろおどろしいなんてもんじゃない。とはいえ相手は一般女性にあらず、ただのノンデリ人形なんだ。なにが不服だ?





「ですが唐突感は否めませんよ?」





「まあな。それでも必要だからこうしてるんだ。いいから、ほれ」





 やれと言われたら、断崖絶壁からでも平気で飛び降りるのがマリオロイドというもの。ライフルだこでデコボコしてる俺の手に、マリアの華奢な右手が絡みつく。


 途端、パシッ。互いの指先で電流がはじけ飛んだ。





「・・・・・・4000ボルト弱ですかねぇ?」





「静電気といえ、静電気と」





 こんな化石じみた車をどうして乗り回しているかといえば、まあただの趣味だな。


 レプリカとはいえ家族の思い出が詰まってる。バイオ燃料だし、車検だってちゃんと通ってるんだから環境汚染がどうのと、とやかく言われたくはない。


 それに・・・・・・鉄と油で動く機械なら、この厄介極まりない帯電体質も悪さできないからな。


 物事には何にだって理由がある。俺だって別に、好き好んでアナログ至上主義を気取ってるわけじゃない。





「湿り気だらけの南米在住だってのに、ごらんの有様だからな。タッチスクリーンなのにタッチ不能、近づくだけでデータは吹っ飛び、給油のときだって人一倍に気を使わされる・・・・・・」





 とくにトラウマなのは、わが妹が化学コンクールに送ろうとしていたロボもどきの一件。ほんのちょっと小突いただけで、パチッ。つなぎ目から黒煙がぷすぷすと浮かびあがって、妹はそれはもうギャン泣き。


 電動駆動のくせして、どうして同じ電気で壊れるんだという俺の学術的好奇心は、膝抱えて落ち込んでしまった妹の前ではまるで通用しなかった。あの気まずさ・・・・・・二度と味わいたくはない。



 


「生まれながらにして時代遅れってロートルと、ハイテクの極みたる最先端アンドロイドのコンビねぇ・・・・・・これでもまだ俺と組むつもりなのか? ええ? 相棒パルセイロさんよ?」





「アンドロイドって男性名詞ですから、ガイノイドのほうがより正確な表現だと思いますよ」





「そっか。好きだな・・・・・・ハシゴ外すの」





 この帯電体質がマリオロイドにも有効かどうかは、まだまだ未知数だが、とりあえずサポセンには、何もしてないのに壊れたと報告しようと心に決める。


 しかし・・・・・・なんだな? 妙な触り心地だった。表面はモチ肌そのもの、なのにその奥底は、えらく硬質な感触をしていた。


 一皮むけばターミネーターもかくやの金属骨格なんて、ずいぶん昔に廃れた設計思想のはずなんだがな。警察用だとまた事情も変わるのだろうか?


 あれこれ考えてみても、どうせロボット工学は専門外。頭の片隅にメモだけ残し、あとで妹にでも尋ねるとしよう。ま、覚えていられたらの話だがな。


 とにもかくにもそろそろ目的地。アトランティス・ハイツ616の玄関口が間近へと迫っていた。





††††††

 




 標高と地価が相関関係を描いたのち、山間部につくられたスラム街ファベーラは貧困の象徴から一転、黄金よりも価値ある場所となった。


 まさに人生一発逆転。これまで食うにも困る有り様だったのに、こんなの全住民が宝くじに当選したようなものじゃないか? そんなぬか喜びは、あいにくと長続きはしなかった。


 何世代にわたって住もうが、連中は基本的に不法入居者にすぎない。


 法律家にその点を突かれ、補填金もナシの強引すぎる立ち退き命令。逆らった逆らったらで、警察による血なまぐさい掃討戦に巻き込まれるのみ・・・・・・かくして、富裕層と貧困層との住まいの交代劇が完了する。


 セントロ地区といえば、かつては商業の中心地にして、リオきっての高級住宅街として知られていた場所だ。もっともそれは海水が押し寄せてくるまでの話で、水密ビルとして生まれ変わった現在ではむしろその逆、社会の底辺層が放り込まれる格安の公営住宅街となっていた。


 つまりは、スラムの住民たちは雁首揃えてこちらに強制引っ越しさせられたわけだ。


 誰が呼んだか、現代の九龍城。ただし括弧のあとに“水中”って注釈がつくから、元ネタよりもタチが悪い。


 アトランティス・ハイツ616の地上部分は、ガラス張りのタワー式パーキングとなっている。遠くからだとミニカーが収められたショーケースみたいで見栄えはいいが、容赦のない西陽のおかげで内部いつだって灼熱地獄。プラ製のパーツが溶け出したりと、住民からの評判はすこぶる悪いって、とんだ欠陥施設でもあった。


 かといって他に停める場所もないし、素直に愛車を預けることにする。


 ターンテーブルに飲み込まれていく、ディープ・ブルーと縞模様の車体をしばし見守る。あたりは民度を物語るしょぼい落書きだらけで、なんとも薄汚いありさまだった。


 “ローンウルフ・スクワドロン参上”、ねえ。


 ふと目を留めた落書きには、そんな一文がスプレー書きされていた。住み慣れたわが家から無理やり引っぺがされ、こんなカビ臭い海底に押し込められたら・・・・・・ま、グレる奴も出てくるか。





「どうりで・・・・・・」





「気を利かせて聞かなかったフリします? それともまた主語を忘れてますよと、丁寧に指摘すべきなんでしょうか?」





「お前の思考回路って、ぶっちゃけア○クサと同レベルだよな」





「当機には超小型の量子コンピューター、クワンタム・テクノブレインが搭載されており、AGI、すなわち汎用人工知能クラスの思考が実現されています」





「だから?」




 

「アレ○サには勝てるかと」





 怪しいもんだな。


 別にこのへっぽこアンドロイドを慮ったわけじゃないが、しゃあないな。先ほどの台詞に補足事項を加えてやる。





「どうりで・・・・・・俺が回されたわけだって、言いたかったんだよ」




 

 と言いつつ、自前の財布にそこそこ使い古された駐車カードを仕舞い込む。職場が近いのはけっこうだが、そのせいで管轄区域と自宅がバッティングするのは頂けないな。


 不満を抱えた貧困層を大人しくさせる秘策とはなにか? そうだ、官舎を併設して、非番の警官どもを同じ空間に押しこめればいい。こんな提案をしたやつが現州知事とは、世も末だな。


 まあ、それを差し引いてもここの破格の家賃は、魅力ではあるのだが。


 ご近所さんに聞き込みとかいう展開になったら、面倒事はぜんぶこのへっぽこ人形に押し付けるとしよう。ほとんど看守と囚人って間柄、ただでさえ風当たりが強いんだからな。





「現場はトラム乗り場、アトランティス・ハイツ616駅です」





 ハッ、言われるまでもない。


 条件反射で自宅のある階へと伸ばしかけた指を、ごく自然な動作でもって駅のある階に移動させる。スイッチオン。ぽーんとベルが鳴ってエレベーターの扉が閉まり、あとは海の底まで真っ逆さまだ。


 最初は安くつく予定だったのに、あーだこーだと改良を重ねていくうちに赤字となる。よく聞く話だが、そりゃ海底都市に線路なんざ引き込めばそうなるだろう。


 この街にはかつて、地下鉄メトロなるものが存在していた。だがまあ、水ってのは低きに流れるものだからな・・・・・・・その代替として導入されたのがトラムこと、水密ビル同士をつなぐこの屋内路線だった。


 海底にトンネル・チューブを沈め、ビルの一部をえぐるように増設された駅へとはめ込む。車両の駆動には磁気浮上式のリニアモーターが採用され、屋内を列車が走りまわってるってのに俺が快眠できているのは、この方式のお陰に違いない。


 なにせ海中だからな。


 ここアトランティス・ハイツだけでも、有名フランチャイズ店から怪しげな個人店舗までもがひしめく商業区画が併設されている。なんなら駅を4つほど下れば、全館サッカーコートなんて強気なビルもある。もうなんでもござれだ。


 とはいえ、設計当初は海に沈めるなんて微塵も考えられてなかったごく普通のオフィスビルだったんだ。そのデザイン上の歪みは、そこかしこに現出していた。


 目的の階に到達。扉が開いてすぐ、壁一面の耐水ガラス製の展望窓が俺たちを出迎える。


 不動産屋にいわく、“水族館のなかで暮らすような生活です”。


 窓の向こうでは、かつての生活をしのばせる朽ちた街灯やサビまみれの水没車が居並び、その狭間をギョロリと目をむいた魚たちが勝手気ままに泳ぎ回っている。


 なるほど、なかなかに神秘的な光景ではあるが、俺に言わせれば、ここは水族館というよりも魚市場のほうがよっぽどしっくりくる場所だった。


 件の特殊ジェルは絶妙に仕事をこなしきれておらず、今もこうして雨漏りよろしく、天井からポタポタ海水が滴り落ちてくる始末。廊下の水たまりなんて可愛いもので、所によっては区画丸ごと水没してる箇所すらある。


 おかげで排水用のポンプは24時間稼働しっぱなし。トラムとは異なりこちらは、癇癪を起こした子どもよろしく今もがなり喚いていた。


 だからこの上着が手放せない。刑事課に移ってよかったと思える数少ない利点がこれだな。基本的に私服勤務、それも自分の裁量で選べるというのはやはりいい。


 軍用ポンチョを普段使いのジャケットに仕立て直したかのような、完全防水加工の業物。フードを上げさえすれば、もはや濡れる心配なんて一切ない。


 そういえば、一応は公務だった。遅ればせながら、上着に仕込まれたホログラムを起動させていく。きっと俺の背中にはいま、デカデカと軍警ポリシア・ミリタルの二文字が浮かんでいるに違いない。


 この国の複雑怪奇な政治情勢が生みだした、警察にして軍隊ってしち面倒臭さい組織。なにあろう俺が籍を置いてる組織がここだった。


 改築につぐ改築で、ただでさえ狭かった廊下はどこも入り組みほとんど迷路状態。それでも道に迷ったりはしない。なにせ、ここに住んでもう長いからな。


 勝手知ったるわが家。迷いのない足取りで突きすすむ俺の背後から、三つ編みを振りまわし、影のようにマリアが付き従ってくる。





「ラセル刑事もご存じなように、わたしたちは今メモリア・プロトコルの真っ只中にあります」





「ぜんぜんご存知じゃないがな」





 藪から棒になんだ。メモリア・プロトコル?





「ですから・・・・・・何度もご説明しようと」





「そういうケッタイな横文字うんぬんはな、ぜんぶ妹に任せてあるんだよ。俺の偏差値を聞いたら驚くぞ?」





 怪しげなパイプが上下に這いまわる、コンクリ仕立ての地下迷宮カラボーソ。コツコツとブーツが床を叩く音ばかりが、どこまでも反響していった。





「最適化を怠ると、記憶に齟齬が生じる可能性も・・・・・・」





「くどい」





 相手は無機物。感情なんざあるわけないのに、どうしてか背後からの視線がえらく痛い。





「・・・・・・分かった、分かった。なら聞いてやる」





「はい!! どんな質問でもどんと来いです!!」





「長年の疑問なんだがな、どうしてマリオロイドってのは女型ばっかりなんだ?」





「売り上げがいいので」





 そっか、即物的だな人類。





「ですけど警察活動的にも利点は多いはずですよ? 性別の壁に宗教問題、どちらもマリオロイドたる我が身には関係ありませんので」





 まあ、そいつは一理ある。実際、女性人気のある職場じゃないのだ、軍警ってところは。


 血まみれで包丁片手にフラフラ歩いてた女のボディチェックをしたところ、後日セクハラで起訴された同僚のことをふと思い出す。うまくいくのが当たり前、失敗したら墓場まで後ろ指をさされる。警察官ってのは、ほとほと報われない商売だ。





「だからそんなに胸がデカいのか」





「Fカップです。それとセクハラですよ?」





「自慢げにカップサイズをひけらかす奴にだけは、言われたくない台詞だな」





「・・・・・・えっと、こんなお話でしたっけ?」





「あのな、優先順位ってもんを考えろ」





 新人へのお説教。それだけでもウンザリなのに、相手が無機物となると心労も倍だ。





「聞かせてくれるか? 捜査支援用のマリオロイドとして、お前がまず優先すべきことは一体なんだ?」





 そんなの任務に決まってる。


 どんなにままならなくたって、一度選んだ以上はやり遂げるしかない。俺にとって仕事とは、そういうものなのだった。





「・・・・・・」





「なんだ?」





 なぜ黙る。





「えっと、当機にはちょっと決めかねます」





「はぁ?」





「マリオロイドの使命は、人類のお手伝いをすること。どのようにお手伝いをするのか決めるのは、わたしじゃありませんから」





「選択する権利なんかない・・・・・・自分はただの道具だって言いたいのか?」





「はい、そうなりますね」





 屈託のない笑顔と、絶対的な断言口調。情感は豊かなのに、俺には不思議とその言葉には感情がこもってないように聞こえた。


 どんなに人間のフリをしようとも、結局はたんなる機械に過ぎない。あらためてその事実を突きつけられたってところか。


 そうとも、俺自身いつの間にかすっかり失念していた。まるでいっぱしの新人のように先輩面していた矢先なのだから。





「そうか・・・・・・マリオロイドってのは、怖いな」





 俺の呟きがよく聞き取れなかったのか、マリアはいつものように小首をかしげていった。





「なら命令だ。とにかく目先の任務にだけ集中しろ」





「はい。それがラセル刑事の望みなら」





 なんであれ現場到着。ダメ押しとばかりに、首にかけていたチェーン吊りの警察バッジも取り出しておく。任務に集中・・・・・・それは俺とて同じこと。


 どうもこれから、お仕事の時間であるらしい。




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